笑顔の破壊力 lv.56
「レアを使って僕を引きずり出したのは、そういう目的があったのだね。今のゴウカの状況は僕もわかっているよ。僕の私的な感情は抜きにして、聞かれた事にはちゃんと答えることにしよう」
ヴェルデが言った。
50年前のヴェルデは妻ローズを砂にされ、怒り狂い、魔物へ挑んだと聞いた。
今、目の前にいる穏やかな人が、怒り狂う様子を想像できない。
この50年間、1人で辛い時を乗り越えたのだろうか。
「じゃあ早速だけど、当時の魔物がどんな見た目だったか、主な攻撃、魔物の大体の数を教えてよ」
ゼンが言うと、
「僕が見たのは、なんだかどっしりとした長い丸に足が6本の魔物だ。頭頂部辺りから飛ばした毒は何もかもを砂に変えていた。数は数十体と言った所だったかな」
ヴェルデが答えてくれたが、新しい情報は無かった。
「『緑の』が言った事は全て、大神官が言っていた事と同じですね。新しい情報がほしいのですが」
ルルが不満気に言った。
『緑の精霊王』と言うのがめんどくさいのか、『緑の』というすごく失礼な略し方をしている。
ここで、アークが口を開いた。
「ヴェルデ様は魔物に魔法を撃ち込んだと聞きましたが、その時の様子を聞いても良いですか? 魔法が魔物に当たった時にどうなったのかが気になってたんです」
ゼンは魔物討伐に参戦しておらず、その時の細かい記憶を持っていなかったため、魔法を受けた魔物がどうなるかの情報は持っていなかった。
だが、魔物に直接接触したヴェルデならば、魔物がどのようにして、魔法や物理攻撃を防いだのかを見ているはずだ。
「ぼくもそれは気になるな。当時も、攻撃が効かないという情報しかなかったからね」
ゼンが言うと、ヴェルデは当時の魔物の様子を話し始めた。
「50年前、僕はローズを失った悲しみで我を失っていた。ローズは美しく、優しく、時に厳しく僕を叱ってくれて、いつも明るく笑ってくれた。料理も上手で……」
「ヴェルデ、脱線しすぎだよ。今はローズじゃなくて、魔物について話してよ」
ゼンがツッコミを入れた。
「ああ、そうだった。魔物について、だね。僕は我を失って、そこらにいる魔物に力の全てをぶつけたんだよ。僕の力は自然にまつわるものなのだけど、魔法で木を生成して敵に巻きつけ、締めて壊す。というのをよくやっていて、あの日も魔物を相手に使ったんだ」
ヴェルデは笑顔で言った。
見かけによらず、えぐい攻撃をするようだ。
バトル漫画や、ファンタジー小説等でよく見る攻撃技ではある。相手を絞め殺す、魔法の中でも物理に寄ったものだ。
「実際50年前の魔物に使った時、魔物に触れはしたんだけどね、でも、動かなかった。持ち上がらなかった。締め上げられなかった。触れているのに干渉できなかったのが、すごく変な感覚だったよ」
ヴェルデは、当時を思い出したのか、悔しそうに笑って言った。
魔物に触れることは出来るらしい。
触れられるのに干渉出来ないとは、なんてもどかしい状況なのだろう。
「お父様、その後魔物はどうなったのですか? こう着状態が続いたのですか?」
オルレアが言った瞬間、皆が、驚いたように一斉にオルレアを見た。
そしてルルが、ここぞとばかりに口を開いた。
「どうしたんてすか? 先程はパパと呼んでいませんでした? 話し方も変わっていますが、何かあったのですか?」
ニヤニヤと嬉しそうだ。
ここに、まさかのヴェルデが参戦した。
「そうだよレア。なぜパパと呼ばないんだい? さっきはあんなに甘えてくれたのに、そんなに他人行儀な話し方をしないでおくれよ」
そう話すヴェルデを見て、オルレアは顔を真っ赤にしてアタフタとしている。
先程の自分の行動を思い出したようだ。
「私はもう16歳ですよ! 皆さんといる時にパパだなんて呼べません。先程は取り乱してしまいましたが、これからは聖女として、相応しい話し方で接します」
オルレアは宣言した。
「そうか。レアはもう16歳になったのだね。娘が成長していくのは嬉しいのに少し寂しいものもあるね」
ヴェルデが言った。
「2人の時はパパと呼びますよ……」
オルレアが小さな声で言った。可愛い。
ヴェルデは嬉しそうに頷いた。
「それで、ヴェルデ、魔物はその後どうなったのかな?」
ゼンが言うと、ヴェルデは、ハッとしたような表情をして、
「あの時、魔物数体に木を巻きつける事は出来たのだけど、締め上げようにも魔法が上手く作用しなかったのか、木が動かなくなり、巻きつけた状態が長く続いていた」
と言ってゼンを見た。
「そして、僕の魔法が消えたんだよ」
ヴェルデはまた、悔しそうな顔をした。
「魔法が消えた……ですか。それは、いきなりパッと消えたのですか? 徐々に消えていったのですか?」
ルルが聞いた。
「僕には一瞬で消えたように見えたよ。でも、実際止まっている間に、何かされていた可能性もありそうだとは思っているのだけど、わからないね」
そう言ってヴェルデはニコッと笑った。
確かに、長い間止まっている時間があったのは、気になる。
「こう着状態が続いた後に、魔法が消える……ですか。ルルは嫌な想像しかできないのですが、大神官はどう見ていますか?」
ルルが言った。
ゼンは、ルルの方を見て小さく頷き、
「そうだね。ぼくもルル様と同じ事を考えているよ。恐らく、魔法を分解して取り込んでいるんだ」
と言ってため息をついた。
魔法が当たり前のこの世界で、【ゴウカの魔物】の特性は驚異だ。
「なんかずっと同じ事言ってる気がするな……。魔力を取り込む、奪う。今までそんな魔物がいるなんて聞いた事なかったけど、ここ数日で何回聞いたんだよ……」
アークが呟いた。
ゴウカで魔法を使う事で、相手が魔物であれ、魔人であれ、より強くさせてしまう。
「ぼくは、レイルちゃんとアークが倒した魔力石を回収する役目しか出来なさそうだよ。ワープの魔法は、直接敵に作用しないから、危ない時には逃がしてあげられるけどね」
そう言ってゼンは、こちらにウインクをした。
全てを砂に変える能力があると思われる敵を相手に、ワープは必ず役に立つだろう。
私は、ゼンに軽く笑い返した。
そして、
「えっと、ヴェルデ……様。50年前、魔物に対して物理攻撃を放った人を見ましたか? 先程の攻撃で使った木は、魔法で作られたものですよね? 物理攻撃を魔物がどう防いだか、もし見ていたら教えていただけますか?」
と私はヴェルデに恐る恐る聞いた。
何故かヴェルデは、パッと表情が明るくなり、ニコッと笑って答えた。
「もちろん見ましたとも。大剣使いに、槍使い、弓使いなど、多くの者が魔物に挑んでおりました。私の目には、魔物に当たる直前で弾かれたように見えましたが、これも、実際のところどうなっていたのか、わからないですね」
そう言ってヴェルデは少し上を見て、何かを思い出そうとしている素振りを見せた。
「やはり、わからないな。僕は、当時魔物を全滅させる事しか考えていなかったので、これくらいの情報しかお渡しできません。はあ……残念です」
ヴェルデが言った。
魔法と物理攻撃を魔物がどう防いだのか。
それがわかっただけでも良いのだろうが、魔法は取り込まれ、物理は跳ね返される。これもあまり新しい情報とは言えなかった。
「いえ、50年前の事を聞けただけで収穫でした」
私は、少し気を遣って言った。
「僕は魔法に特化した存在だから、戦場では魔物の力になる事はあっても、あなた達の役に立てる事はないのだろう。ここで、レア。君の帰りを待っているよ。もちろん、ここにいる皆の帰りを待っている」
ヴェルデが言った。
「はい。必ず帰って来ます」
オルレアは不安そうなヴェルデに笑顔で返した。




