笑顔の破壊力 lv.47
「ルルさん、お気をたしかに。今、治癒魔法をかけますね」
と言って、オルレアが壊れたルルに治癒魔法をかけた。
だが、オルレアの魔力は手から離れず、どこにも流れない。
「ルルさんを治療できません」
オルレアは困った顔で言った。
ルルは生物ではないのだから、治療など出来ないのだろう。
おそらく、今起きている事も、興奮が最高潮に達した事による、ちょっとしたエラーだ。
ルルの様子がおかしいのはいつもの事なのに、オルレアは心配しすぎて、オルレアの方が心配になる。
しばらくすると、
「すっきりしました! この興奮が抑えきれず、感動の世界に浸ってしまいました」
ルルは正気に戻ったかと思うと、変な世界に行っていたことを告白した。
「ルル様は、中々個性的な方法で自分を落ち着けるんだね。ぼくには絶対に真似できないよ」
とゼンが言うと、
「今ルルをバカにしましたか? どういう気持ちで言ったのか説明してもらっても良いですか?」
とルルがゼンに噛み付いた。
ルルの地雷を踏むのが上手な人達だ……。
定期的にこんな状況になるのも、もう慣れてしまった。
「大神官様、ルルを怒らせると厄介なので、あまり刺激しないでくださいよ」
アークが言うと、
「いやールル様ごめんね。ぼくは友達がいない期間が人よりすこーし長いからさ、たまに失言が出たりするんだよ。その度に指摘してくれたら直すから言ってよ」
ゼンが申し訳なさそうに言った。
「本当に気を付けてくださいよ。次は高級なお茶とお菓子をいただくことになりますから」
ルルは、よだれを垂らしながら言った。
その条件なら、失言を受けた方が、ルルにとって良いのではないか。
「あれだけ、アークさんとレイちゃんが魔物を倒したのに、数が減った気がしませんね」
オルレアが緊張した様子で言った。
確かに、私とアークのを合わせると、少なくとも50体は倒したはずだ。
なのに、結界の中には見えているだけでも100体以上はいる。
異常なスピードで増えているのか、こちらが把握出来ていないだけか、見極めなければならない。
「その話はとりあえず後にしようか。まだ結界の周辺に魔物は沢山いるからね。気を抜かないでどんどん倒していこう」
ゼンが私とアークに言った。
ワープで左側の魔物の前に行き、私が『核』の位置を見て、精神操作でアークが記憶し、倒す。
それを何度か繰り返して、左側の結界付近にいた魔物はいなくなった。
次に、ワープで右側の魔物の前に行き、『核』の位置を確認してから、威力がおかしくなった神力を撃ち倒す。
何度撃っても楽しくて仕方がない。
これは、最初の1回を含め、3回で右側の結界付近にいた魔物もいなくなった。
倒した数は、軽く200体を超えている。
数が多くて、魔力石の回収も追いつかない。
「これは、一度引いた方が良いかもしれないね。今日は全滅させるまで戦うつもりは無かったし、魔力石も大量に手に入って収穫は十分だよ」
ゼンが言った。
「でも、結界が薄くなっている状態で放置して大丈夫ですか? もう一度張り直すか、魔物をもっと減らしておくかした方が良いのではないでしょうか」
オルレアが、結界内をうろつく魔物を見て言った。
それを聞いたルルが、
「魔物共に更に餌を与える気ですか? さすが『聖女様』はお優しいですね。ですが、リスクが高すぎます! もっと数を減らしておくのはありかもしれませんが、ご主人様が良ければの話です!」
オルレアへの嫌味を盛大に言った後に、私を見た。
オルレアはショボくれている。
私は、逆にやって良いの?と聞きたいのを我慢して、
「別に、私は大丈夫だよ。見えてる範囲の魔物くらいならすぐにやれると思う」
と出来るだけ平静を装って言った。
「俺じゃ近くまで行かないと倒せないからな。安全にという意味では、レイルが適任だ」
アークが悔しそうに言った。
「ぱっと見ただけでも50体くらいはいそうだね。出来るだけ個体数の多い場所を狙い撃ってよ」
と、ゼンは言うと、指をパチンと鳴らして、魔物の群れを狙いやすい位置に私を送ってくれた。
中心にやや近い場所にうじゃうじゃと魔物が集まっている。
中心に何かあるのだろうか。
さっき、ズームで見た感じだと何も見つけられなかったが、慎重に見回したら何かわかったのかもしれない。
とりあえず、今見えている魔物を倒そう。
私は先程と同様、物凄い威力の神力を魔物の群れに撃ち込んだ。
1発で50体は平気で吹き飛び、消える。
魔力石が回収できないのが悔やまれる。
価値がどうというよりも、魔力石には魔物の一生分の魔力が溜められており、それを魔道具の動力源にする事を知り、私は魔力石に興味を持っていた。
本格的な戦闘が始まったら、全ての魔力石を回収出来るように話し合わないと。
今日の魔力石は、落ちた場所に置いておくしか無い。次回来た時にどうにか回収しなければ。
そんな事を考えていると、
「レイちゃん! お疲れ様でした。素晴らしい戦いでした。レイちゃんなら、お怪我はないとは思いますが、なにか身体に不調があれば教えてくださいね」
オルレアが笑顔で言った。
オルレアは、私が戦うたびに、過保護に同じ事を言いにくる。
私は眼鏡をかけ、オルレアに笑顔を返し、頷いた。
「アークさんはお怪我など無さそうですね」
オルレアが言った。
アークは、苦笑いを浮かべながら、
「確かに怪我はしてないけど、レイルとの扱いの差は何だ?」
とオルレアに抗議した。
「扱いの差ですか? 何の事でしょう? 私はお2人共、体調を伺いましたよ?」
オルレアは本気だ。
自分が差別をしている事など、気付いてもいないのだろう。
「はははっ。アーク諦めなよ。この子達はレイルちゃんにしか興味がないんだから」
とゼンは楽しそうに言った。
「まあ確かに、好きな人と態度が違うのは当たり前ですよね。そう思うと、オルレアが俺とレイルに言った言葉の意味は同じだった気もします」
アークはそう言うと、何故か私を見た。
明らかにオルレアが私達に言った意味は違っていた。
勇者が、そんなに単純で良いのだろうか。
「そろそろ、戻ろうか。『聖女の結界』がだいぶ薄くなっているからといって、すぐに破られる事はないよ。それに、ゴウカに隣接している、イチノ、ニライ、サンチにもそれぞれ同じ結界が張ってあるからね」
ゼンが、ニライ側の結界を指さして言った。
そういえば、この国の5つの街全てに『聖女の結界』が張られていると聞いた。
動いていたのはゴウカ側の結界だけのようだ。
聖女である、オルレアは本当に凄い。
「すぐに何かあるわけじゃないから、何もしなくて良い、という訳では無いけどね。この調子だと、イチノやニライ、サンチに魔物が侵攻してくるのも、そうかからないよ。まずは、体制を整えるんだ」
そう言うと、ゼンが続けて、
「じゃあ、レイルちゃんの家で今日の事をふまえて、『作戦会議』をしよう」
と言った。
なぜ私の家なのか……。
「別に良いですけど」
と私はわざと少し嫌そうに言った。
「じゃあ、『あれ』を出してよ」
と言って、ゼンは私に手を差し出した。
ゼンはルル同様、駆け引きの通じない相手だ。当たり前のように流された。
それにしても、『あれ』とは何だろう。
「あれって何ですか? 何かありましたっけ?」
私は、何か忘れているのかと少し焦りながら聞いた。
ゼンは、自身の腕を指さすと、
「あいつに貰ったでしょ? 『黒の輪』」
と言った。




