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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第1章 出会いとスキル

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25.デルガドにて

 翌朝宿を出た2人は、採取依頼の報告にギルドへ向かった。

 しばらくアストンで活動する事を報告する為でもある。ガルトに直接伝えに奥へ行こうとすると、パメラが珍しく上のギルド長室で書類仕事をしていると教えてくれた。



「おっちゃん、珍しいね。ここで仕事してるなんてさ」

「…ちょいと書類が溜まっちまってよ」

 アリアはしばらくアストンへ行く事を伝えた。

「おう、分かったぞ。ここいらの魔物は落ちついてるし、こっちで充分さばける。──が、ちょいと気になる報告が上がって来ててよ…」

 ガルトは少し迷うそぶりをみせた。


「どしたの? おっちゃん」

「向こうに行くなら関係ないかもしれんが、一応伝えておくとするか。最近、物騒な報告が続いててな。なんでも、森にあった大岩があり得ない状態で真っ二つにされていたり、森の一部が更地になっていたかと思うと、湖が出来ていたりってな。──何者が、なんの目的でやっているのかは分からんが、用心するに越した事はない。お前等もこっちで森に行く時は気をつけろ。何かが起こる前兆かもしれんからな」


 アリアと稜真は、引きつった顔を見合わせた。

「…分かりました」

「了解したよ、おっちゃん」



 稜真とアリアはギルドを出て、乗り合い馬車へと向かう。

「ギルドに報告が行っていたんだな…」

「ほとぼりが冷めるまで、この辺りを離れる事にしておいて、ちょうど良かったよね!」

「『ほとぼり』って言わないでくれる……?」

 どれもこれも自分のスキルが起こした現象なのだ。稜真は責任を感じる。そんな稜真を慰めるように、そらが頬にすり寄る。

「ありがとな、そら」

「クゥ」


「…で? お嬢様は何をしているのかな?」

「そらで癒されるなら、私でも癒されないかと思って~」

 アリアは稜真の腕をつかみ、すりすりと頬を擦りつけていたのだ。町の人から生暖かい視線が向けられ、なんとも気恥ずかしい。

「──早く行くぞ」

「癒し効果あった? ねぇ、稜真~」

「はいはい、あったあった」

「むぅ! 何その投げやりな言い方!」




 そんなやり取りをしながら乗り合い馬車に乗り、何事もなくデルガドに戻って来た。

「そう言えばピーターはどうしているかな」

 稜真はふと、この町で別れた旅商人の事を思い出した。

「普通の商品を普通に売ってればいいね~」

「そうだね」

 気にはなったが、そうそう問題を起こす事もないだろうと思う。


「なぁ、やけに馬車の数が多くないか?」

 2人は屋敷へ続く道を歩いているのだが、荷馬車や荷車の数が多いのだ。

 乗り合い馬車で街道を進んでいた時も、デルガドへ向かう荷車や荷馬車が多いと感じていたが、どうやら目的地は屋敷だったらしい。

「何かあったのかなぁ?」

 アリアが首を傾げた。

「少し急ごうか」




 速足で帰った2人が見た物は、屋敷の門が開かれ、オズワルドが荷車や荷馬車へ指示を出している姿だった。

「ただいま、オズワルド。これ、どうなってるの?」

「お帰りなさいませ、お嬢様。リョウマ。今回は格別にお早いお帰りですね」

「ただいま戻りました」

 稜真は一礼した。珍しくオズワルドが疲れた顔をしている事に驚く。

「申し訳ありませんが、私は手が放せないのです。騒ぎの理由は旦那様にお尋ね下さい」

「分かったわ」

「お嬢様。旦那様は執務室で頭を抱えていらっしゃいますので、激励して差し上げて下さい」

「頭を? よく分からないけれど、行って来ます」




「ただいま、お父様」

 書類の山と、何故か野菜や果物の山を前に、疲れた顔の伯爵がいる。アリアは元気づけようと、ぎゅっと抱きついた。

「お帰りアリアヴィーテ、リョウマ。今回はやけに早いな」

「アストンに向かうから、伝えに行こうって稜真が言ったの。何が起こっているの?」

 伯爵はため息をついた。

「実はな──」


 伯爵の説明によると、ある旅商人が植物用栄養剤を売って回った。それを作物に与えた所、あっという間に成長して実ったのは良いのだが、問題があったらしい。


「出来た物がこれなのだ」

 伯爵が指し示したのは、色とりどりの野菜や果物。色とりどりと言っても、普通の色ではない。通常は緑や茶の野菜が、青や紫などの鮮やかな色に。果物に至っては、色に加えて模様がついているのだ。水玉模様にストライプ、タータンチェック等々…。

 2人も机の上にあるのには気づいていたが、余りの色合いに、てっきり作り物だと思っていた。


「これが実ったのですか?」

「そうだ。こんな物は出荷出来ない、どうすればいいのか、と領民からの訴えが上がって来てな。とりあえずは、卸値で引き取るとお触れを出し、運び込まれている所なのだ。引き取ったはいいが、どうすればいいかも決めていない」

 伯爵はピンクの水玉模様のプラムを手に取った。


「……何しろこの色に模様だ。食べられる物なのかも、正直分からん。植物用栄養剤を売った旅商人は拘束してあるのだが、悪意を持ってあのような薬を売った訳ではないようで、どう処分すれば良いかも困っている。アリアヴィーテ、何かいい案はないか?」

 伯爵は、ほとほと困り果てているようだ。

「う~ん…。お父様、ちょっと稜真と相談させてね」


 伯爵に聞こえないように、部屋の隅で相談する。

「ねぇ、栄養剤売った旅商人って…」

「想像はつくけど、今は考えないでおこう。アリア。精霊使いって、こっちの世界にいるのかな?」

「ごめんなさい。勉強不足で分からないの」

「そうか…。瑠璃に食べられるかどうか、判断をして貰おうと思ったんだけどな」

 瑠璃は、毒の判別が出来ると言っていた。


「もし精霊使いがいたとしても、稜真はそらをテイムしてる事にしてあるし、魔獣使いな上に精霊も従えているのは不味いと思う。瑠璃が精霊だって事は隠して、判別だけして貰ったらどうかな? 宙に浮かなければ、精霊だなんて分からないよ」

「それで行くか」


 稜真は伯爵に向き合った。

「旦那様。実は旅先で、毒物の判別が出来るという方と知り合いました。その方に協力を頼めば、少なくとも食用になるかどうかの判断ができます。いかがでしょう?」

 伯爵の顔が明るくなった。

「そのような方に出会っていたのか。是非、協力をお願いしてくれ」

「たまたま、この町に来ておりますので、急いで呼んで参ります」

「私は届いている作物を見て来るね」




 アリアと別れた稜真は、そらをお供に人気ひとけのない所を探す。瑠璃は水のある所で呼んでくれと言っていた。

「そら。水があって、人気のない場所ってあるかな?」

「クルルゥ」

 そらは鳴くと、コクコクと頷いた。どうやら心当たりがあるようだ。


 そらが案内してくれたのは、屋敷の裏庭の奥にある、木々に覆われた場所だった。水盤とベンチが置かれた小さな休憩スペースだ。

「ありがとう、そら」


(そういえば、どうやって呼ぶのか知らないぞ…。召喚を使って、他のウンディーネが来たら不味いしなぁ。普通に呼びかけてみるか…)


 稜真は水盤に向かって声をかけた。

「瑠璃、聞こえる? 頼みたい事があるんだ。来てくれるかな」

『はい、あるじ。聞こえておりますわ。今参ります』

 頭の中で答える声が聞こえ、水盤から瑠璃が現れた。


「こんなに早く呼んで下さるなんて、嬉しいですわ」と、にこやかに微笑んで抱きつかれた。

 瑠璃の見た目は、20代半ばほど。稜真との身長差は頭1つ程ある上に、浮いた位置から抱きつかれると、ちょうど顔の辺りに胸が来る事になる。

「ちょっ!? 瑠璃、頼むから離して!」

 稜真は赤くなっていた。これまでも抱きつかれていたが、一応アリアの目をおもんばかっていたのか、ここまで積極的ではなかった。稜真はどうにも、押しの強い女性は苦手なのである。


「せっかく小娘がいないのですから、もう少しこうしていたいのですけど?」

「本当に頼むから……」

 心から困って言えば、瑠璃は渋々離れてくれた。


「はぁ…。それで確認してなかったけど、瑠璃を呼ぶ時って水に声をかければいいのかな?」

「はい、それで聞こえますわ。声に出さず、頭で呼びかけて頂いても大丈夫です。ふふっ、主と私の絆は深いのですわ。他の人に見えないように来てくれと言われたら、姿を消して参上する事も出来ますから、主の都合の良いようにお呼び下さい」

「それは助かるよ。今回は人間の振りをして欲しい。お願い出来るかな?」

「人間ならば、浮かなければ良いですね。あとは、人間の洋服。──こんな感じでいかがでしょうか?」


 瑠璃が地面に降りると、普通の町人まちびとが着ているような服になり、素足には靴も履いていた。髪もまとめ髪になっている。


「上出来。瑠璃、前に毒物の見分けが出来ると言ったよね? ちょっと特殊な野菜や果物があってね。食べられるかどうかを判別して欲しいんだ。出来るかな?」

「見てみないと分かりませんが、たぶん大丈夫だと思いますわ」

「今から案内するから判別を頼みたい。俺の事は稜真と呼んで。それと、くれぐれもアリアと仲良く」

 稜真が言うと瑠璃は眉をしかめ、その口元はへの字になる。そんな顔をした瑠璃は、不思議と子供っぽく見えた。


「瑠璃。ここはアリアの屋敷なんだ。俺はお世話になっているんだから、頼むよ」

「主の頼み…。仕方ないですね。努力しますわ。稜真様」

「『様』はまずいから、『さん』にして」


 瑠璃の不満そうな顔を見ると不安になる。騒ぎが起こらない事を祈るばかりである。





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