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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第1章 出会いとスキル

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27.野菜と果物の利用法 その1

「さて、食べられる事は分かった。味も分かった。あとは、これをどう使うかだな」

 料理長が考え深げに腕を組んで言った。

「ですね」

 料理長と稜真の野菜と果物を見る目は、既に素材を見る目へと変わっている。


「ちょっと思いついた事があるの。私はお父様と相談してくるわ。料理長と稜真は、野菜を使ったお料理を考えておいてちょうだいね」

 そう言うと、アリアは執務室に向かって走って行った。




「──と言われても。料理長、どうしましょうか?」

「味が変わらないのは何よりだが、この突飛な色で美味しく見える料理になるのか、それが心配だ」

「これ、中の色はどうなっているんでしょうね?」

「そうだな。1つ剥いてみるか」


 試しに、ジャガイモの皮を剥いてみると、中は通常の物と変わりなかった。軽く焼いて味を見たが、変色する事もなく、ごく普通のジャガイモだ。


「助かった。これなら、皮さえ剥けばなんとかなるな」

 野菜料理のメニューを料理長は次々と上げていく。

「正直、野菜料理のレシピはお力になれそうにないです。料理長が決めた料理で、下ごしらえのお手伝いを頑張ります。そうだ、下ごしらえと言えば──」

 稜真は、料理長に聞きたい事があったのを思い出した。


「どうした?」

「以前、アリアお嬢様に下ごしらえを教えたと聞いた時、料理長は遠い目をしていましたよね?」

「あの頃を思い出したら遠い目にもなるさ…。聞きたいのか?」

「どうにも気になってしまって、すみません」


「お前はこれからも、お嬢様に付き合わねばならないしな。──まず私は、ニンジンの皮の剥き方を教えようとしたんだ。お嬢様は、まずニンジンをこう持った」

 近くにあったニンジンを手に取り、細い方を前に、太い方を自分の体に向ける。

「で、包丁でこう」と、まるで鉛筆をカッターで削る時のように、手前から向こうに手を動かしてみせた。

「うわ……」


「俺が今のリョウマのように思わず声を上げたものだから、間違えたと分かったんだろう。今度はまな板に乗せて同じ事をやろうとしてなぁ。余りに自信ありげな様子だったから、やらせてみたのが悪かったんだ。お嬢様に料理の知識なんてある訳がない。慌てて包丁の持ち方から、指導を始めたって訳だ。なまじっか刃物の使い方に秀でているから、余計に大変でな…」

「それは、お疲れ様でした」


「──あ、なんか懐かしい話してる~」

「実に懐かしいです。今ではお嬢様も下ごしらえは完璧ですからね」

「ふふん、そうでしょ」

「料理長の苦労がしのばれるね」

「あはは~」



 ちょいちょい、と稜真はアリアを手招きした。

「……アリア。向こうではどうしていたの?」

 稜真は小声で聞く。

「向こうで? 私、家族と同居してて、家事一切やってなかったの。お母さんもおばあちゃんもいたから、まかせっきり」

「それにしたって、学校で調理実習とかあったでしょ?」

「それが何故か、お湯沸かし係とか、電子レンジのタイマー係とかやってた覚えしかなくって、えへへ。なんでだろうね?」

「あはは、なんでだろうね…」


 クラスメイトの苦労も偲ばれた稜真である。



「そ、それは置いといて。お父様の許可、貰って来たよ~」

「旦那様の許可ですか? リョウマと野菜料理のメニューはいくつか挙げてありますが、なんの許可を頂いて来たのでしょう?」

「収穫祭やろうと思って。野菜料理をうちが提供して、ゲームの賞品に果物を提供しようかと思ったの。参加費を取れば、多少は損失も補充出来るし。どう?」


「そうですね、良い考えかも知れません。ただし、料理を作る人員を補充して頂かないと。収穫祭に来る人々の料理を作るとなると、材料はともかく人が足りません」

「それも許可を貰ってあるわ」

「さすがはお嬢様」


「そんな大掛かりな収穫祭にするなら、人手がいるよね。旦那様に、捕まっている旅商人の保釈をお願いしてくるよ」

「……すっかり忘れてた」

「はは…。料理長、旅商人がどこに捕まっているか、知っていますか?」

「ああ、地下の倉庫だよ」

「ちょっと行って来ます」




 稜真は厨房の横手にある階段を降りた。

 本来は、食材を保存する為の倉庫なのだろう。このお屋敷に人を捕まえておく部屋などないのだ。

 だが町の牢に入れれば、気がたった人々に何をされるか分からない。その為、伯爵はこの倉庫に閉じ込めておく事にしたのだ。


 風通しを良くする為に、扉には格子のついた窓がある。薄暗い室内をのぞくと、ランプが1つ灯されており、座りこんでいる人影が見えた。

「ピーターか?」

「あ? ああ、リョウマじゃないか…」

 やはりピーターだった。ピーターは立ち上がると、扉まで近づく。


「よくここが分かったな。…なぁリョウマ。俺はもう駄目かもしれん。縛り首にされるのか、首を切られるのか……。ふっ。最後にお前に会えて良かったよ…」

「何を言っているんだか。なぁ、出してやったら、俺の言う事を聞くか? 約束するなら、なんとかしてやってもいい」

「本当か!? 聞く! なんでも聞くから、助けてくれ!」

「分かった。旦那様にお願いして来るから待っていろ」




 稜真は、すぐさま伯爵の執務室に向かった。

 ピーターに悪気はない事、よく言い聞かせて、これからはおかしな物を売らないように約束させる事、イベントの仕事に手が足りないから、無償奉仕させる事を条件に釈放をお願いした。


「あの旅商人は、リョウマの知り合いなのか?」

「私は友人だと思っています」

「ふむ。リョウマの友人ならば、融通を利かせてやらねばな。分かった。釈放を許可しよう。こき使ってやるといい。──これが倉庫の鍵だ」

「ありがとうございます」



 稜真はその足で倉庫へ向かうと鍵を開けた。


「リョウマありがとう。助かったぜ!」

「うん、外に出る前にそこに座って」

「へ?」

「足をこうして、キチンと座る」

 稜真は自ら正座してみせた。ピーターもそれにならって、ぎこちなく正座をした。


「痛てて。なぁリョウマ。この座り方、すごく辛いんだけどよぉ」

「……黙って座れ」

 稜真は低い声で言うと、ピーターを睨みつけた。

「はい!」

 ピーターは雰囲気の違う稜真に、ピシッと背筋を正した。


 稜真はピーターと目線を合わせる。


「ピーター、植物用栄養剤も知り合いから仕入れたのか?」

「そうだ」

「その時、使ったらどうなるかを聞いて来たか?」

「…いや、植物の成長が早くなるとしか聞かなかった。なんか他にも言ってた気もするが…覚えてないな。新作が出来たと聞いて、効能を聞いて、ありったけ貰って来たんだ。植物の成長を早める薬なんて、聞いた事もなかったから、これは売れるって思ってさ。まさか、あんな物が実るなんて…。俺…知らなかったんだよ」


 ピーターは町で栄養剤を使った人々に詰め寄られ、そこで初めて出来た作物を見せられたのだ。あんな色や模様の作物が出来るとは本当に知らなかった。


「しっかり聞いてから仕入れるべきだったね。今回は優しい領主様が、被害者にちゃんと対応して下さったから良かったけど、下手をしたら薬を使った人達は、なんの補償もして貰えず、路頭に迷う事だってあり得たんだ。この領地は復興し始めた所だ。苦しかった頃の記憶を、皆が持っている。その記憶が蘇ったら、その人達が苦しさをピーターにぶつけていたら、どうなっていた?」


「……」


「例え領民に何もされなくても、被害を与えたのは事実なんだ。さっき自分で言っていたように、処刑されたかも知れないんだぞ? ここの領主様だからピーターに悪気がない事を分かってくれて、処分をどうしようか迷っておられた。だけど、そんな領主様ばかりじゃないだろう? 違う領地で売っていたら、俺はピーターに2度と会えなかった可能性が高い」


「………」


「商人なら、売った商品に責任を持つべきだ。体が光る薬の時もそうだ。どれだけ光るのか、時間が経つまで光を消す事が出来ないのだと、欠点を説明してから売るべきだ。商品が売れれば、買った人がどうなってもいいと思っていたのか?」


「そんな事は思ってない! そこまで考えなかっただけなんだ! でも…光る薬の時は、欠点を説明すると売れなくなると思ったのは…確かだな…」


「考えなくてはならないだろう。──なぁピーター。俺は商人には詳しくないけれど、商品を買った人が喜んでくれるような品物を売るべきじゃないか? それが商人の生きがいにならないか?」

「……ああ、そうだったな…。じいさんがよく言ってた。『買って頂くんだ。お客様の為になる物を売るのが、正しい商人だ』って。そうか、俺、基本から忘れてたんだな…。俺なんかこのまま、ここに入ってるのが世の中の為になる気がして来た」


 ピーターはうつむいて、自己嫌悪に落ち込んでいる。


「気付けたなら、いいんじゃないか? これからの商売で気を付けて行けばいい。幸いまだ取り返しがきく。出来た作物を使った収穫祭を考えているんだ。手伝ってくれよ」

「……俺が…手伝ってもいいのか?」

「人手が足りないんだよ。そのかわり、こき使うから覚悟しとけ」

「おう!」

 よしやるぞ!と気合いを入れるピーターを見て、稜真は笑った。


「身を粉にして働けば、許してくれる人もいるんじゃないかな」

「そうだな…。ありがとなリョウマ」

 へへっ、と笑うピーターの目は少し潤んでいる。


「…リョウマ。なんでここまでしてくれるんだ? 助けてくれた上に助言までしてくれてよ…」

「俺はピーターを友達だと思っているからな。道を間違えたなら、教えてやりたかった。俺の独りよがりか?」

「いや、俺も友達だって思ってたぜ。会って間もないのに、なんでだろうな…。へへっ。そうか、リョウマもそう思ってくれてたのか。へ、へへ、よぉっしっ! 頑張るぞ! ──なんかさ、リョウマってじいさんみたいだよな!」

「はぁ!? 友達って言っといて、じいさんって何! 15歳だって言ってるだろ!」


(元の年齢からしても、30代でじいさん呼ばわりはあんまりだ!)

 稜真は心の中で叫ぶ。


「そういう意味じゃなくてな。俺に言ってくれる言葉が、じいさんと一緒で嬉しいと言うか、なんと言うか。俺、じいさんに育てられて、じいさんの事大好きだったから、俺にとっては、ほめ言葉で…。だから、その…」

 ピーターの家族は商売で忙しく、祖父に預けられて育ったのだ。


「──悪気がないのは分かったよ。照れるから、もういい」

「え~、それで、リョウマさん? もう、立ってもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、もういいよ」


(久しぶりに正座したら、少し足がしびれたなぁ。こんな石の床に、直に座ったせいでもあるけど)

 じわっと痺れる感覚は久しぶりだ。


「この座り方、足が痛くてよぉ。おわっ!!」

「ちょっ!?」

 稜真はよろけたピーターを抱き留めた。稜真よりも身長の高いピーターは、足を震わせながら必死でしがみついて来る。

「なんだこれ…足がじわじわする…。自分の足じゃないみたいだ。リョウマぁ、治るのか、これ…」

「あはは。そんな不安そうな声出さなくても、すぐ治るよ。」


 足を震わせてしがみついて来るピーターがおかしくて笑っていると、背後から視線を感じた。

 振り返ると、戸口から不機嫌そうなアリアが覗いている。


「……遅いから様子見に来たら、またBL…。ライバルが増えた…」

「アリア? 何言って…」

「うわぁ、リョウマ! まだ無理、離れないでくれよ!!」

 稜真はますますピーターにしがみつかれる。


「稜真のたらし……」

「いや、だからアリア!?」

「リョウマ、動かないでくれ、頼むから!!」

「お父様ならまだしも、ピーターさんとだなんて……」

「なぁ、リョウマ~。足の感覚がないんだよぉ。俺の足、ちゃんとついてるの? 本当に治るのか、これ? なぁってばよぉ~」


 ──カオスである。


(旦那様はいいのか!? いや、そうじゃないだろ、俺! …誰か…助けて…)




ニンジンの切り方は、知り合いの実話です。

見てて本当に怖かった…。

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