笑顔の破壊力 lv.65
「魔物が見当たりませんね。もう殆どゴウカを取り戻したと言っても良いくらいに見えます」
オルレアが小さな声で言った。
「本当に終わったのか……?」
アークが言った。
「現実は、英雄がいればこんなに呆気なく終わるんだね」
ゼンがつまらなそうに言った。
「兄さん、皆様のおかげでこの戦いを終える事ができたのですよ。国を守るべき大神官がそんなことでは……」
ダンがゼンに説教をし出すと、ルルが、
「大神官がどうしようもない大神官ということは周知の事実です!」
とバカにするのをゼンは無視して、
「何はともあれ、ぼくらの勝利だ!」
と言うと、ダン率いる部隊の隊員達が、
『うおおおおおおおお!』
『英雄様!』
『勝ったぞー』
空気が震える程の声で、大盛り上がりしている。
これは……まずい気がする……。
バトルものによくある、『フラグ』
テンプレのように、戦いの後すぐに勝利モードに入った。こういう時は何故か、戦場をよく確認しようとしない。
私は『フラグ』が立っていない事を祈りつつ、みんなと少し離れた場所から、『一応』ゴウカをズームで細かく見渡す事にした。
ゆっくり端から見る。
私の様子にルルが気付いたらしく、
「ご主人様。何かありましたか?」
と、私の隣に来て言った。
「言いにくいんだけど、元の世界では、こういう戦闘の後に空気が浮ついてくると、敵が現れるっていう王道パターンがあるんだよね」
私はゆっくり、隅々までズームで見ながら言った。
「ご主人様がそう仰るならば、そうなのだろうとルルは思います。勇者と聖女と執事に一応言っておきますが、大神官には小耳に挟ませる程度で良いでしょう」
ルルが私にだけ聞こえる程の小声で言い、皆の元へ歩いて行った。
小耳に挟ませる程度とは、どの程度の伝え方になるのだろうか。
ルルの中で、ゼンは完全に戦力外になったらしい。
ゴウカは砂漠地帯で建物や岩などの障害物が無く、ズームで遠くまで見渡せる。
左手前から、奥を見て、ゆっくり手前に戻り、少し右に動き、奥まで見て、徐々に右へ右へ見る場所を広げていく。
今の所何もいない。
ゴウカの中心辺りに差し掛かると、突然砂嵐が巻き起こり、視界が悪くなった。
風が収まると、
「……人?」
ゴウカの中心。砂嵐が起きていた場所に人がいる。
若い女性だ。何かを持っている。
私は急いでみんなの元へ戻った。
皆は、既にゴウカの中心に女性が立っている事に気が付いているようで、ゴウカの方をじっと見つめている。
迷い込んでしまったとしたら大変だ。
「何であんな所に人がいるんだよ。俺が行く。皆は他に魔物がいないか警戒してくれ!」
アークが女性に向かって走って行った。
女性は何かを言っているようで、口がパクパクと動いているのが見える。
なんか……おかしい……。
笑っている……?
「レイちゃん。あの人、変じゃないですか? なぜあの場所から動かず、笑っているのでしょう」
オルレアが言った。
気味が悪い。
国王への、戦闘終了の連絡をしていたらしいゼンが戻ってきた。
「どうしたんだい?」
ゼンは私達の様子がおかしいのに気付き、ゴウカの方を見た。
すると大きな声で、
「アーク! だめだ。行くな!」
と叫んだ。
その瞬間、ニコニコと笑っていた女性の口が大きく開かれた。
闇が凝縮されたように真っ黒に開いた穴。
ゴオオオオッ。
という音と共に、女性の口から禍々しい闇がアークに向かい、一直線に放たれた。
「アーク!」
私は叫び、アークがいた所を見ると、アークが消えていた。
闇は『聖女の結界』に阻まれ散る。
「アークが……私、魔物が来るかもしれないってわかってたのに……」
私はショックでその場に座り込んだ。
「そんな簡単にやられるわけ無いだろ」
アークの声がした。
「……そうだよね。アークは強くて……え?」
顔を上げると、アークが笑顔でこちらを見ていた。
「アーク、君が避けたんじゃないでしょう? ぼくが君をワープさせてあげたんだから、ありがたいと思ってよ」
ゼンが得意気に言った。
「本当にありがとうございます。あれは『魔人』ですよね。大神官様が、見た目は人間と変わらないって言ってましたけど、本当に人間にしか見えなかったですよ」
アークは、先程の女性を睨みつける。
女性をよく見ると、歯がギザギザと尖り、耳の後ろに小さな角が見える。
爪が黒いかどうか、確認するまでもなく、『魔人』だ。
「本当に人間のような見た目ですね! 何の為に人間に擬態しているのでしょう? 魔物の姿の方が楽では無いのですかね?」
ルルが言った。
「『誘う』為です。感情ある生き物は情に弱いもの。そこにつけ込み誘い出し、襲っているのでしょう。恐らく奴らにそのような意識はなく、ただ、本能で動いているのだと思います」
ダンは『魔人』を見て言った。
「最悪ですね。ますます嫌な奴らです」
ルルは怒り心頭の様子だ。
「今、奴が放ったのは『黒魔法』だ。中々お目にかかれるものでは無いから少し驚いたよ」
ゼンがワクワクした様子で言った。
『黒魔法』は、ファンタジーにおいて、敵の魔法の属性でよく登場している。
ここでも出てくるとは。
「『黒魔法』は禁じられた魔法だったはずです。そして、一般的に魔物が『黒魔法』を使う事はないですよね。『魔人』だから使えるのでしょうか」
オルレアが頭を抱えている。
ややこしい話になりそうだ。
「いや、『黒魔法』を扱える存在がいる、という事は、『黒魔術』を研究している者がいる、という事になる」
ゼンが真剣な顔で言った後に、
「『黒魔法』は自然発生する物じゃ無いんだよね。誰かが魔物に植え付けて使わせているとしか考えられない。これは大問題だよ」
そして、『魔人』を見て、
「とりあえず、あの魔人はどうしようか。『オレンジの魔物』同様に素早いだろうし、さっきの攻撃の射程も長そうだったね」
そう言うと、こちらを見た。
「じゃあ私が行き……」
まで言ったところで、
「俺が行きます。もう遅れはとりません」
とアークがゼンに言った。
先程から逃げ帰ってばかりなのが悔しいのだろう。アークの表情に焦りは無く、少しの緊張と、覚悟が滲んでいた。
ゼンはフフッと笑って、頷くと、
「レイルちゃん『核』の確認を頼めるかい? アークのサポートは僕に任せてよ。また危なそうになったらワープで逃すから」
と言って笑った。
「わかりました」
私は左手で丸を作り、魔人をズームで覗いた。
魔人の色は、魔物と同じく闇そのもの。
『核』は……心臓の辺りにあった。黄色と黒がマダラに混ざったような色をしている。
また『核』の色が明るくなったのか……。
『核』の色と魔力石の色は似ている。『魔人』の魔力石は黄色なのだろう。
魔力の質が高いほど明るい色になるのだから、黄色という事は、魔人は相当質の良い魔力を持っている事を意味している。
すると、左手で作った丸の中に、ニュッと魔人の顔が入り込んだ。
私に見られているのを察知したらしい。
笑顔でギザギザの歯の生えた口をパクパクさせている。ズームを使っているから、至近距離で目が合っている状態だ。
ズームをやめようとしても、覗くのをやめようとしても出来ない……。
「あ、あの。……動けません」
そう言うのが精一杯だった。
「レイちゃん? 動けないとはどういう事ですか?」
オルレアが心配そうに言った。
「あの魔人、こっちを見てないか?」
アークの声だ。
「レイルちゃんは今、あの魔人と目が合っているんだね。目を合わせている間は動けなくなるのか……でも、それは向こうも同じのはずだ」
と言いながら、私が覗いている左目をゼンが覗き込んだ。
その瞬間、体が自由になった。
距離のある睨み合いならば、間に入れば良いのだ。
ゼンは冷静だ。
「ありがとうございます。視界に魔人の顔が入ってきて、動けなくなりました。辛うじて話す事は出来ましたが、ちょっと怖かったです……」
体の自由がきかない事が、あんなに不安になるとは思わなかった。
「あの能力は、こっちに人数がいればあまり脅威にはならないから安心してよ」
ゼンが優しく言って、私の頭に手を置いた。
いつもなら手を払ったかもしれないが、今はそんな気にならなかった。




