笑顔の破壊力 lv.5
「うう……」
私は眩しさで目を覚ました。
どうやら眠っていたようだ。
異世界に来たかと思っていたが、普通に自宅の私のベッドにいる。
今は何時だろうと思い、時計を見てみるが、針は止まっている。
リビングへ行き、
「お母さん、お父さん」
と目を擦りながら両親を呼ぶが、返事はない。
よく見ると、物が殆ど無くなっている。
母が毎日使っていたエプロンも、父の愛用の座椅子や帽子等、両親に関わる物が一切見当たらない。
調理器具は用意してある、と書いていたのを思い出し、キッチンを見ると、母が使っていた、年季の入った調理器具も無くなり、見たことのない新しい物が置かれていた。
家の壁や床などにあった傷や汚れもない。まるで知らない人の家だ……。
特典は『住み慣れた家』だったのに、どういうことなのだろう。これは、ただ同じ造りなだけの別の家だ。私は悲しみより怒りが湧き上がった。
すると、
「ご主人様、おはようございます」
と背後から声が聞こえた。慌てて振り向くと、メイド服を着た可愛らしい女の子がこちらに笑顔を向けている。
さっきまで誰もいなかったのに。この子はどこから来たのだろう。
気配もなく背後を取られ、びっくりしすぎて声が出なかった。
だが、ここは異世界なんだ。
父も母もいない。冷静になれ。私は自分に言い聞かせる。
「あなたは誰? どうしてここに居るの?」
平静を装い聞くと、
女の子は頭を下げながら、
「私は、ご主人様の身の回りのお世話をさせていただきます。メイドの『ルル』と申します」
と言い、顔を上げた。
『ルル』と名乗るこの子は、年齢は中学生くらいだろうか。茶色の髪を2つに分けた三つ編みがよく似合う。笑顔が人懐っこい女の子だった。
「お世話係がいるなんて聞いてない。ルルさんは私より若く見えるけど、お世話係なんて、ご家族には何て言ってるの?」
中学生を働かせるなんて、元の世界の法律なら大問題だ。
とりあえず、帰ってもらう方向に話を進めよう。
あっ、とルルは思い出したような声を上げ、
「ルルは人間ではないので、お気になさらず。そして、ルルに敬称は不要です!」
とニコニコしながら言った。
どこからどう見ても人間。
元の世界なら、少しおかしい子に出会ってしまったと思うのだろうけれど、今私がいるのは異世界。
ルルが言う事を、すっと受け入れる事はできなくても、理解はできる。
「人間じゃないって事は、ロボット? 妖精? どう解釈したら良いの?」
実際、人ではないけれど、人型の存在の例は、色んな本で確認している。
ルルはきょとんとして、
「ルルはルルなので、ロボットでも妖精でもありません」と何やら難しい事を言っている。
色々聞きたい事はあるけれど、今はルルより先に確認することがいくつもある。
「へえ……そうなんだ。」
ルルの話を聞き流して私は、
「さっき目が覚めたばかりで、何もわからない状態だから、まず、家の中を1つ1つ確認させてもらって良い?」
と言い、ルルの横を通り過ぎて、家の中に両親の痕跡が少しでも残っていないか、祈りながら見渡した。
結局どこを探しても、私に関する物以外、見つからなかった。
何気なく、ポケットに手をやると、ポケットが無い。
見てみると、ポケットが糸で縫い付けられていた。
そうだ……。
ポケットには両親との写真と、母からもらった大事なネックレスが入ってるんだ……。
糸を切りたくても、ハサミがどこにも無い。
そういえば、私が持っていた鞄はどこにあるんだろう。
家の中をうろうろしていると、
「何かお探しですか? 」
とルルが聞いてきた。
「元の世界からこっちに来る時に、持ってこれるかと思って、大きな鞄を2つ持ってきたはずなんだけど、失敗したみたい」
そう言いながら、私は辛くて歯を食いしばった。
それならありますよ。と言いながらルルは、私の部屋へ行き、クローゼットを開けた。
「これの事ですよね?ご主人様が目を覚ました時に、ベッドのそばにお荷物が置いてあったら、ご主人様が踏んでしまったり、躓いてコケたら大変だと思い、ルルがお荷物をクローゼットに入れ、盗まれないようルルもクローゼットに入り、監視しておりました」
ルルはかなり重いはずの鞄を2つとも軽々と持ち上げ、私に差し出した。
今なんて言った?クローゼットに鞄をしまうまでは理解できたけれど、鞄を監視していた?ってことはルルは、ずっとクローゼットの中にいたのか。怖っ!
とりあえず、元の世界から持ってこられたことに安堵した。
ルルが渡してくれた鞄を床に置き、お父さんが用意してくれた方の鞄を開く。
「やっぱりあった。さすがお父さんだ」
父は工具等の比較的実用性の高い物を沢山入れてくれていた。その中にはハサミも入っていた。刃の部分にはしっかりカバーが付いている。物のチョイスも父らしくて笑みが溢れた。
その瞬間、ドーンっ!という音と共に床が光った。
そうだ、私眼鏡をかけていないんだった。
今の威力……。
元の世界とは比べ物にならないくらい強くなっている……。
それにも関わらず、被害が何もないとはどういう事なのだろう。
一瞬で考える事が多すぎて、私は混乱した。
「わあ! 今のがご主人様の『神力』なんですね!こんなに間近で見られて感激です! 」
ルルは両手を顔の前で合わせ、目を輝かせている。
しんりょく……って私の力の事を言っているのか。
「ねえ、ルルは私の力の事を知っているの? しんりょくって何? 威力が強くなっているのに、床が無事なのはどういう事?」
私は立て続けにルルに質問した。
「知ってるも何も、ご主人様のお力はルル達の間ではすごーーーっく有名なんですよ! 『神力』というのは、文字の通り、神の力です! ご主人様のお力は、こちらの世界では神のみが扱えると言われているんですよ! こちらの世界とご主人様のお力の相性が非常に良く、ものすごい威力になっているようですね! 最後のご質問、なぜ床が無事なのかですが、このお家は、ご主人様のお力の影響を受けないよう作られているからです! 」
ルル達……か。今はつっこまないでおこう。
テンション高いな。話しているだけで語尾にびっくりマークが付いているのがわかる……。
「神の力って、大袈裟すぎない? 元の世界で本を読んだ時から思っていたけれど、この世界は私にとって得しかないよね。私は何か役割があってこの世界に来たの?」とルルに問いかける。
すると、ルルは目を逸らし、
「ご主人様のような強力な神力を持っている人間は居ないんですよ! 誰でもご主人様を必要とするはずです。役割がどうというのは、ルルにはわからないです!」
両手の拳を顔の前に出し、顎を置き、上目遣いで言った。
誤魔化したな。
まあその辺はおいおい吐かせるとして、今はポケットの中を確認しよう。
父が用意してくれていたハサミを使い、私は服のポケットを縫ってある糸を切る。この糸でさえ、母が縫ってくれたんだと思うと、切るのが辛くなる。
服についていた糸は、全て取った。
ポケットには、こちらの世界に来る前に、両親と撮った写真が入っている。もう1つのポケットには、母からもらったネックレス。
私は、心底安心した。
母が、鞄の中に入れてくれていた写真立てに写真を入れ、自分の部屋のテーブルに置く。
これで、何年経っても両親の顔を忘れないで済む。
家の中が私の力の影響を受けないにしても、ずっと裸眼でいるのは不安だ。
「こっちに来る時に貰える、『特別な眼鏡』がどこにあるかって誰かから聞いてる?」
ルルに問いかける。
「もちろんです! こちらになります」
ルルはどこから出したのか、赤いハンカチの上に乗った眼鏡を私に差し出した。
デザインは、以前の物とは全然違うものになっている。
ゴーグル型でもなく、本当にただの眼鏡だ。特別感もなく、ごく平凡な眼鏡。
こんな物であれが防げるのだろうか……。
「これが、『特別な眼鏡』? こんなので大丈夫なの? 横が覆われてないから不安なんだけど……」
私が言うと、ルルは
「とにかくかけてみてください! 」
と笑顔で答える。
大人しく眼鏡をかけると、ものすごく視界がクリアになった。着け心地も素晴らしい。
そして、何かに覆われているような感覚があった。
「それは、神力に対応した眼鏡です。世界で1つしかないご主人様だけのアイテムですよ!『特別な眼鏡』と言うだけあって、その眼鏡は神力が無効化されるだけでなく、遠くまで見通せて、ご主人様が今まで読んだことのある本を何度でも読み返すことが出来ます! そして、なんといってもすごいのが翻訳機能! この世界の文字の読み書きが、勉強をせずとも、自動的にできるようになっています! あとは、生物が纏っている『色』を見る事ができますが、この力は他言無用です! いわゆるチート能力というやつでして……端的に言うと、生物の奥底が見えてしまうんですよね。でも、ルルは生物ではないので見てもらっても問題ないですよ!」
ルルが何者なのかすごく気になる。
眼鏡の能力は本に書いてあった通りだ。
『生物の奥底』か。なんだか言い方が不穏すぎるな。
眼鏡の能力は使いこなせるように訓練しよう。
「とりあえず、今は私の力が何にも影響しなければ良いかな」
私は立ち上がり、
「ちょっと外がどうなっているのか見てくる」
と言い、玄関の外に出た。
外に出てみると、家の外にも見慣れた景色が広がっていた。
元の世界では、私が嫌な思いをしないように、両親が人がいない場所を探して、わざわざ引っ越してくれていた。
私が人と関わると怪我をさせてしまう可能性もある事を考えると、両親の判断は正しかった。
今いる場所も元の世界と『ほぼ』同じ。でも1つ違うのは、丘の上に家が建っている、というところだった。
丘の上意外は知っている場所だった。
いつも通っていた森も丘の下にあった。植物も転移させたのか、と思ったが、家が別物だったことを考えると、森も似ているけれど、全て違う植物なのかもしれない。
丘を降りてみる。元の世界の家は、平地に建っていたから、毎日のように通っていた森にも行きやすかったけれど、ここでは、こうして丘を降りて森に行くことになる。
帰りに登るのは骨が折れそうだ。
いつも私が寄りかかっていた木は……あった!
間違いない。毎日通っていたからわかる。これはあの木だ。
だけど、植物にも命はあるはず。同じ命が同じ時間に2つ存在することはないだろう。
どうなっているのか。
元の世界の森が無くなってこっちに移動したのなら、家もそうなるはず。
思話が使えるようになったら、両親に聞いてみよう。
木の下にすわり、寄りかかる。風が気持ち良い。空気も綺麗だ。ここに来ると本が読みたくなる。眼鏡の能力で何か読もうか。いや、異世界初日でする事ではない。
この森がどこまで続いているのか、調べてみよう。
やっと異世界に行けましたー!これから異世界での生活がはじまります!面白いと思ったら、評価・ブックマークお願いします!




