笑顔の破壊力 lv.22
私が聖剣に近付いて行くと、今まさに聖剣に挑戦しようとしている人がいた。
後ろ姿を見るに、あまり体格が良いとは言えないがスラっとして、バランスの良い体付きをした男の子だ。
その男の子が聖剣を握り、一気に引き抜いた。
……引き抜いた?
その瞬間
『おおおおおおおおおお!』
という、男達の野太い声が辺り一面を覆い、その声で地面が少し揺れた。
ルルは、ぽかーんとして固まっている。
どうやら、私が引き抜くと信じて疑っていなかったようだ。
かく言う私も、異世界から転移してきた特別な存在だという自負もあり、引き抜くなら自分だろうとタカを括っていた。
なんて傲慢な。恥ずかしい。
「まさか、ご主人様以外に、聖剣に選ばれる者がいるなんて……。ありえません!」
ルルが、男達とは違う騒ぎ方をしているのに気がついたのか、聖剣を抜いた男の子がこちらを振り返った。
「あれ? レイル? 偶然だな。遺跡の見学か?」
アークだった。
私は、アークが勇者になる瞬間を見たのだ。
「私達はたまたまこの辺にいて……。アークは聖剣を抜いたんだね。すごいよ。アークは今から勇者か。おめでとう」
私が言うと、
「おう! まさか本当に抜けるとは思ってなかったからびっくりしたけど、聖剣を手に入れた以上、この国に迫る脅威は俺が払いのけるよ」
アークは力強く言った。
それを聞いて、聖剣を抜いたのが私じゃなく、アークで良かったと思った。
勇者に相応しいのは、こういう事を言える人だ。
遺跡では、どこから持ってきたのか、沢山の人達が集まり、勇者誕生を祝って、酒盛りが始まっていた。
いかつい男達がアークを呼んでいる。
「いつも、レイルと会う時は何かが起こるな。話したい事や聞きたい事が沢山あるのに、話せなくてもどかしい。次こそ、次会った時こそ、絶対にちゃんと話そう」
アークが右手を差し出してきた。私も右手を出し、握手をした。
大きな手……この手で聖剣を抜いたのか。何かご利益がありそうだ。
じゃあ、と言ってアークは男達の輪の中に入っていった。
私は軽く手を振り、ルルを見ると、あからさまに不貞腐れている。
「聖剣が選んだのはアークなんだよ。私は勇者じゃないの。期待しなかった訳じゃないけど、張り切って挑戦しなくて良かったとちょっと安心してる」
私は、もしあの時アークより先に、自分が聖剣に触れていたらと考えると顔が熱くなる。
この世界に来て、自分を特別視しすぎていた。私はある意味選ばれた者だが、主人公ではないのだ。
オルレアは聖女で、アークは勇者。
友達になれそうと思った2人が主人公の世界。
私は、オルレアのように綺麗な魔法が使える訳でも無ければ、アークのようにかっこいい武器を使って戦えるわけでもない。
目からビームだ。
私には目からビームしかない。
ただ、めちゃくちゃ強いだけ、というものだ。まあ、弱いよりは良い。
ルルと家に向かって歩いていると、突然ルルが立ち止まった。
「おーかーしーいーでーすーよー!」ルルが大声で叫ぶ。
「だって、ご主人様はこの世界で唯一の存在なんですよ? そのご主人様を差し置いて、あのアークという少年。許せません!」
相当我慢していたらしい。
私はルルを宥めながら、
「もし、私が勇者になっていたら、今、私達が抱えてる【ゴウカの魔物】の問題が後回しになっていたかもしれないし、これでよかったんだよ。それに、アークは正義感も強くて……英雄になるのはああいう人じゃないとね」
私は自分にも言い聞かせた。
今まで数々の本を読んできた。
異世界に転移・転生すると主人公確定であり、聖剣はその主人公が軽々と抜いてしまうものだった。
ここは本の世界ではない。現実だ。
私が過ごした時間全て、今日見た魔物も、勇者の誕生も全てが現実なのだ。
ルルは不満気だったが、私が何も言わないのを見て諦めたようだ。実際何かを言ったところで何も変わらない。
家に着くと、ルルは何も言わずに料理を始めた。
ルルの料理は炒めるのも、煮るのも、蒸すのも、あっという間に終わる。
上手く魔法を使っているのだろう。
そんなルルの隣に行き、調理法を観察してみる。
早い。料理が一瞬で未来から現れるようだ。
「ねえルル。私にも魔力ってある…」
まで言ったところで、ルルがすかさず、
「ありません!」
即答だった。
実はずっと気になっていた。
私には『神力』はあるが、魔力もあるのだろうかと。
ルルにより、一瞬で私の期待は消え失せた。
ルルは出来た料理を、トレーに乗せテーブルに運びながら、魔力について話してくれた。
「そもそもの話ですが、神力と魔力は相容れません。なぜなら、神力は、魔力の最上位互換だからです。魔力を究極に磨き上げた結果が神力だと思ってください。神力を持っているご主人様が魔力を持つ事に意味はなくなりますよね」
そう言うと、ダイニングの椅子に腰掛けた。
私もルルの向かいに座る。
「最上位互換って言っても、魔力は色々な魔法に変換できて、生活においても、戦闘においてもすごく便利だよね? 神力はただビーム出すだけでしょ。下位互換の間違いじゃないの?」
私は言いながら悲しくなった。
魔力の便利さに比べ、神力の不便さはえげつない。
「ご主人様は、神力をそんな風に思われていたのですか? 例えるのならば、神力は究極に凝縮した魔力。神にしか手が届かない力です。正直に言いますと、修行をすれば、ビーム以外にも使えます」
そう言ったルルは、気まずそうにしている。
そして、息を吸い込んで、
「が! あまりにも威力が強くなるのです。普通に魔法を撃つだけでも街を消滅させることができるでしょう。魔法とは、本来持っている魔力を変換・増幅して絞り出す物です。ご主人様は神力の濃度を相当……いえ、尋常じゃないレベルで下げないといけません。その修行は大変じゃすまないですよ!」
ルルは、私に魔法を使わせないように説得している。
ここまで言われて、魔法を使いたいなんて思わない。
やはり、私は兵器だ。
「自分を弱くする修行をしないと魔法を使えないって事ね。厳密に言うと普通の魔法は、か。神力ってそんなに強いのに結界は破れないんだね。魔力より強いのなら中心街で撃った神力が結界を貫通してもおかしくなかったんじゃないかと思ったんだけど」
私が言うと、ルルはうーん、と何かを考えている。
「ルルはあの日、ご主人様が店に神力を当て、結界は破壊されましたが、建物には被害が無いと確認しました。結界は神力の下位である、魔力により作られていますが、ごく稀に、身代わりを立てている場合があります」
ルルはそう言うと、紙を出し、私らしき人物、店とそれを覆う結界、結界に繋がる身代わりを書き、説明を始めた。
「身代わりとは、結界が何者かに破られて、更に結界で守っている物に被害が出る場合、何かと引き換えにそれを守るといったものですね。それが何かはそれぞれですが、大体が高価な物です。ご主人様が当てた店は、身代わりを立てていたと考えて良いでしょう。幸運だったとしか思えません。未だ騒ぎになっていない所を見ると、身代わりが上手くいき、そしてその身代わりは無くなっても問題のない物だったのだと思われます!」
そこまで言うと、ルルは食事を始めた。
身代わりになるくらいの物だとすると、店と同等の価値のある物を用意していたのだろう。
そんな高価な物が、店の代わりに破壊されて騒ぎにしないなどあるのだろうか。
代わりの身代わりを用意しろと言われてもおかしくない。
何かすっきりしない。
騒ぎにされたら困るのは自分なのだから、ここまで考える必要はないのだが……。
「身代わりか。結界は破壊しちゃったんだね。あれから神力の修行はしたし、同じような事が起こらないよう、扱いには気をつけるよ」
私は、頭に浮かんだ疑問を消した。




