笑顔の破壊力 lv.52
「『弱い者』といっても、何かわかりませんよね? ルルにもあまりわからないのですが、子供や女性、それに老人などが当てはまるようです」
どうやら、『黒の精霊王』はお人好しだったらしい。
「お2人ともここにいたんですね。おはようございます」
オルレアが、笑顔でこちらへ来た。
「おはようオルレア。今、『黒の精霊王』の話をしてたんだけど、どんな人だったか知ってる?」
私が聞くと、
「『黒の精霊王』……ですか。はい、よく知っていますよ。50年ほど前に、いきなりいなくなってしまいましたよね。当時、私は子供だったのですが、『黒の精霊王』ネロ様には、沢山遊んでいただいた思い出があります」
オルレアはそう言って笑った。
精霊王にも名前があるようだ。
「本当に優しい方でした。私がイチノの大神殿に行くまでの間なので、そんなに長い間関わったわけでは無いのですが、民から愛される素晴らしい精霊王でしたよ」
オルレアは、昔を思い出したのか優しい表情をしている。
精霊王と聞いて、国王のように遠い存在を想像していたが、この世界の精霊王は民と交流を持ち、街に溶け込んでいたようだ。
「『黒の精霊王』が消えた理由がわかれば、なぜゴウカが魔物に支配されたのかわかりそうだけど、ゴウカに張られている結界を見るに、理由を探っている時間はないよね」
私はそう言いながら、解決できそうに無い問題を目の前にしていることが悔しかった。
この国の人達は、『黒の精霊王』が急に消えてしまったことに、気が付いているはずだ。
『黒の精霊王』を慕っていたのはゴウカの人々だ。そのゴウカの住民が全て砂になった今、『黒の精霊王』の事を考える人は少ないのかもしれない。
考えたとしても、例の大規模な精神操作により、すぐに忘れてしまうのだろう。
優しい精霊王は、どこに行ってしまったのだろう。
「ご主人様、朝食にしましょう! あまり悩まないでください! 大丈夫ですよ! 『黒の精霊王』は今もどこかで生きていますから!」
私を元気づけようとしてくれているのか、ルルはまるで確信しているかのように言った。
「そうだね。私も、元気でいると信じてる。ゴウカでの戦いが終わったら、『黒の精霊王』を探したい。探さないといけない気がする」
私は何故か必死に訴えた。
会った事もない精霊王が、自身が消えた事により、ゴウカの人々がいなくなったしまった、と嘆いているのではないかと心配になった。
「自身が象徴となる、ゴウカの住民はいなくなりました。探される事を『黒の精霊王』は望んでいるのでしょうか」
ルルが言うと、
オルレアがニコッと笑って、
「きっと望んでいますよ。ネロ様はゴウカが大好きですから、何があっても受け入れられるはずです」
そう言ってゴウカの方を指さした。
それを聞いてルルも、
「そうですね。では、全てが終わったら探しましょう」
と言って笑った。
私達は朝食を摂り、キュインをして、外に出て、植物達に水をやった。
1日中戦いの事は考えずに過ごしたかったが、違う事を考えようと思うほど、ゴウカが気になった。
ルルとオルレアも、そわそわしているように見える。
「今日はゆっくりしたいって思ってたけど、作戦会議しちゃおうか」
私の気になる事は、戦いの後じゃ無いとわからない。もう、早く終わらせてしまいたい。
2人はこちらを見て嬉しそうに笑った。
私達は家の中に入り、昨日座っていたダイニングの椅子に座った。
そして私は、ゼンにもらったイヤリングをつけた。
私がイヤリングについている石に2度触れると、『ピーピー』という音と共に、ルルとオルレアのイヤリングが光った。
2人もイヤリングを付け、石を触った。
オルレアは何をしても絵になる。
イヤリングをしているオルレアを見て、
「オルレアは似合うね」
と私が言うと、
『ルルは似合わないですか?』
と言いながら、ルルは大袈裟に悲しそうな表情をしている。
「ルルは、見た目が幼いから少し違和感があるけど、似合ってるよ」
と私が答えると、満面の笑みを見せてくれた。
この通信具は、相手の声がクリアに聞こえて、タイムラグも無く、普通に会話しているのと変わらない。
近くで使用しているから、そう感じるだけかもしれないが。
『レイちゃんも、すごく似合っています。レイちゃんとお揃いのアクセサリーだなんて……。嬉しいです』
オルレアは何故か恥ずかしそうに言った。
それを聞いたルルが、
『これは、聖女だけでなく、ルルも勇者も大神官も持っている物ですので、聖女が特別だとでも言いたげな話し方はやめてもらえますか?』
と言って、あっかんべをした。
『でも、お揃いには変わりありません。今はこれだけですけど、この先もっとお揃いの物を増やしていきましょう』
オルレアは私の手を握って言った。
「お互い気に入る物があればね」
と私が言うと、
『はははははっ。いつも楽しそうで何よりだよ。今日は、こんな早くからどうしたんだい? せっかく1日ゆっくり出来る日だったのに、ぼくと話したくなったのかな?』
ゼンの声だ。遠くにいても、その場にいるように聞こえる。これは便利な魔道具だ。
『大神官はまだ寝ているみたいですね。寝言がこんな所まで聞こえていますよ。起きてから出直してください』
ルルが冷たい口調で言った。
『冗談だって! ぼくだってレイルちゃんが、まだぼくをそこまで好いていない事くらいわかっているよ』
とゼンが言うと、
『大神官様。今、まだと言いましたね。恐らくレイちゃんが大神官様を好きになる日は訪れないかと思います。ですが、落ち込まないでください。レイちゃんは心が広いですので、心の片隅に大神官様がいる事は出来ると思いますよ』
恐らくオルレアは、客観的事実をゼンに伝えただけなのだが、それにしても、直球すぎる。
『ははは……。オルレア、君は正直で良いね。ぼくも見習いたいよ。それで、レイルちゃん何かあったのかい?』
ゼンは何を言われてもへこたれない。正直そのメンタルが羨ましい。
「今日はゆっくり頭の中を整理しようと思ったんですけど、『黒の精霊王』の話を聞いて、なんだか早くこの問題を解決したいなと思ってしまって……すみません」
私は、自分が『数日猶予がほしい』と言った手前、少し気まずかった。
数日どころか、翌日の朝には気が変わっている。
『なるほどね。今、この世界でレイルちゃんより優先されるものは無いんだ。君が予定より早く動きたいというのは、ぼくらにとってもありがたいんだよ』
ゼンは優しい声で言った。
私の心中を察してくれたのだろう。
「ありがとうございます。早速、作戦会議を始めても良いですか?」
私が聞くと、
『レイちゃん、アークさんがまだ参加していないようです』
とオルレアが言った。
そういえば、アークの声を聞いていないような。
気がつかなかった。
「そう言われればそうだね。じゃあ、3人でお茶でもして少し待とうか」
私が言ったタイミングで、ルルがお茶の準備を始めた。
さすがルルだ。お茶の時間を誰よりも待ち侘びているだけある。
これにはオルレアも驚いた顔をしている。
『そっちは楽しそうで良いね。ぼくもレイルちゃんの家にお邪魔していいかい?』
ゼンが声を弾ませて言うと、
『来なくて良いですよ。大神官は神殿でお仕事でもしていたら良いのです』
とルルが言い放ち、それを聞いたオルレアが、
『ルルさん。大神官様は寂しいのですよ。お友達もいらっしゃらないようですし、神殿の業務もあまりないでしょうから、こちらに来ていただきましょう』
と言った。
『ぼくは友達がいないんじゃなくて、作らないだけだからね。そこは間違えないでよ』
ゼンが、しなくても良い訂正をすると、パチンと言う音と共に、ゼンがリビングのソファに現れた。
『お待たせ。じゃあお茶にしようか』
とゼンはルルに向かって言った。




