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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第3章 再会

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68.女神の加護

 ゆっくり歩いて村長の家に着くと、アーロンが出迎えてくれた。稜真の手を引いて、椅子に座らせてくれたのには閉口させられたが、心配してくれての事だから文句が言えない。にまにま笑っているアリアには、後日たっぷりお返しすると心に決めた。


 稜真の隣にアリアが座る。部屋には村長と巫女もおり、村長の奥さんがお茶を運んでくれた。


 お昼を食べるのを忘れていたのを思い出したアリアが、お菓子を取り出した。アストンで買い込んでおいた物らしい。色々な種類の焼き菓子だ。

 村長の奥さんが、お菓子を乗せるお皿を用意してくれた。その場を離れようとした奥さんに、アリアは袋に入った焼き菓子を渡す。

「あらまぁ。ありがとうございます」と、押し頂いて下がって行った。



 しばらくして落ち着いた所で、アリアはドラゴンの棲む山で魔猿の群れを倒した事を伝えた。

「そこまでして頂けたとは…。この度は本当にありがとうございました」

 これで家畜が襲われる事はなくなると、村長が頭を下げた。


 群れを倒したのは成り行きである。稜真は自分の怪我で村の人達に迷惑を掛けてしまい、申し訳ないと思う。

「こちらこそ。色々とお手数をお掛けしてしまったようで、お陰で助かりました」

「ええ。村の人達が頑張ってくれたから、稜真が助かったの。ありがとう。──でも、お礼を言い合うのは、ここまで。皆が助かったんだから、もう良いでしょ?」

 そう言って笑ったアリアは、お菓子を追加した。そらには稜真が手で持って食べさせてやる。

「クゥ、ルルゥ」と、そらは嬉しそうについばむ。


「リョウマ様、体調はいかがですか?」

 巫女が心配そうに稜真を見ている。不調を見透かされているようだ。

「本調子ではありませんが、だいぶん良くなりました。ご心配をおかけしました。──ただ、巫女様。せめて巫女様は、俺に様を付けないで貰えないでしょうか?」

 村人達から言われるのも気恥ずかしいが、恩人にまで言われるのは心苦しい。


「メリエルとお呼び下さい。あれ程までに高位の神の加護を得ておられる方を敬うのは、巫女として当然の事でございますよ」

 メリエルはにっこりと微笑んでいる。全く取り合ってくれないメリエルに、稜真はため息を吐く。


「…アリア。あれ程って何があったの?」

「えっとね。巫女様の祈りで光が稜真を包んだ後に、もっと明るい黄金の光が重なったのよ。それがなかったら、回復にもっと時間がかかったらしいよ。あれって女神様だったのかなぁ」

「女神さん? ああ、そうかもな」


 ルクレーシアは、稜真には『回復の術が色々あるのだから、神の加護はない』と言った。

「結局、治療の助けもしてくれていたのか」

 ありがたいな、と心から思う。そんな感謝の思いがあふれ、「ルクレーシア様、ありがとうございます」と小声で呟いた。


 その呟きを耳ざとく拾ったメリエルが、ハッとして聞き返した。

「今、ルクレーシア様とおっしゃいましたか?」

 聞かれてしまったのなら仕方がない。

「はい。眠っていた時、ルクレーシア様とお話しする夢を見たので……って、巫女様!? どうして俺にひざまずくんですか!?」


 ルクレーシアの名を出した事を稜真は後悔した。メリエルは立ち上がると、稜真の足元に跪いたのだ。


「癒しの女神を上回る程の暖かい黄金のお力。ああ! 今思えば、あのお力は創造神様だったのです!」

「単に夢を見ただけかも知れないでしょう!?」

「いいえ、いいえ! 間違いございません! ああ、今まで気づかないとは、私もまだまだです。リョウマ様は直接癒やしの力を送って頂ける程に、創造神様から愛されていらっしゃる。きっと創造神様の加護を得ていらっしゃるのでしょう!」


「そ、それは…」

「創世の頃より、創造神様の加護を得た者はおりません。唯一の方にこうべを垂れるのは、巫女としての務めです」

「…勘弁して下さい…」


 今度はメリエルに聞かれないように、極々小さな声でアリアに耳打ちする。さっきもあんな小さな呟きが、まさか聞かれるとは思っていなかったのだ。


「アリア。神様の加護ってそんなに珍しい物だったのかな?」

「加護を貰った人は珍しいって聞くけど、いない訳じゃないよ。火の神様とかね。ルクレーシア様の加護持ちが創世の頃からいないなんて、私も知らなかったし。これ、否定しても無駄っぽいね~」

 メリエルが稜真を見る目は、確信に満ちている。稜真としても恩人に嘘は言いたくない。


「……アリアの方が俺より先に加護を貰ってたよね。唯一じゃない事を教えてあげよう、ね?」

「嫌。ふふん、隠しといて大正解!」

「…ずるいよ。──巫女様、お願いですから俺に跪かないで下さい。はっきりとルクレーシア様の力かどうか、分からないではありませんか」

「巫女様だなどと! どうかメリエルと呼び捨てになって下さいませ!」


 稜真がなんと言っても、祈るようにこちらを見上げるのを止めてくれない。

「お隠しになりたい気持ちは分かりますが、癒しの女神エドウィナ様よりも高位の神は、何柱もおられません」


「あの…アリア様。私共も跪いた方が良いのでしょうか?」

 先ほどから、困ったように固まっていた村長が尋ねた。アーロンは我関せずとばかりに、お茶を飲んでいる。

「稜真が困るから止めてあげて。巫女様も。立ち上がって貰えないと、稜真が困っています。普通にして下さい」


 メリエルが神殿に報告を、と言うのをなんとかなだめ、話が広まらないように説得する。稜真の気持ちに背く事は、創造神の意に反するとまで言うと、ようやく諦めてくれた。村長とアーロンも話さないと約束した。

 夕食まで時間がある。疲れた稜真の顔を見て、アリアは散歩に誘った。




「オルソンさんの所に行こうよ」

 アリアは、オルソンがメリエルを呼びに行ってくれたのだと話した。

「そうか。オルソンさんにお礼を言わないとね」

「放牧の山羊を集めている頃だな。行くぞ」

 アーロンが稜真と並んで歩き出した。


「あ、あれ? アーロンさんに稜真取られちゃった…」

 2人でのんびり散歩をしようと思っていたのに、いつの間に来たのだろうか。


「クゥ…」

 そらはアリアの肩に乗っていたが、慌てて稜真の所に飛んで行く。稜真の肩には乗らず、地面に降りて、ちょんちょんと跳ねるように地面を行く。稜真は楽しそうにアーロンと話をしている。

 アリアはアーロンの背中を恨めしそうに見つめた。


(アーロンさんずるい…。ん? でもこの位置って、妄想に最適かも~)


 アーロンと稜真が、仲睦まじく並んで歩く姿が見られるではないか。アリアがにんまりした途端、稜真が振り返ってじろっと睨んだ。


(あわわわ…。さ、最近、稜真の勘が鋭すぎる気がする…)




 放牧場に着くと、オルソンが目を潤ませて、稜真の無事を喜んだ。ずっと心配してくれていたのだと、稜真はありがたく思う。

「オルソンさん、巫女様を連れて来て下さって、ありがとうございました」

「いいえ。わしが少しでもお力になれて、良かった。お元気になられて何よりです」

 そう言って恐縮するオルソンに、アリアもお礼を言う。

「稜真が助かったのは、あなたのお陰よ。お礼が遅くなって、ごめんなさいね」

「アリア様、もったいないお言葉でございます」


 その後、稜真はすっかり元気になった山羊達に囲まれて、メリエルとの会話の疲れを癒したのだった。


 オルソンに、山羊と存分に戯れさせて貰った礼を言うと、散歩の続きに戻る。稜真の隣には、相変わらずアーロンがいる。

 村をひと回りし、そろそろ村長の家に戻ろうとした所に、サージェイが通りかかった。しょんぼりと歩いていたが、こちらを見て目を輝かせた。

 稜真を見て駆け寄る姿は、まるで子犬のようだ。


「兄ちゃん! あ、しまった…。リョウマ様だったっけ」

「サージェイまでリョウマ様は止めてくれ…」

「…でも」

 両親に『リョウマ様』と呼ぶように言われたのだそうだ。稜真が説得し、兄ちゃん呼びに戻して貰った。


「兄ちゃんは明日、町に戻るんでしょ? その前にカレンに会って貰えないかなぁ。カレンがね、兄ちゃんにお礼を言いたいんだって。あ、アリア様にも会いたがってた」

「いいけど…。サージェイ、なんだか元気ないね」

「カレンに滅茶苦茶怒られて、大泣きされた…」

 サージェイはうつむいた。


「それだけ心配したんだね。大事な人に心配かけたら、怒られるのは当たり前かな。怒ると言うよりも、叱る、だね。心配して叱ってくれる人がいるのは、ありがたい事だよ」

 そう言うと、稜真はサージェイの頭をくしゃっと撫でた。稜真に撫でられ照れくさそうにするサージェイは、少し元気が出たようだ。


「へへへ。そうだ、兄ちゃん。俺、皆に馬鹿にされちゃったよ」

 なんの事か尋ねると、稜真が言った『赤っぽい金髪のアリアってお姉ちゃん』が、『アリア様』だと気づかなかったのがおかしいと、笑われたらしい。髪色と名前で分かるだろうが、と両親にも笑われたのだと言う。

 自責の念に駆られていたサージェイが、気づかなくても仕方ないと思うが、それだけアリアの知名度は高いのだろう。


「自分でも馬鹿だと思うけどさぁ。…なんだかこの先、ずっと言われそうな気がするんだなぁ」

 その予測は当り、サージェイは大人になっても言われ続ける事となる。




 明日の朝、一緒にカレンの家へ行くと約束を交わし、サージェイと別れた。

 アリアは稜真とアーロンの後ろを歩くと、どうしてもよこしまな事を考えてしまうので、並んで歩く事にした。そらはアリアの肩に乗っている。


「稜真は山羊だけじゃなくって、サージェイにも懐かれてるよね。ふふ、私、おまけみたいに言われた」

「サージェイは弟みたいで可愛いよ」

 アーロンはそう言う稜真の頭を、さっき稜真がサージェイにしたように、くしゃっと撫でた。

「弟ね。俺にはお前が弟みたいに思えるよ。何をやらかすか気になって、目が離せない」


 村長の家が近付き、アーロンは手を振って自宅へと戻って行った。弟みたいと言われ、稜真は嬉しく思う。

「な~んだ、弟みたいに思ってたのかぁ」

「……どうして残念そうに言うのかな?」

「よ、夜ご飯何かなぁ。早く行こうよ」

 アリアはそそくさと村長の家に向かう。稜真はため息をついて後を追った。






 翌朝。サージェイと共にカレンの家へ行くと、サージェイよりもひと回り小さな少女が待っていた。


「アリア様。リョウマ様。この度はサージェイを助けて下さって、ありがとうございました」

 そう言って、丁寧にお辞儀をしてくれる。

「カレン、起きて来て大丈夫なのか」

 サージェイが心配そうに聞いた。

「うん。昨日プルムの実を食べたら元気でた。ありがとう、サージェイ。それに、ベッドの中からのご挨拶なんて、お2人に失礼だもの」


「こんにちは、カレン。俺もサージェイに助けて貰ったんだよ。無理した事は怒られるべきだけどね。君も、無理しちゃ駄目だよ」

「大丈夫です。今日は本当に調子がいいの」

 カレンはそわそわしてアリアを見た。

「あの…アリア様にお会い出来て嬉しいです。私、ずっとお会いしたいと思ってました」

「私に?」

「はい! アリア様は村の女の子達の憧れなんです。あの、お姉ちゃんもお会いしたいと言ってて。家にお招きしてもいいですか…?」

「あんまり時間取れないけど、いいよ。喜んで」


「ははっ、アリアは人気者だね。女の子同士の話なら、俺はどうしようか」

 カレンにとっては、稜真の方がおまけだったようだ。

「それじゃあ、兄ちゃんは家に来て! 母さんも会いたがってるんだ」

「そう? それじゃ、お邪魔しようかな」

「クルルゥ?」

 そらが、自分はどうしよう?といった風に首を傾げた。

「そら様も俺を助けてくれたんだ。一緒に来てよ!」

「クゥ!?」

 稜真はクスッと笑った。

「そら様と呼ばれて、びっくりしているよ」

「へへっ! 兄ちゃん! そら様! 早く行こうよ!!」






 アリアと稜真が、それぞれのお宅で持て成されている頃。


 ある冒険者が村にやって来た。

「冒険者が立て続けにこんな小さな村に来るとはな。なんの用だい?」

「この村の依頼を受けて来た冒険者がいるだろ? どこにいるか教えてくれる?」

「ああ、アリア様とリョウマ様かい? 村長の家に泊まってるさ」


 やって来た冒険者はニッキーだった。軽く言う男の様子から、最悪の事態は免れていたと分かり、体から力が抜けた。


「ギルドから伝言を持って来たんだ。村長の家、教えてくれるかい?」




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