表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第3章 再会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/767

58.女神さんとの再会

「お? ここだ、ここだ」


 2人連れの男が食堂へやって来た。ここは珍しい米料理を食べさせてくれると、最近評判の食堂なのだ。

 先に立って案内しているのは、ここアストンに在住しているボブ。物珍しそうにメニューを見ているのは、マグネス村に住む友人のハリーだ。

 ハリーは早朝から村を出て、ボブの店に作物を納品に来た。昼食にはまだ早い時間だが、村にとんぼ返りするハリーを食事に誘ったのである。


 注文した料理が、あっという間に2人の前に置かれた。2人が頼んだのは、牛丼である。

「早いなぁ。お? こりゃ、美味そうだ」

 ハリーは、早速スプーンで食べ始める。

「美味い!」

「だろ?」

「いい食堂を教えてくれて、ありがとよ」

 ここはよくある食堂を兼ねた宿だ。次は1泊して、他の料理を食べるのもいいな、とハリーは思った。


 食事をしながら、お互いの家族の様子などを報告しあう。ボブは元々マグネス村の出身で、2人は幼なじみなのだ。会話も弾む。


「村は最近どうだ。変わった事はないか?」

「変わった事ねぇ。──そうそう。うちの村の話じゃねぇがな。隣のレンドル村で家畜が殺されるもんで、ギルドに魔物退治を依頼したんだと。そんでな。受けた冒険者が大怪我したらしいぜ。夜中に大慌てで、巫女様を連れに来たさ」


 カシャン。

 隣のテーブルを片付けていたデリラは、その会話を聞くともなしに聞いてしまった。

 アリアが宿を出る時、魔物退治の依頼を受けたと言っていた。依頼先は聞かなかったが、デリラは嫌な予感がしてならない。幸い割れなかった食器を集めて厨房へ行く。


「…あんた」

 厨房のマシューに話せば、ギルドで確認して来ると店を飛び出して行った。料理はほったらかしだが、デリラもそれどころではない。火を止めて椅子に座り込んだ。


「母さん、どうしたの? 真っ青よ?」

 米料理を出すようになってから客が増えたので、娘のエレンが食堂を手伝ってくれていた。デリラは事情を説明した。


「──食堂を閉めましょう。今いるお客さんは、父さんが仕込んでくれた分でなんとかなる」

 幸い注文された料理は全て丼物だ。米も炊いてあるし、鍋いっぱいに具も用意されている。エレンはこれ以上客が来ないように、休業の札を入り口にかけた。


「母さん。接客は私がするから、座ってて」

「そうさせて貰うよ…」

 デリラは祈るように指を組み、目を閉じた。




 マシューがギルドに駆け込んだ時、窓口にいたのはジュリアだった。ギルドでは冒険者に宿の紹介をするので、2人は面識がある。


「どうしたんですか、マシューさん。そんなに慌てて…。え? レンドル村の魔物退治? 受けたのはアリアとリョウマですけど……何かあったんですか?」

「うちの食堂に来たもんが、隣のレンドル村で魔物退治を依頼された冒険者が、大怪我したと言ってる。夜中に巫女様を連れに来たそうだ」

 巫女を呼んだ。それは、巫女にすがるしかない大怪我を負ったと言う事だ。


 ジュリアは、ガタン!と音を立てて立ち上がった。




 2人が食堂に着いた時、残っている客はハリーとボブだけだった。エレンが頼んで待っていて貰ったのだ。

「ごめんなさいね。レンドル村の冒険者の話を聞かせて欲しいのよ」

 ジュリアがにっこりと微笑むと、ハリーは顔を赤らめた。


「あ、ああ。昨夜の話だ。レンドル村から、馬を飛ばして来たもんがいたんだよ」

 巫女が泊まっていたのは村長の家。ハリーは深夜の騒がしさに、様子を見に外へ出た。


「夜に馬を飛ばすなんて危ない事は、滅多にやるもんじゃねぇ。やって来たのはオルソンって、大きな家畜小屋を持ってる男だった。いつも穏やかな男が血相変えててな。魔物退治に行った冒険者が大怪我をして命にかかわる、早く巫女様を呼んでくれってよ。巫女様はそれを聞くと、すぐに荷物をまとめて馬に乗って行ったんだ」


「怪我をした冒険者について、何か知らないかしら?」

「それ以上は知らねぇな。俺も朝早くにこっちに来たからよ」

「ありがとう。引き止めてごめんなさいね」


 ハリーとボブが出ていった食堂は静まり返っている。デリラは椅子から立つ事も出来ず、体を震わせていた。マシューが肩を抱く。


「直接レンドル村に行くしかない。急いで手配するわ」

 ジュリアは厳しい表情でギルドに向かった。






 稜真は既視感のある、月夜の草原に立っていた。

 煌煌こうこうと輝く大きな月が空に浮かんでいる。自分の置かれた状況が、全く理解出来ない。


(──魔獣を倒して、アリアの声が聞こえた。それから…どうなったんだ?)


「お久しぶりです、稜真さん」

 その言葉と共に現れたのは、銀色の髪に青い瞳の女神ルクレーシア。もしや、自分はあの後死んだのだろうか? そんな不安に襲われる。

 稜真の不安を感じ取ったのだろう。ルクレーシアは微笑んだ。


「今の稜真さんは、意識を失っている状態です。どうぞこちらへ」


 前回と同じテーブルに、ティーセットが用意されている。ルクレーシアが注いだお茶を飲んで、稜真はホッとひと息ついた。お茶の味も、あの時と同じだ。


「刀は役に立ったようですね」

「はい。お陰で助かりました。ありがとうございます。──責任も果たせずに、何もかも途中のままで死んでしまったのかと焦りました」

「もし稜真さんが亡くなっていたら、その時はわたくし、世界を滅ぼしていました。ですから、後の事を心配なさる必要はありませんよ?」

「怖い冗談を言うのは止めて下さい」

 ルクレーシアは答えず、優雅にお茶を飲む。


「稜真さん。怪我を負う事なく、魔獣を倒すすべはありませんでしたか?」

「……それは」

 稜真は目を閉じた。


 サージェイを助けに飛び込んだ事は後悔していない。後悔はしていないが、剣を手放してはいけなかった。


 石を投げて注意を引けば、あの魔獣は矛先を変えただろう。そうすれば隙を見て、サージェイを逃がせたかも知れない。


 そらと協力して注意をそらし、サージェイと一緒に村に逃げる方法もあった。きっと誰かがアリアを呼んだだろう。アリアが来るまで村人と協力し、魔獣を留めておけたかも知れない。


 何よりも稜真が、武器がなくても戦えるスキルを探しておくべきだったのだ。


「──今思えば、色々な手立てがあったようです」


「貴方は決して弱くない。ただ、経験が足りないだけ。力の使い方が分かっていないだけなのです。戦う経験も全くなかったあなたに、無理を強いているのは分かっています。大変よくやって下さっている、私はそう思っているのですよ」

「……ありがとうございます」

「そんな稜真さんに、お伝えしなければならない事が1つ」


 自己嫌悪に落ち込みかけた稜真を押しとどめるように、ルクレーシアが人差し指を立てた。


「稜真さんのお陰で、歪みも酷くならずに済みそうだと思っていたのですが」

「……ですが?」

「切れたアリアさんが、魔物の殲滅せんめつに向かっています」


 稜真はギリッと歯噛みをした。

「あの暴走娘っ! ルクレーシア様。一刻も早く、私を戻して下さい!」

「ここにいる間、時は動きません。落ち着いて下さい」

「……分かり…ました…」

 再び椅子に座り、気持ちを落ち着かせる為にお茶を飲む。


「ともあれ、稜真さんをお呼びしたのは、スキルの説明をさせて頂こうと思ったのです。お分かりになっていると思いますが、お仕事でやられた役の技が使えます」

「セリフ付きで、ですよね?」

「必殺技は、セリフとアクションで発動です」

 ふふん、とドヤ顔で言うルクレーシア。


(…必殺技…)


 前回と同じく頭が痛くなって来た稜真は、ため息をついてお茶をひと口飲む。

「正直、忘れている役も多いのですが…」

「稜真さんが覚えていなくとも、アリアさんが記憶していますから大丈夫ですよ。声が技の発動の重要な鍵になりますので、色々と試して下さいね」

 試すよりも、直接教えてくれた方が助かるのだが、詳しい説明はして貰えないのだろうか。ルクレーシアを見ると、何故かすっと目を反らされた。


「稜真さんの存在を分けた時に、役の力を記憶させたのですが、どこまで発動可能なのか、前例がないので分からないのです」

「また…そのパターンですか」

「技や魔法を使う時は、声と動きが必要です。そして役になり切れば、そのキャラクターの力が全て、稜真さんの力になります。力が宿り、動きも出来る…筈です」


「……筈? もっと分かりやすいスキルにして頂く訳にはいかなかったのですか?」

「世界初の力ですよ? 稜真さんだけの力なのですよ?」

 身を乗り出して、ルクレーシアは力説する。

「そう言われましても、ありがたくないのです。しかも発動の時、()()()恥ずかしいのですが?」

「ふふ。私は()()()楽しいのです」

 ルクレーシアは、にっこりと微笑んだ。


「…楽しんで…いるのですか…」

「はい。それとあの刀ですが、稜真さんにしか使えない武器になります。魔力をどれだけ籠めても壊れる事はありませんから、安心して下さい。私からのささやかな贈り物です」


 今までの剣は、スキルを使う度に駄目になっていた。金銭的に壊れないのは助かるが、迅雷じんらいはささやかとは言えない代物しろものである。


「迅雷は国宝ですよ?」

「大丈夫です。稜真さんの分身ですから」

「…それはもしかして、どちらにも存在しているという事…ですね?」

「はい。それと、つい加護を多くしてしまったようなので、力加減には気をつけて下さいね」

「はぁ…」

 アリアにも加護を与えすぎたと言っていたのではなかったか。この会話の間、稜真は何度ため息をついただろう。




 お互いにお茶を飲み、静かな時間が流れた。お茶の効果なのか、ルクレーシアの力なのか、焼け付くような焦燥感は消えている。


「…稜真さんは、あちらの様子を知りたいですか?」

「いいえ」

 即答出来た事に驚いた。そして理解出来た。


「俺は、この世界で生きる覚悟が出来ました。この世界で、ここで出会った人達のお陰です」

 今まで、本当に良い出会いをして来たと思う。

 向こうの生活に未練がないとは言い切れないが、こちらの生活も楽しんでいる。


 ただ気にかかる点がいくつかある。


 この先学園に行くとしても、不審に思われるのは避けたい。貴族に目を付けられたり、危険視されたりするのはごめんだ。稜真は出来る限り、平穏に暮らしたいと思っている。

 とかくアリアの行動は目立つ。頑張って抑制させようと思っているが、自分が目立っては話にならない。この世界で生きて来たアリアに比べ、向こうの世界との差が分からない自分は、ふとした事で目立つのではなかろうか。時々不安に駆られていた。


「ルクレーシア様。こんな機会はないでしょうから、いくつかお聞きしたい事があります」

「もうない事を願っています。なんでしょう?」

「向こうとこちらの差についてです。例えばこの間、宿屋で色々な料理を作ったのですが──」


 材料や料理名を日本語で言っても大丈夫なのか、不審に思われるのではないか。口に出す時に戸惑っていたのだ。幸い、これまで不審に思われる事はなかった。


「そのまま口に出しても大丈夫ですよ」

 稜真の言葉は自動的に変換され、相手にはこちらの言葉になって聞こえる。こちらにない物なら知らないで終わるし、新たな物なら受け入れられる。稜真が作った料理がそうだ。

 おかしいと思う人はいないと、ルクレーシアは断言してくれた。


「助かります」

 これで気がかりが消えた。


「そうそう、忘れていました」

 ルクレーシアが、手をぱちんと叩いた。

「稜真さん。ここに名前を書いて頂けますか」

 唐突に紙と羽ペンを渡された。随分と良い紙である。白くて堅い紙は正方形で、まるで色紙のようだ。羽ペンにインクを付け、紙の中央に小さく漢字で名前を記入してルクレーシアに返す。受け取ったルクレーシアは、いい笑顔で紙を掲げ持っている。


「何をなさっているのです?」

「だって、如月稜真のサインですもの! 何度応募しても当たらなくて、悔しい思いをしていたのです!」

「は? 応募? サイン?」


 嬉しそうな表情がアリアを彷彿とさせるのだが、訳が分からない。『女神様』が、何をしているのだろうか。住所はどこにして応募したのだろう。


 ──いや、そういう問題ではない。


「ルクレーシア様は、向こうで何をしているのですか。大体どうして私のサインを? 言っておきますが、それはサインではありません。私は記名しただけです」

「サインではないのですか? そう言えば、雑誌に載っていた写真とは違いますね」

「……雑誌…って…」


「稜真さんにいつかお会いする時、あちらの事を聞かれてもいいように、最近のお仕事をチェックしていたのです。そうしましたら、ついアリアさんの二の舞に…。あの、つまりですね、サインが欲しいというファン心理をご理解頂きたいのです」

 しどろもどろになって慌てるルクレーシアを、稜真はなんとも言い難い目で見つめた。


(ファン心理…ね。そう言えば、女神さんとアリアが出会ったのは、池〇で乙女ゲームを探している時だったか。それにしたって…)


「やっぱり羽ペンよりも、マジックペンの方がいいですね」

 そう言うと、ルクレーシアは新しい紙とマジックペンを取り出した。どうやら紙は、本当に色紙だったらしい。

「はい。お願いします」

「…………」

「お願いしますね?」

 首を傾げて可愛らしくお願いされても、正直サインをしたくない。しかし『女神様』のお願いを拒否できる訳もなく、稜真は渋々サインをした。


「あ、ルクレーシアさんへ、と入れて下さいね」

「……はい」

 稜真は言われるがままに、『ルクレーシアさんへ』と書き足した。


「どこに飾ろうかしら。神殿に飾れば、皆の目につきますよね。せっかくのサインは自慢したいですもの」

「っ!? 何を恐ろしい事を言っているのですか! 絶対に止めて下さい!!」

 神殿に自分のサインが飾られる等、とんでもなさすぎて目まいがする。


「日本語を読める者は存在しないのですから、問題ないのではないかしら」

「お願いですから止めて下さい」

「そこまで言われるのでしたら、残念ですが止めておきます」


 この女神様と話していると脱力感が半端ないのだが、なんとかならないものだろうか。ここまでの会話で、稜真にルクレーシアをうやまう気持ちがどんどん薄れて行ったのは、やむを得ない事だろう。

 頭痛を治めようとカップを手に取ったが、空になっていた。すかさず、ルクレーシアが継ぎ足してくれる。

「……ありがとうございます」


「そうそう。稜真さん、木の実をお持ちですよね?」

「木の実とはもしかして、突然どこからか落ちて来る木の実の事ですか?」

「はい。そらに食べさせて下さい」

「やはりあれは、ルクレーシア様の突っ込みでしたか…」

「何度も私に突っ込ませる方が悪いのです」

「何度も突っ込まずにはいられない事をなさっていた方のせいだと思いますね」


 ルクレーシアと稜真の間に沈黙が流れた。


「……不毛なので、これ以上は止めておきましょう」

「…そうですね」


 ルクレーシアが真顔になり、雰囲気が引き締まった。

「稜真さん。あなたには無理を強いてしまい、申し訳ありませんでした」

 そう言って頭を下げた。

「頭を上げて下さい。神様は、軽々しく頭を下げてはいけません。私を送り込んだ時のように、横暴で我がままな神様らしくなさって下さい」


「…私、横暴で我がままでした?」

「問答無用で送り込んだのはどなたでした?」

「……」

「神様はそれで良いと思いますよ。あの時は、正直迷惑だと思いましたが──」

 稜真は居ずまいを正した。

「ルクレーシア様。あの世界に送られた事を、今では感謝しています。ありがとうございます」


「稜真さん…。私こそ、あなたに心からの感謝を贈ります。──今の稜真さんの体は、怪我は治っていますが、まだ動ける状態ではありません。体力の回復をはかって、アリアさんを追って下さい」

「そこに神のご加護は頂けないのですか?」

 稜真は冗談めかして言った。

「ふふっ。あなたには回復のすべがありますもの。色々と、ね」

「色々と…ですか。努力します」


 稜真はもう1つ、是非とも問い正したい事があったのを思い出した。

「ルクレーシア様」

「な、なんでしょう?」

 声のトーンが下がった稜真に不穏な気配を感じ、ルクレーシアの顔がピクリと引きつった。


「瑠璃に何を吹き込んだのか、教えて頂けますか?」

「あの…それは…その…。稜真さんの守護になればと思いまして、召還された瑠璃さんに干渉させて頂きました。少しだけ、入れ知恵はしましたけど…」

「どういう入れ知恵をなさったのか、詳しく聞かせて下さい」

「ざ、残念ですが、そろそろ時間切れです! アリアさんはドラゴンの棲む山に向かいました。どうかお願いします!」


 稜真の視界が暗くなって行く。

 最初に時間が止まっていると言われている。本当に時間切れだったのかは怪しいものだが、気持ちを切り替えて行こうと思う。




刀を国宝と言っていますが、創作です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ