笑顔の破壊力 lv.6
森を歩きながら、第6の世界の特典、【住み慣れた家】の説明を思い出していた。
『異世界に、元いた世界での家、思い入れのある場所等を可能な限り用意できる』という項目。
私にとって、思い入れのある場所がこの森。
重要なのは、森というより『大きな木』の方か。
少し歩いたらすぐに気付いた。元の世界と同じなのは、『大きな木』の周辺だけ。
それでも、直径にして、10メートルくらいは元の世界と同じに見える。中々に広大だ。
なんにせよ、私の安らげる場所にまた来れて良かった。これからは、考え事や本を読む時にはここに来よう。
未開拓の森を、異世界初日に1人で歩く勇気はなく、私は家に帰る事にした。
家に続く丘を登っても疲れなかった。
家を出て、丘を下り、森を歩いて、丘を登っているのに疲れないわけがない。これが身体強化なのか。
私は、異世界で魔法を使ったり、治癒能力で怪我人を治したり、かっこいい剣で敵を倒す、という王道キャラが花形で好きだ。
逆に盾役や、身体強化で殴るだけのキャラは、地味に思えてあまり好きではなかった。
だが、今、身体強化の恩恵を自分の体で受けていると、胸を張って言える。
「身体強化は最高だ……」私は呟いた。
そういえば、『異世界に行く方法』では、【いずれの世界でも身体強化がついてくる】と書いてあっただけで、身体強化に関する細かい記述がなかった。
1番わかりやすいからか。書き忘れか。
まあ、これに関しては知っていても、知らなくてもあまり変わらないか。
あれこれ考えている間に家に着いたので、遅めの朝食をとりにキッチンへ向かった。
その時、母が昨日の残りの料理を鞄に入れていたのを思い出し、急いで部屋に向かう。
さっきは父の鞄しか開けていないからすっかり忘れていた。
もしかしたら、元の世界と時間の流れ方が違う可能性がある。そうなると腐ってしまっているのではないか。
母が詰めてくれた鞄に手をかけながら冷や汗を流した。
私は鞄をゆっくり開いた。お弁当があった。中身はどうだろう。匂いも変じゃない、食べられる。
お弁当を詰めてからどれくらいの時間が経ったのかはわからないけれど、良かった。
「ルル。元の世界からこっちに来て何時間経ったかわかる?」
私の真後ろに立っていた、ルルに聞いた。
口には出さないけれど、ルルの距離感とか行動が怖い。
「元の世界とこちらの世界の時間は全くの別物ですよ! もし、そちらの食べ物が心配でしたら、安心してください!ご主人様が持ってきた時点で、お鞄と中に入っている物の時間は止まっています!」
ルルはニコニコしながら言った。
「時間が別物だからって鞄の時間が止まるって意味わからないんだけど」
私が戸惑いながら言うと、
ルルは
「だって、このお鞄はこの世界の物じゃないですよね? だからその時のままの状態なのです! たとえば、こちらのお鞄の中に入っている、お洋服やお化粧品等も、劣化する事なく、常に新しい状態で使えますよ! もちろん、使えば中身は減りますけどね」
と言い、へへっと笑った。
よくわからないけれど、異世界の物を異世界に持っていくと、その物の時間は止まる。ということは。
「じゃあ、もしかして私も不老不……」
まで言うと、ルルがすかさず、
「それはあり得ません!」
と腕で顔の前に大きなバツをつくった。
「第6の世界の特典に不老不死はありませんでした。このお鞄の時間が止まっている、というのは、あくまで、『物』だからです! 生命の時間を止めるという事は、世の中の理を変えることに等しく、ここまで生命の活動が盛んで、文明のある状態の世界では、神とて非常に難しい事なのです!」
ルルは力説している。
確か、『異世界に行く方法』には、不老不死の特典がある世界があったはず。
あれは、全ての世界の本を読み続けられる世界だった。生物はいない、1人の世界だったから可能だったのか。
それにしても、私が最後まで言うのを待ってから発言してほしいな。
別に不老不死を期待して聞いたわけではないけれど、瞬時に否定されるとさすがに恥ずかしい。
「そうだよね。まあ、鞄の中の物が時間に左右されないなら便利で良いな」
と私は言った後で、
「鞄の中と言えば、父が鞄に植物の種を大量に入れてくれているのだけど、これは生命? 物? どっちになるの?」と続けた。
植物は成長する。さすがに物扱いにはならないだろう。となると、種の寿命が来る前にどこかに植えないといけない。
「植物の種、ですか。それは生命に該当します。植物と会話ができる種族もいる事から、植物にも感情があり、他の生き物と何ら変わりはありません」
ルルは窓の外の緑の風景を見ながら言った。
植物に感情。
元の世界でも、植物に音楽を聴かせるなんて事を聞いた事があった。意識していなかったけれど、普段食べている野菜や果物にも感情があるとしたら本当に命をいただいているんだな。
今まで以上に感謝して食事をしよう。
「ルルお腹空いてる?お母さんが詰めてくれたお弁当があるんだけど、一緒に食べよう」
私はお弁当箱を持ってダイニングへ向かいながら言うと、
「ルルは食事を必要としませんが、味を感じることは好きなので、それぞれ少量ずついただいてもよろしいですか?」
ルルは、食事が必要無いと言いながらも、よだれを垂らしている。
ルルは食器棚から自分用にお皿とフォークを取り出し、お皿をお弁当箱の前に置いた。そのお皿に一品ずつおかずを乗せてあげると、
「ありがとうございます! ルルは色んな世界の食べ物を食べるのが大好きです! 料理というのは、作る人により、同じレシピでも違う味になったりしますよね? その少しの違いも素晴らしく、この世に同じ物は2つとしてないんだと思い知らされます!」
と言い、ものすごい勢いで食べ……るのかと思いきや、1口ずつゆっくりと、味わって食べていた。
ルルは、本当に掴みどころの無い子だ。
漫画や小説に出てくるキャラだと、天然と言われる部類の性格なのだろう。でも、天然キャラはずっとぽわぽわして可愛いイメージだが、ルルは所々怖い。
だとすると、特にこれといって当てはまるものがない。1つ言えるのは、なんとなく無敵そうだということか。
そんな事を考えながら、私は人生で最後になる、お母さんの料理をルルと一緒にじっくりと味わって食べた。美味しくて幸せな気持ちになり、空になったお弁当箱をキッチンのシンクの中に置いた。
すると、ルルが自分が使ったお皿とフォークを持ってシンクに置き、ものすごいスピードでお皿洗いを始め、あっという間に洗い終わった。
10秒もかかってないんじゃ……洗い終わった後のお皿はピカピカだった。
そういえば、ルルは私の身の回りのお世話をするんだった。本当にメイドのスキルはあったのか。
それから、私は父が入れてくれた野菜・果物・花の種を庭に植えるために、鞄からスコップを取り出し、外に出た。
ルルによると、今私達がいる場所の気候が変わる事はなく、変わることがあるとすれば、朝がきて、昼になり、夜になり、また朝がくる。という事だけらしい。
そうなると、植えられる植物は変わってくるのでは、と思ったが、とりあえず、家の前に畑を作り、料理に使いやすそうな野菜を植え、丘を下った所に果物の種も植えた。野菜や果物はもう少し工夫して植えるべきかと思ったが、
ルルが、
「この土地で植える植物は、水さえあげれば元気に育ちます!なので、好きなものを植えてください!」
と言っていたので、その言葉を信じて、等間隔に数種類を植えた。玄関の扉のすぐ側には、オルレアの花の種を植えた。家の外にある水道で水撒きをし、今日の作業は終わりとした。
疲れない。畑を作ったのに。
これから異世界へ行く方々に言いたい。もし、異世界に行く前に、自身の能力を選べるならば、『身体強化』一択だと。
この世界もそうだけれど、魔法のある世界では、戦闘時に魔法使いが仲間に強化魔法をかけているから、魔法が使えれば身体強化はセットなのかもしれない。
でもそれは一時的なもので効果が切れる。
確かに、魔法が使える方がカッコ良いし、便利そうな気もする。
ただ、それでもオススメしておきたい。それほどに身体強化は素晴らしい能力だ。ありがとう神様。
思ったより作業が長引き、外は暗くなっていた。家に戻り、ルルが用意してくれていた昼食兼夕食をとり、ルルが沸かしておいてくれたお風呂に入った。
ルルが作ってくれたご飯が美味しくて驚いた。家事は全て引き受けてくれるようだ。ありがたい。
「ルルの部屋も用意しないとね。寝る所がないと困るでしょ」
私が自室以外の部屋を見に行こうとすると、
ルルは、「ルルに睡眠は必要ありません。お邪魔でなければご主人様のお部屋のクローゼットにいさせていただこうかと」と嬉しそうに答えた。
「クローゼットは物をしまう所であって、ルルが過ごす場所じゃないの。この空いている部屋をルルの部屋にしよう。今日はまだこの部屋には何も無いから、私の部屋でも、どこでも好きな所で過ごして」
と言って、私は父の書斎だった部屋をルルの部屋とする事にした。
父の物で溢れていた部屋から、父の物が全てなくなり、がらん、とした空間を見るのが辛かった。これからは、ルルが使う事でこの部屋も変わっていくだろう。
この夜はルルが私の部屋に来た。クローゼットにいたいらしい。
「ねえルル、明日はどこか近くの街へ行ってみない?私の部屋にあった時計はこの世界で使えないから、お金になるなら売ってみようかなと思って。あと、どんな物が売っているのかも見たいし、どんな人達が暮らしているのかも気になる。一緒に来てくれる? 」
私はクローゼットに入ろうとする、ルルを引き留めて聞いた。
ルルは、
「街ですか!今日はもう遅いので割愛しますが、実は、今いるこの場所も大きい街の一部なのです!まあ、ここは王都と比べると全然田舎ですけどね。もちろん、お供させていただきますよ!」
と言い、いそいそとクローゼットへ入り、扉を閉めた。
ここは街の中だったんだ。周りの人達からすると、ここはどんな場所なのだろうか。いきなり現れた警戒すべき場所になっていたら嫌だなと思いながら、明日の計画を考えているうちに、眠ってしまった。
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