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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第3章 再会

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54.山羊

短めです。

痛そうな表現が何カ所かあります。苦手な方はご注意ください。

「クルルゥ…」

 村の雰囲気を感じているのか、山羊の怯えが伝わっているのか、そらの様子がおかしい。時折、稜真の肩から飛び立っては、索敵して戻って来る。これまで町や村にいる時に、そんな事をした事はないのに、どうしたのだろうか。


「ルルゥ…ルゥ…」

 稜真の肩にいても、小さく喉を鳴らして、どこか不安そうである。

「そら、大丈夫だよ」

 稜真がそっと撫でてやると、その手にすり寄って来た。稜真と離れたくない、けれど辺りが気になる。そんな感じなのかも知れない。そらはまた飛び立った。


「そら、どうしたのかな?」

 アリアも気になるようだ。

「もしかしたら、昨夜の魔獣の気配が残っているのかも知れない。俺達には分からないけど、そらには感じられるのかもな」

 戻って来たそらは、少し羽をふくらませている。稜真は腕に移動させたそらを、軽く胸に抱き寄せた。稜真の胸に頭をすり寄せて、ようやく落ち着いて肩に移動した。




 アーロンが案内してくれた家畜小屋の前では、持ち主の男が待っていた。村長の手配だろうか、手回しの良い事である。

「わしはオルソンです。アリア様が山羊のかたきを取って下さるとは、ありがたい事です。よろしくお願いします」

「よろしくね」

「俺は稜真です。よろしくお願いします」



 オルソンは入り口ではなく、小屋の横手に回った。そちらの壁が破られていたのだ。長身のアーロンの2倍はある、大きな穴だ。

 穴の縁や、壊れ落ちた木の板には、抉ったような爪の跡が残っている。爪跡の間隔は、10センチ弱はあるだろうか。魔獣の大きさがうかがえる。

 稜真とアリアは、壁や床の惨状を確認しながら中へ入った。


 小屋の隅では10頭程の山羊達が、身を寄せ合って震えていた。毛に血がこびりついている山羊が何頭もいる。

 オルソンは悲しそうに言った。


「この子らもなぁ。おびえて、あそこから動こうとせんのですよ…。外に出るのを怖がるんで、こっちに食事を運んでみたものの、食おうとしません。──連れて行かれた山羊は1頭でしたが、他にも傷を負った山羊がたくさんおります。傷は大した事がないのですが、恐怖で、でしょうか。死んでしまった山羊もおります」

「そう……。死んだ山羊を見せて貰ってもいいかしら」

 オルソンは家畜小屋の裏へ案内してくれた。


 置かれている死体は2頭だ。体に爪で引っかかれたような傷跡や、爪で突き刺したような傷がある。全て浅い傷なのだが、体中に何カ所もあるのだ。

 壁を破壊する力がある魔獣が与えた傷が、こんなに浅くなるだろうか。オルソンが言ったように、致命傷になる深い傷は見当たらない。


「──生き残っている山羊の傷も見たいわ」

「あの子らですか…。怯えていますので、見せてくれるかどうか分からんです。わしも、早く手当てをしてやりたいと思っておるんですがなぁ」

「もし嫌がったらすぐに離れるわ。試させてちょうだい」

「アリア様がそうおっしゃるんでしたら…。どうぞ」


 小屋の中へ入り、山羊の様子をうかがうが怯えたままだ。出入りする物音にも怯え、寄り集まって震えている。果たして近寄らせてくれるのだろうか。

「それじゃあ、稜真お願いね~」

「俺なの!?」

 オルソンを説得していたから、てっきりアリアが山羊の所へ行くと思っていたのだが、あっさり丸投げされた。

「大丈夫! 稜真なら山羊もたらし込めるから!」

「このお嬢様は…また無茶振りを……」


 稜真はゆっくりと山羊に近づいて行ったが、やはり怯えられた。

 それ以上近づくのは止めて、その場に片膝をついた。食事も取らず、ただ怯えている山羊を心から可哀想だと思う。傷が痛々しい。出来るものなら、なんとか助けてやりたい。


「怖がらせてごめんね。傷を見せて欲しいんだ。痛い事はしないから、近づいてもいいかな?」

 思いを込めて優しく語りかけた。


 声を聞いた山羊達はためらっているが、怯えは治まって来たようだ。

「俺からは近づかない方がいいのかな。──こっちにおいで」

 よろよろと立ち上がる山羊もいるが、こちらへ来るのは躊躇う。


「もう大丈夫だからね。おいで」

 おいで、とゆっくりと何度も声をかけた。優しい声に、次第に山羊の震えが止まって行く。

 すると、山羊の中でも体が大きな1頭が、恐る恐る近づいて来た。その山羊の首の所には長い傷がある。傷から流れた血で、胸の辺りまで赤く染まっている。

「これは…。可哀そうに…痛かったね」

 山羊の傷に触らないように、体をそっと撫でてやった。


 それまでずっと静かに稜真の肩に止まっていたそらが、残りの山羊に向かって鳴いた。

「クル、クルルゥ」

 すると、他の山羊達も近づいて来て、進んで稜真に傷を見せてくれたのだ。


「さすがは稜真よねぇ」

 もう山羊はアリアが近づいても逃げなかった。

「今のは、そらのお陰じゃないかな?」

「最初に山羊の警戒を解かせたのは、稜真でしょ~」


 オルソンは驚いた。

 飼い主である自分を含め、誰が近づいても駄目だったのに。山羊に語りかけた声を聞いていると、不思議とオルソンまで気持ちが落ち着いた。

「今の内に、傷の手当てをさせて貰えますかな?」

「はい。俺も手伝います」


 近づいても逃げなくなったが、稜真以外が触れようとすると怖がる素振りを見せた。それでも稜真が語りかけると大人しくなる。

 手分けして、1頭1頭の傷を濡らした布でそっと清め、傷薬を塗っていく。浅い傷ばかりだったので、包帯を巻く程ではなかった。

 死んだ山羊と同じように、たくさんの傷がある山羊もいれば、1カ所しか傷のない山羊もいる。


「どの子にも深い傷はないね。まるで、わざと浅い傷をつけたみたいだ。気まぐれに傷つけて、いたぶったみたいに感じる」

 稜真はそう思った。アーロンが、他に被害のあった家畜小屋でも、同じような傷をつけられた山羊がいたと教えてくれた。

 被害状況からして、魔獣が1頭である事は間違いないと言う。


「2本足で立って、小屋の壁を壊す力があって、獲物をいたぶる魔獣かぁ。ちょっと思い当たらないなぁ。姿を見ない事には話にならないみたい。──ま、詳しい事は倒してから調べればいいよね」

 ギルドへの報告の際には、被害状況と魔物の種類も伝えなくてはならない。

 どんな魔物であろうとも、軽々と退治して来たアリアだ。例え正体が分からない魔獣でも、驚異には感じていないらしい。

 そうはいかない稜真は、今夜にでも図鑑で下調べしておこうと思う。



 話し合った結果、西側の家畜小屋の1つを借りて、明日の夜から家畜の番をする事になった。2度被害を受けた家畜小屋は今の所ないので、被害を受けた事のない、次に襲われそうな場所を選ぶ。

 借りる交渉はアーロンがしてくれたが、持ち主は協力的だった。アリアのお陰だろう。


 見張りには、アーロンも付き合ってくれるらしい。

 余りしゃべらないので存在感がなかったが、傷の手当も手伝ってくれていた。色々と手配してくれたのも、村長に頼まれたアーロンだったそうだ。

 今夜は村長宅に泊めて貰ってゆっくり休み、明日に備える。






 3人で村長の家に戻った時、男が駆け込んで来た。


「村長、大変だ!」




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