66.契約
白いグリフォンがドラゴンに向かって、懸命に何かを訴えている。
「ふぅむ…。リョウマ、こやつが契約を望んでおる。叶えてやってはくれぬか?」
「契約って、もしかして従魔の契約ですか? どうして俺と?」
白いグリフォンは他の個体と違って、愛らしい顔立ちをしている。すり寄って来る喉元を掻いてやると、気持ちよさげに「クォン」と鳴いた。
「お前の歌声に惚れたらしいな。傷を治してくれた事も感謝しておって、共にいたいのだと言っておる」
「そう言われても…。俺にはそらもいるし、これ以上従魔を増やすつもりはありません」
稜真がきっぱりと言うと、グリフォンは目に見えてしょんぼりした。そんな姿に、稜真も絆されそうになる。
とてとてと白いグリフォンに近づいたアリアが、ぽんぽんと背中を叩いた。
「稜真の歌に惚れちゃったのかぁ。うんうん。分かる分かる」
「はい。主の歌は、素晴らしかったですもの」
「クルルゥ」
「クォン、クォルゥ!」
アリア達が意気投合している。どうやら契約に賛成のようだ。
「……もし契約したとしても、グリフォンを伯爵家に連れて行けるのか分かりません」
稜真は伯爵家の使用人の身だ。それに、例えお屋敷で許可が出たとしても、学園に通う時、王都に連れて行けるものだろうか。先の事がはっきりと分からないのに、契約しても良いものだろうか。稜真の気持ちは契約に傾いているが、無責任な事はしたくない。
「普段はこの山に住まわせておけば良いじゃろう。仲間もおるでな。リョウマが呼べば駆けつける、それで良いではないか。こやつがおれば、移動が楽になるぞ? グリフォンを使役する魔獣使いもおる。──ふむ。そうじゃな…、歌の礼にこれをやろう」
ドラゴンは、手のひらに乗る大きさの石笛を稜真に渡した。
「空間を繋ぐ魔道具じゃ。と言っても、契約した者を呼ぶ時、その空間を繋げるだけじゃが。同じ場所か、その者が家と認識している場所に帰す事も出来るの。これがあれば問題ないのではないか?」
この世界では移動に時間がかかる。移動を助けて貰えるのはありがたいし、何よりもグリフォンに乗っての移動は魅力的だ。
「俺達の移動を助けてくれるの?」
「クォン!」
「いつも一緒にいられないと思うよ? それでもいいのかな?」
「クォンクォルゥ!」
「アリア達と仲良くしてくれる?」
「もう仲良しだよ。稜真様好きの同士だもんね~」
「クォ~ン」
アリア達と仲良く頷き合っている様子にほっこりし、稜真は契約する事に決めた。
「主さん、契約はどうすればいいんですか?」
「契約されたがっておるのじゃから、名をつけてやるだけで良い。それから、この者は雌じゃ」
「女の子の名前……」
いつもは中々決められないのだが、ふっと、頭に浮かんだ音があった。
『きさら』。
「この名前が気に入ってくれるか分からないけど、『きさら』でどうかな?」
「クォン!!」
白いグリフォン、『きさら』が嬉しそうに目を輝かせた。
「こんなにすぐ決めるなんて、稜真にしては珍しいね~」
ぷぷっ、と笑いながら、アリアが言った。
「ほっといてくれ……」
「でも、『きさら』って名前、気に入ったみたいだよ。私も可愛くて良い名前だと思うもん」
「ではリョウマ。石笛に魔力を込めながら、きさらと名を言え。リョウマの魔力と名。それでこの魔道具は、リョウマときさら専用になる」
稜真は言われた通りに魔力を流し、名前を登録した。
「きさら。これからよろしくね」
「クォルル~!」
きさらは嬉しそうに鳴いた。
コボルト達とドラゴンに世話になった礼を言い、集まっていた者達にも別れを告げた。皆、名残惜しそうに見送ってくれる。
瑠璃は稜真を見送ってから、湖に帰るそうだ。稜真の背中にぎゅうっと抱きつくと、回復の魔力を送ってくれた。
「ありがとう、瑠璃」
瑠璃は稜真の背にしがみついたまま、アリア達に言った。
「アリア、そら、きさらもいいですか。主はまだ本調子ではないのですから、無理をさせてはいけませんの。絶対に目を離しては駄目ですからね!」
「瑠璃…。俺は子供じゃないんだから、大丈夫だよ」
5歳児にそこまで心配される程、不甲斐なくはないつもりだ。
「主の大丈夫は信用なりませんの。だって、ちょっと目を離したら、女性とお風呂に入っていたではありませんか」
「あれは…」
「アリア、そら! 絶対ですからね! きさらも一緒にいる時は注意して下さいね」
「任せといて!」
「クルルッ」
「クォルルゥ」
(俺ってそんなに信用ないのか…。あ、きさらの首に抱きつくと、癒されるなぁ。胸元のふわふわな羽毛と、羽のつやつや加減がなんとも言えない…)
思わず現実逃避に走った稜真であった。
「主、危ない時には呼んで下さい」
名残惜しそうに、瑠璃は稜真の背中から降りる。
「危なくなくても呼べる時には呼ぶよ。美味しい物を作ったらね」
「あら、ふふっ。楽しみにしていますわ」
グリフォンに乗る時は、馬と同じ感じで良いのだろうか? 稜真は戸惑いながら、まずアリアを乗せ、その後ろにまたがった。そしてアリアを支えるようにして、きさらの首に掴まる。
きさらはふわりと飛び立つ。そらは飛んでついて行く事にしたようだ。
ドラゴンは竜体に戻り、共に宙に浮かんだ。
「そなた等には教えておく。我の名は『シュリ』じゃ。名を呼ぶ事を許すから覚えておくがいい」
そう言うと、洞窟の方へと飛び去って行った。
「むぅ…。ちょっと偉そうなのが気に入らないけど……。ありがと~!!」
「お世話になりました!」
下方には、山が小さく見える。荒れ地はどこにも見えなかった。緑美しい山と森だ。上空から見渡す景色は一幅の絵のようで、美しさに息をのんだ。回復出来て本当に良かった、と稜真は思う。
「……すごいな」
「うん! 空を飛べるなんて、思っても見なかった~。綺麗だね」
「きさら。2人も乗っていて重くないか?」
「クォン!」
「大丈夫そうよ。軽々と飛んでるもの。それに早いね~」
稜真は、きさらの首の周りの柔らかい羽を掴んでいるが、痛くないか気になった。
「きさら、ここを掴んでいても痛くないか?」
「クォンルゥ~」
その歌うような声から、痛くないのだと判断する。
きさらの飛び方は振動もなく、乗っていてとても楽だった。ゆったりと飛んでいるようで、そのスピードは馬よりも早い。
じきに冬になると言うのに、冷たい風を感じないのは、きさらが周囲の風を操っているからなのだろう。魔獣図鑑には、グリフォンは風の力を操ると書かれていた。
稜真がそらを見ると難なくついて来ているが、無理をしていないか心配になった。こちらに呼び、アリアに抱いて貰う。
しばらく飛んでいると、アリアがのけぞって稜真の顔をのぞき込んだ。
「ん~?」
「危ないだろ、アリア。前を向いて」
「は~い。ねぇ稜真。すごく嬉しそうな気がするんだけど、どうして?」
「あー。グリフォンに乗っている事が嬉しくて、ね」
「ドラゴンに乗った時は平然としてたのに、今はにこにこしてるんだもの。声もすっごく嬉しそうだよ」
「そんなに…?」
自分では意識していなかったのだが、声と顔に出ていたとは知らなかった。
「グリフォンが主人公で、昔から大好きな小説があってね。俺にとってはずっと、憧れの生き物だったんだ」
魔獣図鑑のグリフォンのページは、何度も読み込んだ。普通はドラゴンに憧れるのだろうが、そちらはさらっと読んだだけだったりする。
稜真が好きだったのはグリフォンの家族を描いた小説で、何度も何度も読み返したものだ。他にもシリーズ物のファンタジーで、グリフォンが脇役で活躍したり、時には主人公になる小説も好きだった。
稜真は今、ファンタジーの世界にいるのだと、今更ながらに実感していた。その楽しげな雰囲気は、前に座るアリアにも伝わる。アリアはこっそり微笑んだ。
(ふふふ~。稜真って、そういう所が可愛いんだよね~)
グリフォンに乗った興奮が治まってきた稜真は、ふと気になった事をアリアに聞いてみた。
「そう言えばさ。俺が怪我した時に運んでくれたのって誰?」
「狩人のアーロンさん。応急手当てもしてくれて、傷に響かないように、そっと運んでくれたの」
「そうか。ありがたいな。ん? 運んだって、どうやって?」
稜真がいたのは道無き道だった。馬が入れたのか微妙だ。担架でも作ったのだろうか。
「あの時は慌ててたから、何も準備しないで行ったんだよね~」
「うん」
「アーロンさんが抱き上げて、村まで運んでくれたの」
「抱き上げ…て?」
「えっとね。上体が動かないように右腕で支えて、左手で両足を持ち上げて~」
「…それは…もしかして…」
アリアは遠まわしに表現しようとしたが、稜真も気づいたので、あっさりとバラした。
「うん。お姫様抱っこだったよ!」
「……はぁ…。お姫様抱っこ…か…」
稜真はため息と共に、ぐったりと体重をアリアにかけた。
「稜真ぁ、重た~い!」
「ちょっとショックが大きくてね。──ねぇ、アリア。慰めて欲しい…な。いい?」
「っ!? み、耳元でささやかないで~~!」
支えているアリアの体温が上がったような気がする。いつものやり取りに、稜真は日常が戻って来たと感じて、笑いがこみ上げて来た。
「ふっ、ふふっ…。あははっ」
「ひぃ~。耳元で笑うのは、もっと駄目~!」
「あはははっ!」
「あぅ~」
(稜真が楽しそうなのはいいけど! 笑い声が体に響くのよ~! あぅ~、幸せすぎて、頭がおかしくなる~~っ!)




