笑顔の破壊力 lv.49
『認識阻害』は、初めてゼンに会った日に、ゼンのいる部屋にかけられていたものだ。
部屋にいるのに、何が置いてあるのか、部屋の広さはどのくらいなのか等がわからなくなっていた。
ゼンが存在しているのか、していないのかも曖昧で妙な気分になったものだ。
私は、ゼンの耳を凝視しながら、
「『認識阻害』を耳にだけかけているんですね。そう言われると、どんな耳なのかわからないです。こんなに意識してるのにわからないなんてすごい魔法ですよね」
と言ってゼンの目を見た。
「そうだよね。ぼくもこの魔法は気に入っているんだ。でも、使いすぎて、ぼくの周りで驚く人はいなくなったよ」
そう言うとゼンは、遠い目をした。
さすがゼンだ。
飽きられるまで、人に同じ事をする勇気は私には無い。
「では、話はこの辺で。じゃあ土を掘って移動させたいから、手伝って」
私は皆に言った。
ゼンは『認識阻害』をといて、本当の耳を見せたかったようだが、そんな事に時間を使っていられない。
ルルがキョロキョロと辺りを見回し、
「土を掘るのは何とかなりますが、運ぶにしても土を沢山入れられる箱がほしいですね!」
と言うと、ゼンが指をパチンと鳴らし、両手で持てる位のサイズの箱を出した。
この大きさじゃ、あまり量は入らなそうだ。
「おっ! こんなに小さいのにいくらでも入ると有名な『マジックボックス』じゃないですか! 初めて見ました」
箱を見てアークが言った。
細かく説明するとは、アークには『マジックボックス』のスポンサーでもついているのだろうか。
それを聞いたオルレアが、
「でも、『マジックボックス』があまり流通していないのは、結局、『マジックバッグ』の方が使い勝手が良いからですよね? 私も『マジックボックス』を持っている人を初めて見ました」
そう言って、ゼンを見た。
もちろんオルレアに悪意はない。
ゼンは平静を装っているように見えるが、多少のダメージがあるようだ。
私からすると、ゼンが『マジックボックス』を持っていてくれて良かった。
これで沢山土が運べそうだ。
「ご主人様のお役に立てて、国民には人気のない『マジックボックス』も本望でしょう」
ルルはゼンを見て言った。
「私はありがたいですよ」
一応フォローを入れる。
そして、私は家の裏へまわり、
「ここの土を入れれるだけ『マジックボックス』に入れていこう。家が崩れる程掘らないでね」
と言った。
家が崩れる程掘らないでね。は、普通は言わなくても誰でもわかる事だろう。
だが、このメンバーはわからない。何をしでかすかわからない天然揃いだ。
「レイちゃんが話していた時、植物達が『次の日には、良い土が穴を埋める』と言っていましたよね。移動させた土は残り、空いた穴は埋められるだなんて、ここは本当にすごい場所です」
オルレアが手で土を掘りながら言った。
ここの土は想像の何倍も柔らかく、素手でも掘りやすい。
この世界に来て、初めて畑を作った時にも、あまり時間がかからなかったが、オルレアが簡単そうに手で土を掘れているところを見ると、あれは身体強化のおかげ、というよりは、この土の性質のおかげだったのかもしれない。
ルルとアークが、ぎゃーぎゃーと騒ぐ声を聞きながら、相当な量の土を『マジックボックス』に詰める事ができた。
この土をどこに置こうか……。
元の世界と同じ、大きな木の周りは、木を中心に、直径にして10ミール程の広さの草原が広がっている。
そこになら、土を置けるのではないか。
私はその事をオルレアに相談した。
「では、そこの植物達に聞いてみますね。少し待っていて下さい」
と言い、オルレアは丘をおりた。
しばらくすると、オルレアが丘をのぼり、こちらへ来た。
「この土地にある土であれば、いくら置いてくれてもかまわないと、植物達が言っていましたので、あそこに置かせてもらいましょう」
オルレアは、『マジックボックス』を持っているゼンに向かって言った。
そして、全員で丘をおり、大きな木から少し離れたところで、ゼンが『マジックボックス』の中を解放し、土を出した。
ザアアアアアアアアアアアッ。
ザアアアアアアアアアアアアッ。
ザアアアアアアアアアアアアアッ。
終わらない。なんという量だ。
丘の方を見てみると、家の裏側の土を入れていたはずが、左右がごそっと削れて大きな穴が空いている。
まるで、左右から食べられたリンゴのようだ。
これは地盤が危ないかもしれない。
ザアアアアアアアアアアアアッ。
という音を聞きながら、私はルルとアークに話しかけた。
「ねえ、2人はどこの土を『マジックボックス』に入れたの?」
私が聞くと、
ルルが胸を張り、自慢気に、
「あちらをご覧ください。左側に大きな穴が空いているのがわかりますか? あの穴の分の土を全てルルが1人で入れたのです! 我ながら良い仕事をしたと思います!」
と言ってこちらをチラチラと見ている。
褒めてほしいようだが、褒めるわけがない。
次にアークが、ルル同様自慢気に、
「俺は、その反対側の大きな穴の土を全部入れたんだ。ルルより量は多いと思うぞ」
そう言って、チラチラこちらを見た。
まさかこんなに常識がないとは……。
家が崩れる程掘らないで、のギリギリを攻めてくるとは思いもしなかった。
作業中、確かに私はオルレアが土を掘っているところしか見ていない。
ゼンは、『マジックボックス』を持って土を集めていたから、ゼンはあの2人の『常軌を逸した行動』に関わってはいないだろう。
いや、土を集めていたのだから、異常な行動には気付いていたはずだ。
異常だと思わなかったのか……。
頭が痛い。
ザアアアアアアアアアアアッ。
物凄い量の土が積み上がり、山のようになっている。
このままでは、大きな木まで埋まってしまう。
ザアアアアアアアアアアアッ。
土が流れる音がうるさい。まだまだ出てくる。
ザアアアアアアアアアアアッ。
「ストップストップ! ゼン様止めて下さい!」
私は叫んだ。
人生で1番大きな声を出したかもしれない。
私の声に気付いたゼンが、『マジックボックス』の解放を止めた。
「土の量が多すぎて、このままでは木まで埋まってしまいます」
私が言うと、
ゼンは指をパチンと鳴らし、木を丸く囲むように結界を張った。
「これは『物理結界』だよ。物の侵入を許さない。これで、土が木にかぶさることはないでしょ? この木なら大丈夫だろうけど、一応空気は通すから安心してよ」
そう言ってニコッと笑った。
こういう所はちゃんとしているのに、なぜ、所々抜け落ちているのか。
「ありがとうございます。では、残りもお願いします」
私が言うと、ゼンは再び『マジックボックス』を解放した。
しばらくすると、
「もう出てこないようだ」
ゼンは、『マジックボックス』を逆さにして振りながら言った。
物凄い量の土を移せたけれど、植物達が言っていた、『たくさんたくさんになるように』がどれ程の量なのかがわからない。
「なあ、これって『マジックボックス』に入れたまま置いておくほうが場所とらないんじゃないか?」
アークが言った。
確かに。それならこんなにハラハラする必要も無かったのではないか。
それにはゼンが、
「それは出来ないよ。この場所は特別だから、ここに置くことに意味があるんだと思う。ぼくにも詳しくはわからないけどね」
と言って、結界に囲まれた大きな木を見た。
この木に何かあるのか。オルレアが悲しそうに笑っているのが気になった。




