65.グリフォン
朝食を終えた一行は、ドラゴンの背に乗って稜真が歌う場所へやって来た。麓からドラゴンの洞窟辺りまで、アリアが作ってしまった道の、ちょうど真ん中辺りだ。
その場所はちょっとした広場になっている。ドラゴンは稜真達を下ろし、再び人型に変化した。
どこから聞きつけたのか、歌を聞く為に集まった魔獣達が思い思いの位置につき、きらきらした目で稜真を見つめている。見慣れない魔物も混じっている。穏やかな性質の魔物なのだろう。魔獣と争う様子もなく、静かに座っている。
そらを頭に乗せたアリアと瑠璃も場所を確保しようと、それに混じる。
稜真には、どことなく見覚えのある場所に思えた。ここは魔猿が死んでいた場所ではなかろうか。
「主さん、ここって……」
「猿共がおった場所じゃ。死体の跡はコボルトに片付けさせたから、綺麗なもんじゃろ?」
戦闘の形跡は残っているが、それはどこも同じだ。死体や血の跡が無ければ、他と変わらない。
「そう…ですね」
稜真はチラリとアリアを見たが、気づいていないようだ。アリアはあの日の記憶がはっきりしないと言っていた。いかに我を忘れていたのかが、窺える。
道の中央にあたるこの場所から、上と下に歌が広がるように意識して歌えば良いと、ドラゴンは言う。意識して効果の調整が出来るのだろうか?
「もし効果が足りなければ、何度歌っても良いではないか」
「……」
それだけは勘弁願いたい。こうなったら全力で頑張ろう、と思いつつ、集まった魔獣や魔物の数に引いていた。
ただでさえ数が多いのに、それに加えて屋敷のコボルトも揃っているようだ。
「……昨日よりも、観客が増えていませんか?」
「リョウマが歌うと、皆に知らせたからのぅ。昨日聞いた者共は、勇んでやって来おったわ。興味津々で来ておる者もおるようじゃがな」
「どうしてでしょう…ね。アリア達が喜ぶのは分かりますけど、そんなに俺の歌が聞きたいものでしょうか?」
稜真の言葉を聞いたドラゴンは、呆れたように目を見開いた。
「おぬしは分かっておらんのう。昨日歌った折りに、声に魔力が乗っておったと言ったであろうが。リョウマの思いが魔力となって、大地に広がって行ったのじゃ。自然を元に戻したいという、愛にあふれた思いがな。この山に住まう魔力に敏感な者共が、その思いを受け取ったのじゃぞ? 愛にあふれた歌をもう1度聞きたいと思うのは、自然な事じゃろうよ」
「稜真様の愛の籠もった歌かぁ。皆きっと、全身で感じ取ったんだよ。うんうん。それは愛されるよね~」
最前列に陣取ったアリアが気楽に言うが、稜真はそれどころではない。
(愛、愛って、言わないでくれないかな…。ただでさえ昨日より観客が増えてハードルが上がっているのに。この視線の中で歌うのか、俺? ……ううっ、逃げたい。で、でもまぁ、俺が愛されている訳じゃないもんな。きっとアリアと同じで、声が、歌が好かれたって事だろうし。それも微妙ではあるけど…)
「リョウマよ。お主、勘違いしておらんか? 歌だけではなく、お前が愛されておるのじゃぞ。ほれ、集まっておる者共の目を、良く見てみよ」
つぶらな瞳が、きらきらと稜真を見上げていた。そんな瞳をして前の方に陣取っているのは、昨日聞いていた魔獣達だろうか。後ろにいるのは昨日見かけなかった魔獣や魔物だ。
中でも稜真の目を引いたのはグリフォンである。体の大きなグリフォンは、邪魔にならないように後方にいる。
黒や茶色いグリフォンが4~5頭おり、その中に1頭だけ白いグリフォンがいた。片方の羽が折れているようで、だらりと垂れ下がり、地面を引きずっている。
痛みはないのだろうか。白いグリフォンは興味津々といった体で、稜真をじっと見ている。
竪琴を運んで来たコボルトの執事が、いそいそと稜真の隣にやって来た。
稜真が覚悟を決めると、竪琴は静かに前奏を奏で始める。弦が独りでに弾かれて音楽を奏でるのは、不思議な光景だ。
稜真は、アリアが造ってしまった道を見る。
荒れた光景が痛々しい。その光景を目に焼き付け、稜真は目を閉じた。脳裏に思い浮かべるのは、同じ惨状が広がっている筈の、山の入り口から洞窟までの道。
前奏が終わり稜真は歌う。
山が元に戻りますように、緑が蘇りますように、想いを込めて。
稜真の歌声が、甘く優しく響き渡って行った。意識して歌っている為だろう。歌は魔力を乗せて、道にそって流れ、観客達はうっとりと聞き入る。
「これは……」と、誰かがつぶやいた。
稜真は間奏でひと息つく。
ハミングをしながら、グリフォンの怪我を思う。羽を引きずる痛々しい姿。あの怪我も治ればいいのにと思うが、そんな効果はないだろう。
ハミングのパートが終わる。せめてグリフォンの痛みが和らぐように、怪我が治るようにと、願いを込めて歌った。
優しくのびやかに、すべてを包み込むように。
稜真の思いを乗せた歌が、広がって行った。
歌が終わり、竪琴は伴奏を奏で終えた。ふぅ、と息を吐き、稜真は目を開け「うわっ!」と声を上げた。
観客達がすぐ近くまで移動していたのだ。後ろの方にいた者までもが。驚かされたが昨日と同じ光景ではある。
それよりも、歌の効果を確かめねばならないと思い、辺りを見回して絶句した。
大木が折れたり、切られたりしていた筈なのだが、全くその様子はない。生命力あふれる大木は天に向かって健やかに延びている。アリアが粉砕した大岩までもが元に戻っていた。
上下に道になるように荒れていたのが、自分が登って来た道がどこなのか、全く分からなくなっている。
どこから見ても美しい、森の中の広場だった。
せいぜいが赤茶けた地面に植物が生え、折れた木に芽が出ている程度の光景を想像していた稜真は、ぱちくりと目を瞬く。
「……何が起こったのでしょう?」
「リョウマよ。昨日と今日、何を思って歌ったのか、聞かせてみよ」
ドラゴンが尋ねた。
「荒れ地に緑が戻りますように、木が蘇りますように、ですね。今日はそれに加えて、怪我が治ればいい。そう思いながら歌いました」
「ふむ…。昨日も、枯れた木や焦げた木は蘇っておったな」
「岩まで戻ったのはどうしてでしょう?」
「岩が元に戻ったのは、土の精霊がお主の意思を汲んだからじゃな。あれを見るが良い」
ドラゴンが指さした先では、地面からぴょこんと頭を出した小人が、稜真に手を振っていた。稜真が手を振り返すと、満足そうに消えて行った。
他に前日と違うのは、折れた木や岩が、その場に残っていた点だろうか。昨日の場所は、ドラゴンのブレスでほぼ更地になっていた。ゼロからの回復ではないからだとしか、考えられなかった。
「主、綺麗でしたのよ! 折れた木が光ったかと思うと、宙に浮かんで元の大木にくっつくのです。あちこちで光っていましたわ。私の主はすごいのです!」
瑠璃が感動して、宙に浮きながら稜真に抱きつく。
「クルルルルゥ」
そらも、稜真の肩に乗り頭を擦りつけた。
「はは、誉めてくれてありがとう」
アリアはどうしたのだろう。真っ先に飛び付いて来そうなものなのに。不思議に思った稜真が見ると、最前列に座ったまま頬を染めて、目を潤ませて固まっていた。どうやら意識がこちらの世界に戻っていないようなので、このまま放置しておく事にする。
リスのような魔獣が、ドラゴンに駆け登り耳元で鳴く。
「ほほぅ。こやつの家まで、ちゃんと元通りになっておるそうじゃぞ。それとな…」
ドラゴンが手招きしたのは、稜真が歌う前に気になっていた白いグリフォンだ。
鷹の上半身、ライオンの下半身を持つグリフォン。実は稜真はドラゴンよりもグリフォンに憧れていたので、近くで見られてこっそり感動していた。
白いグリフォンは、上半身の羽の1部に金色の羽が混じっており、丸いつぶらな瞳はルビーのような赤だ。
「こやつは避難する時に怪我をしたのじゃが、怪我が治ったと言っておる」
「クォルル~」
どこかそらに似た、歌うような声で鳴き、稜真に頭を擦り付けてきた。そっと触れると胸元辺りの羽はふわふわだ。
「怪我した子が…いたんだ…」
意識がようやく戻ったアリアが沈んだ声で言った。
「何。皆、かすり傷じゃ。1番ひどい怪我をしたのはこの者じゃが、慌てて避難しようとして自分から木にぶつかったのじゃ」
ドラゴンが呆れたように言うと、白いグリフォンは、てへ、っという感じに首を傾けた。
「ほんにリョウマの歌は、規格外じゃわ」
木の上には小さな魔獣達が鈴なりになり、広場には隙間なく魔物がいる。その数は歌う前よりも増えていた。
「あの…。皆が揃っているみたいだし、えっと……」
口ごもったアリアだが、思い切ったように言葉を続けた。
「山を荒らしてしまって、ごめんなさい!」
そう言って、深々と頭を下げた。集まっていた者達は、ざわざわと戸惑った様子を見せている。
稜真はアリアを優しい目で見つめた。
「俺からも。アリアが迷惑をかけて悪かった」
隣で共に頭を下げると、ざわざわと慌てた気配が伝わってくる。
てしてし、と小さなウサギの魔獣が稜真とアリアの足を叩く。気にしないで、と言っているようだ。
アリアは泣き笑いの表情を浮かべている。
「皆、気にするなと言っておるぞ。被害はリョウマが回復してくれたし、厄介者もいなくなった。怪我も治り、元凶が謝ってくれた。なんの問題もないわ」
「そう言って貰えるとありがたいです」
稜真の言葉に、アリアはうんうん、と泣きながら頷いている。
「俺達はそろそろ帰ります。色々とお世話になりました」
「リョウマには残って欲しかったがの。村まで送ろうか」
私、私!という感じで、白いグリフォンが稜真にすり寄る。
グリフォンは馬よりも大きな体躯をしているが、この白いグリフォンは他の個体に比べて、やや小柄だ。
「君が送ってくれるの?」
ぶんぶん、と、ものすごい勢いで頷く。
「稜真ファンがたくさん増えたね~」
このグリフォンだけではなく、他にも熱の籠った視線が集まっているのを感じるのだ。
「あ、はは……」
「愛されておると言ったじゃろうが。たまには山に来て、歌って欲しいものじゃの」
「……いや…それは」
アリアとドラゴンだけなら、いくらでも撥ねつけられるが、可愛らしい魔獣が、つぶらな瞳で稜真を見上げて来るのだ。駄目なの?といった風にうるうると。
「…くっ。……善処…します…」
押しに弱い自分を自覚した稜真であった。
「よし! 待っておるからな。ああ、お嬢は来んで良いぞ」
「うふふふふ。稜真様の歌が聞ける機会を、この私が逃す訳がないでしょう?」
「主の歌は何度も聞きたいです!」
「クルルゥ!」
(……ははっ…逃してくれて…構わないんだけどなぁ…)
グリフォンへの愛があふれてしまいました。
予定よりも長くなる長くなる…(^▽^;)




