笑顔の破壊力 lv.54
「『聖女の結界』を取り込み進化して、ゴウカの住人だった人達の魔力を奪って能力を得ているなんて、許せないな」
初めて聞いた、アークの怒りに満ちた低い声。
「私も許せないです。その住人の中には、母もいます。母の魔力があんなもの達の糧になっていると考えるだけで、頭がどうにかなってしまいそうです」
オルレアは静かに言った。
感情を殺して生きてきたオルレアは、こんな状況でも泣き叫んだりしないのか。
私は何も言えなかった。なんと言えば良いのかわからなかった。
「オルレア。俺たちで倒そう」
アークが言った。
それを聞いたオルレアは、
「当たり前です。この戦いに関われて良かったと、心から思います」
そう言って、にっこりと笑った。
笑顔が怖い。可愛いのに、目の奥が笑っていない。
「魔人についてはこれくらいで良いかな。次は、魔物がなぜ増えるのか、についてなんだけど、これもゴウカの魔力が関係しているんじゃないかとぼくは思っているんだ」
ゼンは、重い空気を断ち切るかのように明るく言った。
「魔物は『核』によって存在しているよね。順番としては、まず『核』が出来て、『核』を覆うように魔物が作られる。今ゴウカにある膨大な量の魔力が長い年月をかけて、『核』に変わっているんじゃないかとぼくは予想しているよ」
ゼンはそう言うと、空中に『核』とそれを覆う黒い塊の絵を描いた。
魔物は魔力から生まれ、魔人は魔力を奪って能力を得る。
「そんなの存在したらだめでしょ」
勝手に口が動いていた。
「ぼくもそう思うよ。努力もせずに、他人から奪って存在しているだなんて怠慢も良いところだよね。ぼくはそういうのが大嫌いなんだ」
ゼンも先程のオルレアと同様、怖い笑顔で言った。
「この50年で『核』が沢山発生し、今がその発生の最盛期だという事ですね」
ルルが言った。
ルルは理解が早く、説明も上手い。
「前に見た時に、6本の奴がいなかった事を考えると、今発生してる『核』から成る魔物は、発生した時にはすでに4本足って事だよな? 魔人化しながら生まれてるのか」
アークが頭を抱えている。
「そういう事ですね。【ゴウカの魔物】は私とアークさんが幼い頃に6本足だったので、ここ10年ほどで急激に進化している可能性が高そうです」
オルレアは、自身とアークを同年代のていで話しているようだ。
それには、ゼンも苦笑いをしながら、
「それで間違いないだろうね。今の魔物は『核』の時点で進化途中なんだ。これは厄介なことになってきたね」
と言いながらも、楽しそうだ。
友達がいないゼンには、これさえ遊びの一環なのだろう。
ゼンの方を見ると、こちらを見てニコニコとしている。心の声が聞こえたのか。
「ゴウカの人々の魔力は、今もまだ多く漂っています。恐らく、ゴウカの砂にも含まれているでしょう。ゴウカにある魔力が尽きるまで、これからも『核』は発生し続けます」
ルルはそう言って優雅にお茶を飲んだ。
オルレアは不安そうな顔で、
「ゴウカの魔力が尽きるまで……。ゴウカの街ひとつ分の魔力となると、気が遠くなる程の間、魔物は増え続けるのですね」
と言って、ケーキを一口食べた。
それを見たアークが、
「あのさ、今言うべきじゃないのはわかってるんだが、俺にはお茶とお菓子出してくれないのか?」
と言って、皆を見た。
そういえば、アークの前にはカップも無ければ、お菓子も置かれていない。
「勇者は来るのが遅かったので、何も用意していません。もし、用意してほしければ、何かを差し出してください」
ルルがアークに向かって手を出した。
「ぼくは、このお菓子を出したからね」
ゼンは、得意げにアークにアピールした。
「俺は……。今出せる物は無いけど、俺の母親が淹れてくれるお茶は本当に美味しいんだ。母親にお願いして今度お茶会でもしよう。今日のところはそれでどうだ?」
アークは不安そうな表情で言った。
「勇者本人は何も出来ませんが、母親に救われましたね。ルルはあの店主が入れるお茶が好きですので、それで手を打ちましょう」
そう言ってルルはアークにお茶を出し、お菓子を置いた。
アークは嬉しそうに笑っている。
本当に小さな子どものようだ。
「あの店主も、ご主人様が訪ねられたら喜ぶでしょう」
ルルが言った。
私も同席させてくれるらしい。
実際、クロエの店で出されたお茶はとても美味しかった。
「じゃあ話を戻すよ。ゴウカの魔物は、魔力を糧にして増えている、そして、『聖女の結界』やゴウカに漂う魔力を取り込み『魔人化』しているという事までわかったね。推測だけどほぼ合っていると思う」
ゼンは、アークをチラッと見ると、アークが頷いたのを見て、続けた。
「そして、魔人の見分け方。これはもう見えなければ意味がないから頭の片隅にでも置いておいてよ。後は、1番大事な魔物と魔人の能力がわからないのが不安要素だね。まず、何もかもを砂にする毒を吐くか、撃つかは出来ると思っておいた方が良いかな」
そう言って私を見た。
「レイルちゃん。わかってはいるだろうけど、この戦いは君がいないと成り立たない。君が倒れたら国が滅ぶんだ。誰よりも自分を優先してほしい」
ゼンはいつもの軽い口調ではなく、真剣な声で言った。
それはわかっている。何度も、私にかかっていると言われていた。
それに、魔物の『核』が見えるのは私だけだ。
でも、自分を優先しろと言われても……。
もし、この中の誰かが倒れそうになっていたら、トドメを刺されそうになっていたら。
私は、自分の体を犠牲にしてでも、止めに入るだろう。
「と言っても難しいよね。ぼくでもその時になったら、どんな選択をするかわからないよ。だから、ここにいる全員が、自分を最優先にしてほしい。そうしないと、レイルちゃんは君達を助けるために動いてしまうよ?」
そう言って、ゼンはニッと笑った。
「レイちゃんを最優先に守りたいですが、足手纏いにはなりたくありません。自分の事は自分で守ります。レイちゃんのパートナーとして、やってみせます」
オルレアが言うと、
「ご主人様のパートナーはルルですよ? 聖女はご主人様の部下です! 勘違いされては困ります! そして、ルルも自分の身は自分で守れますよ! こう見えて、そこそこやれるんです! 戦闘には参加できませんが……」
ルルはオルレアを挑発した後に、しょんぼりとして言った。
「俺は、自分の弱さをわかっているつもりだから、絶対に無理はしないって誓う。レイルが安心して背中を預けれる存在だと証明してみせる」
アークもやる気満々だ。
皆が、私を想ってくれてる事が嬉しい。
皆を傷つけないために、私は私を守らなければならない。
「わかった。ありがとう。危なそうなら引くし、私も無茶な事はしない。でも、魔物と魔人の能力がわからないと、結局は危ない状況になりそうな気がする……」
私は、先程ゼンが言っていた事を考えていた。
それを聞いたルルが、「うーん」と何かを考えているような声を上げた。
「大神官。それなら50年前、実際に【ゴウカの魔物】と派手に戦った人に、この会議に参加してもらいましょう!」
ルルは誰か心当たりがあるようだ。
「ルル様は何を言っているんだい? 【ゴウカの魔物】には魔法攻撃も物理攻撃も効かないんだから、ちゃんと戦えた人なんていないんだよ」
ゼンが困ったような顔で言った。
「ちゃんと戦えていなかったとしても、間近で【ゴウカの魔物】を見た人がいますよ。もう起きてますよね?」
ルルが言うと、ゼンは何故か焦った様子で、
「誰のことだろう」
と、下手くそな知らんぷりを決め込んだ。
その反応を見たルルは、悪い顔になり、
「『緑の精霊王』です」
と言った。




