笑顔の破壊力 lv.55
「み、『緑の精霊王』だって? ルル様は何を言っているのかなー。ぼくにはさっぱりわからないよー。ずっと眠っているって言ったはずなんだけどなー」
ゼンが、今までで1番下手くそな話し方をしている。
誤魔化すスキルは習得してこなかったようだ。
「なぜ眠っているのでしょう? ご主人様が元の世界におられた頃から、徐々に回復していましたよね」
ルルはこちらを見て、ゼンに向き直った。
「『緑の精霊王』の拠点である、ニライにご主人様が来てくださっているのに、なぜまだ回復しきっていないのか……意味がわかりません。何か、起きたくない理由でもあるのでしょうか」
ルルがゼンに詰め寄る。
ゼンは相当焦っているようで、言葉が出ていない。
「ヴェルデは、不安なんだよ。オルレアに何も言わずに眠ってしまった事を悔やんでいるんだ」
ゼンが言った。
ヴェルデとは、『緑の精霊王』の名前のようだ。
「そうですか。不安ならば、寝たフリをしてその場をやり過ごせば良いのですね。大変勉強になりました。教えてくださり、ありがとうございます」
ルルは嫌味たっぷりに言った。
ルルはこういう時、基本的に正論しか言わない。
噛みつかれる側はたまらないだろう。
だが、『緑の精霊王』が本当に起きているのならば、すぐさまオルレアに会いに行くべきだった。
オルレアを見ると、驚いたような表情でゼンとルルを見ている。
ずっと眠っていると思っていた父親が、すでに起きていたのだ。驚くのも無理はない。他人から聞かされて、複雑な心境だろう。
「ルル様、ごめんね。ぼく達が間違っていたよ。そうだよね。これは単なる逃げだ。ヴェルデの気持ちを考えるのなら、『オルレアに会ってちゃんと話せ』と言わなければいけなかったんだ」
そう言ってゼンは、指をパチンと鳴らすと、私達の前から消えた。
「あれ。大神官様が消えたな。まさか、『緑の精霊王』を呼びに行った訳じゃないよな」
アークの声色に緊張が滲んでいる。
人間と交流を持つ精霊王もいるが、実際、中々会えるものではないのだろう。
「そのまさかでしょうね。それならこちらから出向いた方が早いかもしれません。『緑の精霊王』は、今頃ゴネているでしょうから」
ルルは『緑の精霊王』の事を知っているようだ。
「オルレアは大丈夫? 急にこんな話になって不安だよね。オルレアが会いたくないのなら無理に行かなくて良いよ」
私はオルレアが心配だった。
「いえ、行きます。父はすごく優しい人でした。私に会いに来てくださらなかったのは悲しいですが、会いたい気持ちが大きいです」
オルレアは落ち着いた様子で言った。
今何を思っているのだろうか。
「わかった。1人で行く? 私達がいたら、話しにくいんじゃない?」
私が聞くと、オルレアはニコッと笑って、
「いえ、皆さんに父を紹介したいです。一緒に来てください」
と言って立ち上がった。
そして、私達は家を出て、ルルとアークがあけた、大きな穴が無くなった丘を下り、『緑の精霊王』が狸寝入りをしている大きな木の前に来た。
「皆来たんだね。これはもう、逃げ切れないね」
ゼンが、パチンと指を鳴らすと、木の周辺を覆う結界に乗っていた土が浮き上がり、ドサッという音を立て、近くに盛ってある土の上に置かれた。
もう一度指を鳴らすと、木の周りの結界が消え、木に近付けるようになった。
オルレアがゆっくりと近付き、木に触ると、少し木が揺れたように見えた。
「パパ起きてる? オルレアだよ。私……ずっと寂しかった。パパが起きてるなら会いたいよ」
オルレアが、くだけた話し方をしているのを初めて聞いた。
今は聖女として、丁寧な言葉遣いを心がけているだけで、こっちが本来の話し方なのかもしれない。
オルレアの目に涙が滲み始めると、木がパアアッと光り、黄緑の髪に、オルレアと同じ緑の目をした、男性が現れた。
「レア! パパも会いたかった。レアに嫌われるのが怖くて、出ていけなかったんだ。本当にごめんよ。泣かないでおくれ、パパを嫌いにならないでほしい」
そう言ってオルレアを抱きしめた。
この男性が、『緑の精霊王』ヴェルデのようだ。
オルレアの事を『レア』と呼んでいるらしい。
「うう……。パパ。会いたかったよ。もう勝手にいなくならないで」
オルレアが涙声で言った。
子供だ。オルレアが子供になっている。
「こんな珍しい光景、そうそう見られるものではありません。しっかりと目に焼き付けましょう」
ルルがニヤニヤしながら、私の耳元で言った。
「良かったな、オルレア……」
アークは、今にももらい泣きしそうだ。
再会を喜んだ後、ヴェルデはゼンの前に行き、
「ゼン、レアをずっと見守ってくれてたんだね。ありがとう」
と言い、にこやかに笑った。
ゼンは、照れたように、頭を触りながら、
「何を言ってるんだよ、ヴェルデ。ぼくは大神官だ。大神官が聖女を見張るのは当たり前なんだよ。聖女が悪さをすると、神殿の評判が下がってしまうからね」
と言うと、
「ふふふ。ゼンらしいね。気を遣わないでって言ってくれているのだろう? 僕にはわかるのだから、恥ずかしがらないでいい」
ヴェルデが言うと、ゼンの顔が赤くなった。
いつもは人をからかう側のゼンが、ヴェルデに自身の気遣いまで口にされ、恥ずかしくて仕方ないらしい。
「ヴェルデ、本当に君は変わらないね。君のそういう所はオルレアとそっくりだよ」
ゼンが皮肉混じりに言うと、ヴェルデとオルレアは顔を見合わせて笑った。
褒められていると思ったようだ。似たもの親子とはこういう人達の事を言うのだろう。
次にヴェルデは、私の前まで来て跪いた。
「レイル様。僕が願ってしまった事で、あなたを巻き込んでしまいました。申し訳ありません。そして、この世界を選んでくれてありがとうございます」
ヴェルデは、目をキラキラさせて言った。
この目は、この世界に来てから見る機会が多い。
「ヴェルデ様、そんなにかしこまらないで下さい。ヴェルデ様にお願いされたからではなく、私は、自分で選んでここに来たんですから」
私が言うと、
「レイル様は、僕がずっと待っていた『英雄』で、また、『命の恩人』です。僕に『様』などつけず、どうぞヴェルデとお呼びください」
そう言って、私の手を取った。
その瞬間、オルレアが私とヴェルデの間に入り、右手で私の左手を持ち、左手で、ヴェルデの右手を持って、
「パパ? 気安くレイちゃんに触らないで」
とヴェルデの方を見て言った。
こちらから表情は見えなかったが、声が明るかったため、笑顔のオルレアを想像していたが、ヴェルデの表情に焦りが滲んでいる。
「そうだね。いきなり女の子に触れるなんて、パパが悪かったよ。レイル様。申し訳ありません」
精霊王といえども、娘には弱いらしい。
「よし、ヴェルデの顔見せも終わった所で、作戦会議の続きといこうか」
ゼンが言うと、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、ゼンと初めて会った日に案内された、真っ白な部屋にいた。
「レイルちゃんの家にずっとお邪魔しているのも悪いからね。場所を変えてみたんだ。ちなみにさっきまでのお茶とお菓子も持ってきているよ」
ゼンが指さした方を見ると、私の家にあったはずのお茶とお菓子が、大きな長方形のテーブルに置かれ、テーブルの周りには椅子が6脚用意されている。
私は、ルルとオルレアに、横並びになっている3脚のうちの真ん中に誘導され座った。私の右にルル、左にオルレアが座る。
後の3人は、オルレアの向かいにヴェルデ、隣にゼン、アークの順に座っている。
「さて、せっかくヴェルデに来てもらったんだ。思い出すのが辛いのはわかってるけど、この世界の未来の為に、50年前の話をしてもらおうか」
ゼンが、ヴェルデに言った。




