笑顔の破壊力 lv.44
何だろうと、皆に否定されるよりは、肯定される方が良い。
「そう言ってもらえるとありがたいよ。少し不安だったから。じゃあ、作戦の始まりは、私が目に見える範囲の魔物を倒すという事でいいよね」
私が聞くと、4人は頷いた。
話を進めようとした所でゼンが、
「そろそろお茶でもしない?」
と言い、指をパチンと鳴らすと、ティーセットとお菓子がテーブルに現れた。
そろそろ皆疲れが出てくる頃だ。ゼンは意外と気がきく。
私は身体強化で疲れ知らずだが……。
お茶という言葉にルルがいち早く反応し、
「さすが大神官。皆さんお疲れでしょうし、少し休憩しましょう」
と言い、優雅にお茶を始めた。
それを見てアークが、
「前から思ってたけど、ルルって性格の割に、お茶する時はすごく上品だよな。なんか怖いぞ」
と言うと、ルルはティーカップを置き、
「それをルルに言う必要がありますか? 何が怖いのでしょう? お行儀良く食事する事が怖いのですか? ルルの性格がなんと言いました?」
と血走った目でアークに言った。
ティータイムを邪魔された事が、相当嫌だったらしい。
確かにアークは少し失言が多い。
そんなアークは、ルルの目の血走りに怯えた様子で、
「ごめん! ずっと気になってた事だからどうしても言いたかったんだよ。怖くない! 全然怖くない!」
と必死にルルに謝った。
少しすると、ルルも落ち着き、優雅なティータイムに戻った。
「そうだ。お茶を飲みながらでいいから聞いてよ。50年前を最後に、ぼくは【ゴウカの魔物】を見ていないんだけど、今の魔物の情報を一旦整理したいんだ」
ゼンが皆に呼びかけた。
確かに、最新の情報は細かく伝えた方が良いだろう。
「それなら、直接見に行った方が早いんじゃないですか? 聞くのと見るのじゃ全然ちがいますよ」
アークが言った。
それを聞いたゼンはフッと笑い、
「それはわかっているよ。今日この後にでも皆でゴウカに偵察に行こうと思っていた所だ」
と答えた。
どうやら、まず、事前情報を集めてから、現地に行くつもりだったらしい。
「ははは……そうなんですね」
と、アークは落ち込んだ様子で言った。
オルレアは、前に自身が書いた【ゴウカの魔物】の絵を取り出した。
「今わかっているのは、外見が黒く、このように縦に長くて、口の中が真っ赤で、4本足という事です。口の中は見えていましたが、何故か歯はわかりませんでした。結界は特殊な何かを口から出し、削っているのかもしれません」
そう言って、絵の口の部分を指さした。
そう言われれば、あのガリッガリッという、頭に残る嫌な音をたてながら結界を削っている割に、歯が見えた事はなかった。
もっと言うと、口以外が無い。これから目や鼻や耳が生えてくるのだろうが。
想像するだけで鳥肌が立つ。
歯がないのに、結界を口で削っている、というのはどういう事なのか。
それももう一度見て確かめなければならない。
「本当に全然情報がないね。あと、わかっている事は、何もかもを砂に変える毒……くらいだね」
私は、そう言ってから情報の少なさに恐ろしくなった。
大規模な精神操作は、国に相当効果があった。
「ちなみにですが、大神官は50年前に【ゴウカの魔物】が毒を撒くところを見ましたか?」
ルルが聞くと、ゼンは少し考える素振りをした後に、
「あの時は、ゴウカに存在する全ての個体が毒を撒き散らしていたよ。こちら側は何も出来ずにそれを眺めるしかなかったから、記憶に残ってる」
当時を思い出して何か感じたのか、暗い表情で言った。
「その段階では、まだ精神操作されていなかったのですか? あと、当時の毒の攻撃は魔物のどの部分から出ていたか思い出せますか?」
ルルは立て続けに質問した。
確かに、精神操作がどの段階なのかは謎だ。そもそも誰がどうやって国中に魔法をかけたのだろうか。
「う〜ん。そう言われると、その時点では、ゴウカに危機が迫っていると認識していた気がするよ。毒は、頭頂部あたりに黒い球のようなものが現れて、それが勢いよく飛ばされているように見えていた」
ゼンはまた、空中に、50年前のドッシリとした【ゴウカの魔物】が、頭頂部から毒を飛ばす様子を描いた。
絵で見ると、ものすごくシュールだ。
可愛くも見えてくる。
「なんか……弱そう……ですね」
オルレアが言った。
50年前の【ゴウカの魔物】は、誰が見ても弱そうな見た目をしている。
この魔物が、オルカラ王国の大きな街を1つ滅ぼす事になるとは、当時は誰も思わなかっただろう。
「そうなんだよね。この見た目でしょ? 皆、自分が倒すって息巻いて砂になっていったんだよ」
ゼンは、悲しそうに言った。
なにその恐ろしいエピソード。
「先人達が、命をかけて残した記録を無駄にしてはいけませんね」
オルレアはそう言って、祈った。
私は力強く頷き、
「今は見た目もだいぶ変わっているし、毒を撒くのか、他に攻撃の選択肢が増えているのかもわからない。だから、絶対に無理をしないって約束しよう」
皆に念を押した。
何度だって言う。誰も欠ける事のないように。
それにはルルが、
「当たり前じゃないですか! ルルはご主人様と共に、いつまでもこの世界で暮らすのですから!」
明るい笑顔で言った。
「絶対に勝つぞ! 俺たちが負けることは許されない。国を背負う戦いだ」
アークの声が少し震えている。
まだ戦いは始まってもいないのに。みんな段々と実感が湧いている。
負けられない。
「もし、お怪我をされた場合はすぐに私を呼んでください。結界の中で安全に治療します」
オルレアが言った。
「まあ、ぼくも治癒魔法が使えるから、君たちに何かあったら助けてあげるよ」
ゼンがニコニコして言った。
全く緊張などしていない様子だ。
5人のパーティーに治癒魔法が使える人が2人もいるというのは、すごく贅沢なのではないだろうか。
「2人共、頼りにしてる。もし何かあればお願いします」
私が言うと、2人は嬉しそうに笑った。
するとルルが、
「【ゴウカの魔物】は情報が少なすぎて、こうして知っている情報を話し合っても、そこまで有益なものは出ませんでしたね」
とつまらなそうに言った。
「ぼくも思った以上に収穫がなくて驚いたよ。アークの言う通り、先にゴウカに行った方がよかったかもしれないね」
ゼンが言った。
それを聞いて私は、
「話し合いで皆の意思を確認できたのは良かったと思います」
と言うと、ゼンは頷いた。
「では、ご主人様が見える範囲の魔物を倒した後に、勇者が結界内に入り、残りを倒す、という流れで良いですね? もし誰かが攻撃をくらいそうになったら、聖女か大神官が結界で防いでください。あとは臨機応変に!」
ルルが言った。
これは作戦とは言えない。
誰にでも思いつく戦略も無い、ただの大まかな流れだ。
だが、実際出来る事はこれくらいしかない。
「じゃあ、ゴウカに行こうか。見るだけのつもりだったけど、少し数を減らしておきたい。手前にいる魔物だけ頼めるかい?」
ゼンがこちらを見て言った。
「はい。大丈夫です」
私は少し震えていた。怖いからではない。
あの、楽しい時をまた経験できるからだ。
本以外の娯楽無しに生きてきた私にとって、あれほど爽快でワクワクする出来事はなかった。
早く撃ちたい。
感情が顔に出ていたらしく、ゼンが笑った。
「いいね。それでこそ、『未来の英雄』だ」




