26.野菜と果物の味は?
「稜真さん、地面を歩くのは難しいですわ。腕を組んでもよろしくて?」
「…まぁ…慣れるまでなら…ね」
「ふふっ。人間の恋人同士は、このようにして歩くのでしょう? 楽しいですわ」
瑠璃が稜真と並ぶと、年齢差といい身長差といい、姉弟にしか見えない。だが瑠璃は、それはそれは楽しそうに、にこにこと腕を組んでいる。足取りも軽やかだ。
「歩きに問題ないみたいだね。そろそろ屋敷の人に見られるから、離れてくれないか?」
「もう少し歩きたかったのに、仕方ありませんわね」
瑠璃は名残惜しそうに腕を離した。
野菜と果物は屋敷の横手、剣術の練習場に集められていた。
「…遅かったね…稜真」
ぷっくりとふくれたアリアが低い声で言い、瑠璃を睨む。
(あー。これは見られた、な)
そんなアリアと対称的に、瑠璃はしてやったりとばかりに、ほくそ笑んでいる。
火花を散らしている2人をよそ目に、稜真は作物を確認する。作物は種類別に木箱に入れられている。今並んでいるだけでも大量なのに、荷車は途切れる様子もなく、作物は次々と運ばれて来るのだ。
一体どれだけの薬が売れたのだろうか?
運ばれた野菜を見ると、同じ種類の野菜は同じ色に変化している。それなのに果物は、同じ種類でも色と模様が違っている。何か法則があるのだろうか?
作物の山の前には、腕組みをしている料理長がいた。
「料理長も駆り出されたんですか」
「ああ、リョウマか。私だけではなく、屋敷の者は総出で手伝っているよ。私は旦那様から、これを使う方法を考えて欲しいと言われたのだが、食えると思うか?」
それに答えたのは瑠璃である。
「どれも毒はありませんわ」
「どなたですか? えらくきれいな方だが」
「瑠璃と申します。毒物の判別が出来るので、稜真さんに頼まれて参りました」
「ルリさんですか。それは助かります。早速ですが、全て確認して貰ってもいいですか?」
瑠璃は、1つ1つの木箱を確認していく。手をかざし、魔力で探っているようだ。
「はい、どれも大丈夫です。毒はありません」
「食えるのか…。問題は味だな」
瑠璃は他の者に聞こえないように、稜真に話しかけた。
「主。毒がない事は分かるのですが、何か不思議な感じがするのです。味まで調べるのならば、木の精霊に聞いて来ましょうか? 彼女なら分かると思います」
「頼んで貰ってもいいか?」
「はい」
「──料理長、彼女の友人に植物の専門家がいるのですが、彼女ならどのような味になっているか分かるそうです。今から聞いて来てくれるそうなので、野菜は1種類ずつ、果物は各種類と各模様を分けて貰っていいですか?」
「それは助かるな。全種類を分けるのが大変だが、1つ1つ味見するよりも、手間は省ける。よし、手分けして抜き出すか」
野菜はあっさりと抜き出せたが、果物の仕分けは大変だった。同じ色の同じ果物でも、ストライプ模様と水玉模様と差があるのだ。いくつか足りない、もしくは同じ物が入ったかもしれないが、勘弁して貰おう。大体の事が分かるだけでも、ありがたいのだから。
麻布の袋に入れると、結構な量になってしまった。
稜真のアイテムボックスに入れ、瑠璃を送って行くついでに渡して来ると言って、その場を離れる。ずっと無言でふくれていたアリアもついて来た。
「小娘は来なくていいのに」
「ふん! あんたと稜真を2人きりにすると、ロクな事にならないもの」
2人は睨み合っている。
「お前らなぁ……」
稜真は水盤の所に着くと、麻袋を取り出した。
「全部持って行けるか?」
「問題ありませんわ。それでは主、明日の朝お会いしましょうね。──小娘は来なくていいわよ」
そう言うと、たくさんの麻袋ごと、すうっと消えて行った。
「むっかつく~!」
「さてと、アリアさん」
「何よぉ……」
アリアは不機嫌そうにふくれて、稜真を見上げる。
「屋敷まで腕を組んで帰ろうか」
「うん!!」
ころっと上機嫌になったアリアである。
翌朝は、アリアと2人で水盤の所へ瑠璃を迎えに行った。
「もう絶対に瑠璃とは、2人きりにさせないんだから!!」
「はいはい。仲良くは諦めたけど、せめてケンカはしないでね」
稜真は水盤に向かって瑠璃を呼んだ。すぐに現れた瑠璃は、アリアを見て憮然とした表情になる。
「…今日は小娘も一緒ですのね。残念ですわ。──それでは料理長さんの所へ参りましょう。主。持って行った野菜と果物は、木の精霊にあげましたが良かったでしょうか? 『人の世界には、面白い物があるのね』と喜んでいたので、置いて来てしまったのです」
「たくさんあるから構わないと思うよ」
話していると、アリアの機嫌が悪くなって来たので、速足で料理長の元へ向かった。
料理長は、ちょうど練習場にいた。集まった作物の量を確認している。
瑠璃は挨拶をすると、早速説明を始めた。
「野菜は色がおかしいだけで、普通の味だと言っていました。問題は果物です。元々の味とは、まるで違っているそうです。──例えば…。この青いストライプのリンゴを稜真さん。ピンクの水玉のプラムを料理長さん。紫のチェックのイチゴをアリアさん。食べてみて貰えますか?」
「……嫌な予感するから、ヤダ」
「あらあら、アリアさんったら」
瑠璃は、ころころと笑いアリアに耳打ちした。
「食べたら、今日は大人しく帰ってあげますわよ」
「………食べる」
「見た目がなぁ…」
「料理長、覚悟を決めましょう…」
稜真のリンゴは小ぶりのリンゴなので、切らずにそのままかぶりつけばいいだろう。だが、絵の具を塗ったような綺麗な青と白のストライプには、正直食欲が失せる。
「それでは、一緒に食べて下さいね。1、2、3、はいどうぞ」
「すっ~~~~~!!!」
「…なんだ……この味…」
「うわ、美味しい」
順番にアリア、料理長、稜真だ。
「酸っぱい~!! 水~!!」
アリアはアイテムボックスから水差しを取り出して、直接口を付けた。行儀が悪いが今は言えない。どれだけ酸っぱかったのか、アリアは涙目だ。
「稜真ぁ~。水飲んでも、酸っぱいのが消えないよぉ~~」
「瑠璃?」
稜真が瑠璃を睨むと、すっと目をそらされた。
「…はぁ。お嬢様、口を開けて下さい」
稜真はアリアに、自分が食べていたリンゴをかじらせた。途端にアリアの表情がほころぶ。
「うわぁ甘い! これ、すごく美味しいよ!」
「全部食べていいですよ」
アリアは、あっという間にリンゴを食べきってから気付いた。あ~んをされた、おまけに間接キスをしたのだと。
「お嬢様、顔が真っ赤ですよ? そんなに酸っぱかったのですか?」
「あ…うん、…そう。酸っぱかったの…」
「リョウマ、そうじゃないだろうよ。お前らしいが」
「? ちなみに料理長は、どんな味だったのですか?」
「それがな…なんと言うか…。魚のムニエル味だったよ」
「それはまた、微妙な」
果物だと思って食べているのに、口に広がるのが料理の味なのだ。頭がおかしくなりそうだった、と料理長が言った。
稜真のリンゴは、味はリンゴのまま。ただ、甘みと酸味のバランスが絶妙で、これまでに食べた事がない美味しさだった。
アリアが食べたイチゴは、味はイチゴだが酸味が特出していて、ただただ酸っぱいとしか感じられなかったそうだ。レモンをかじるよりも酸っぱかったそうだ。
ちなみに、同じイチゴでもピンクの水玉は焼き肉味。試しに食べてみた稜真だが、やはり果物と認識して口に入れているからか、違和感がものすごい。紫のストライプのイチゴは、今まで食べたこともないくらいに美味しかった。本当に法則が読めない。
「果物は一覧表にして来ました」
瑠璃が手渡してくれた一覧表は、色・模様・果物の種類で全部味が違う。何に使うにしても一覧表は助かる。
「ありがとう瑠璃。助かったよ」
助かったのは確かだが、アリアに悪戯したのは頂けない。稜真は目を細めて瑠璃を見た。
「いいえ。またご用があれば、呼んで下さいませ。なんでも協力いたしますわ。あ、今日は送って頂かなくても大丈夫です。それでは失礼いたします」
稜真の雰囲気を感じ取ったか、瑠璃は早口で言うと一礼して帰って行った。
(送るついでに、お説教するつもりだったのに、逃げられたな…。ま、ありがたかったのは確かだから、またにするか)




