笑顔の破壊力 lv.50
「その木に何かあるんですか?」
私はゼンに聞いた。
ゼンがオルレアを見ると、オルレアは頷いた。
「この木は特別な木で、『緑の精霊王』が宿っているんだ。『緑の精霊王』はニライの象徴だけど、50年前からずっと眠ったままなんだよ」
『緑の精霊王』は、オルレアの父親だ。
オルレアは、自分の父親がここに眠っていると知っていたのか。
私が何を考えているのかを察したのか、オルレアは焦った様子で、
「父がここに眠っているから、レイちゃんといるわけじゃありませんからね! 私はレイちゃんが好きで一緒にいるんです。ここに来ても、父には会えないですし……」
と言って先程と同じく、悲しそうに笑った。
「ご主人様。お話なら中でしませんか?」
ルルは、左右から食べられたリンゴのようになった、丘の上を指さした。
確かに、山盛りの土の中でするような話でもないか。
「そうだね。じゃあ家で話そう」
私は、そう言って丘をのぼった。
下りるときは、まさか左右にどでかい穴が空いているなどと思わず、違和感なく下りてきたが、意識すると、所々視界に入る。
家が心配だが、今更どうする事もできない。
丘に、大きな穴を2つも空けてしまった事を、植物達に謝ってから家に入った。
予想はしていたが、ゼンとアークは異世界から来た家に興味津々だ。
家の中の作りや、置いてある物、家具家電ほぼ全てがこの世界と違うのだから当たり前ではある。
「【ゴウカの魔物】の討伐が終わったらまた招待するんで、今はとりあえず座りましょう」
私は皆をリビングに呼び、各々座りたい所に座ってもらった。
私とルルとオルレアは、いつものダイニングテーブルを囲む椅子に座った。
ゼンはリビングのソファに座り、アークはなぜか、リビングの床に敷いてある、カーペットの上に正座をした。
「アークどうしたの? こっちまだ席空いてるよ。ゼン様の隣も空いてるから好きな所に座ってよ」
と私が言うと、
ルルがすぐさま反応した。
「ご主人様。勇者は見下ろされるのに喜びを感じるタイプみたいですよ」
「そんなわけ無いだろ。なんか緊張してるんだよ!」
すかさず、アークが反論する。
アークは何に緊張しているのだろう。
コホンッとゼンがわざとらしく咳をして、
「じゃあさっきの話の続きをしようか」
と言った。
「50年前に『緑の精霊王』は眠りについた。レイルちゃんも察しただろうけど、【ゴウカの魔物】が現れた頃だよ。『緑の精霊王』は人間と恋に落ち、子をもうけ、人間と共に生きた珍しい精霊だったんだ」
ゼンは、オルレアの様子を窺うようにゆっくりと話した。
オルレアは、ただ、静かに話を聞いていた。
「オルレアの母、ローズは、ゴウカの出身で、『あの日』もゴウカにいた。いきなり現れた【ゴウカの魔物】の毒により、ローズは砂になったんだ」
なぜ、こんなにゼンが2人のことを知っているのだろう。
「愛する人を失った『緑の精霊王』は怒り狂い、【ゴウカの魔物】に挑んだんだけど、『緑の精霊王』が使うのは魔法だ。【ゴウカの魔物】には効かなくて、何も出来ないと悟った『緑の精霊王』は、自身の力の殆どを神に捧げ、あの木の中で眠り続けている。と伝えられているよ」
ゼンが話し終えた。
精霊王の力を持ってしても、【ゴウカの魔物】には敵わないのか。
「自身の力の殆どを神に捧げ……ですか。そうまでして守りたかったのは、他でもない、『聖女オルレア』あなたですね」
ルルがオルレアに言うと、アークが、
「何で『緑の精霊王』がオルレアを守るんだよ。そういえば、さっき外でオルレアが、ここに『父』が眠っているって言ってたよな。まさか……」
と言って大袈裟に驚き、立ち上がった。
「いや、でも、精霊王の子どもなんて事……」
この中で、精霊王とオルレアの関係を知らないのはアークだけだ。
「アークさん。私は人間と『緑の精霊王』との間に生まれました。この事実を知っているのは国王陛下含め、ごく一部の人達だけですので、内密にお願いします」
オルレアが言うと、
アークは一瞬固まった後、「わかった」とだけ言ってその場に座った。
「あの木は『緑の精霊王』が宿っているって言っていたけど、元の世界にもあの木と全く同じものがあったのはどういう事? てっきり木も、元の世界から一緒にこっちの世界に来たと思ってた」
私は、この世界に初めて来た日の事を思い出していた。
日々を、大きな木と共に過ごしているのを見ていた神様が、一緒に連れてきてくれたのだと思い込んでいた。
まさか、同じ木が違う世界に2本同時に存在していたなんて、思いもしなかった。
「これはルルがお答えしなければなりませんね。元の世界の木も、この世界の木も同じものです。そもそも、ご主人様がこちらの世界に来る事になった原因は『緑の精霊王の願い』なのです」
とルルは言うと、チラッとオルレアを見た。
オルレアは、ハッとした表情を浮かべた後に俯いた。
「『緑の精霊王の願い』を聞き届けた神が、同じ魂を持った木を、ご主人様の元いた世界に送りました。『緑の精霊王』は、そこで『英雄』の誕生を待ちました」
ルルは、こちらを見て嬉しそうな顔をしている。
「ご主人様のお家の近くにその木があった事は、ただの偶然です。そしてご主人様が、毎日木と心を通わされていた事も偶然で、それがあった事により、『緑の精霊王』は消滅せずに存在している、と言っても良いでしょう」
ルルは何故か得意気な表情だ。
「何でそんな事が、『緑の精霊王』の存在に関係してくるの?」
私が聞くと、
「それはご主人様に『神力』があるからです。あの世界には魔力というものが無く、『緑の精霊王』は自身の残り僅かな魔力を少しずつ消耗しながら存在している状態でした。『神力』を持つご主人様が頻繁に訪れる事で、魔力を少しずつ回復する事が出来たのです」
ルルの話を聞いて、私がどれほど大きな事に関わっていたのかを知った。
「魔力が尽きるか、『英雄』が見つかるかの2択を『緑の精霊王』は勝ち取ったのです」
なんだか、本の中の話みたいだ。
なぜ、魔力が存在しない世界で『英雄』を探したのだろう。それも神が決めた事なのかもしれない。
「奇跡が重なって今があるのか」
アークが呟いた。
まさか、ここで私がこの世界に来た訳を聞けるとは思わなかった。
『緑の精霊王の願い』とは、娘が生きるこの国を救う事なのだろう。
自身の力の殆どを失ってでも、自身が消えてしまったとしても、この国を守ろうとしている。
先程からオルレアは元気が無く、俯いている。
そんなオルレアに、
「聖女が言いたい事はわかります。自分の父親のせいでご主人様をこの世界に連れてきてしまった。そのせいでご主人様を戦わせることになってしまった。という所でしょうか」
ルルは冷たく言った。
それにオルレアは、俯きながら小さく頷いた。
「ご主人様が聖女を責めていますか? 『緑の精霊王』を責めていますか? その表情や態度は、すでに起こっている事象の中心におられるご主人様に対して失礼です」
ルルは私の事を第一に考えてくれる。その気持ちはものすごく嬉しい。
他の人の気持ちを考えてくれるようになったらもっと嬉しい。
「ルルそこまでにしよう。オルレアもそんな事考えなくても良いんだよ。オルレアは何も悪くないし、オルレアのお父さんも子どもを守りたかっただけだよ」
私は、目の前に座っている、俯いたオルレアの顔を両手で包み、上を向かせ、目を合わせた。
「前にも言ったけど、私は自分で選択してここに来たの。誰かに責任を押し付けるつもりもないし、後悔もしてない。私の事で勝手に悩んだら怒るよ」
初めは目を泳がせていたオルレアも、私と目を合わせ、
「はい、ありがとうございます。レイちゃん」
と言って優しい笑顔を見せた。
「50年も前の願いが、ようやく叶いそうになってるんだな」
アークが何やら浸っている。
「叶いそう……か。ぼくたちで叶えるんだよ。『緑の精霊王の願い』が叶うのか叶わないのかはここにいる全員にかかっている。何だか燃えるね」
ゼンがニヤッと笑って言った。
もうこの国には、私にとって大切な人達がいる。『緑の精霊王の願い』は私自身の願いになっている。
「私がこの世界に来たきっかけは、『緑の精霊王』だったかもしれないけど、もう私にとっても他人事じゃなくなったんだよね」
私が言うと、ルルが目をキラキラさせてこちらを見て、
「ご主人様、カッコいいです! ルルは一生ご主人様についていきます!」
と言って胸の前で拳を握った。
「ぼくも大神官としても、一個人としても、レイルちゃんとずっと関わっていきたいな」
ゼンが言った。
「わ、私だって! レイちゃんと一生一緒にいます」
オルレアが前のめりに言った。
「俺も……。同じだ……」
アークは何が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。
「勇者は別に入ってこなくて良いですけど」
ルルがニヤついて言うと、オルレアが、
「アークさんには、自警団がありますよね? この戦いが終わったら、勇者から自警団団長に戻って活動する事になりますよね? そうなると、ずっと一緒にいるのは難しいですよ」
と言った。
アークは捨てられた子犬のような目をしてこちらを見ている。
本当に面白い人達だ。




