笑顔の破壊力 lv.18
息苦しくて目が覚めた。
外は明るい。もう朝のようだ。
オルレアの腕が私の上に乗っている。
ルルに至っては、私の顔を至近距離でじっと眺めている。
もうあえて突っ込まない。
私は、オルレアを起こさないよう、腕をそっと布団に置き、立ち上がり、玄関から外に出た。
今日も快晴だ。
雲1つない空。気持ち良い風に暖かい太陽の光。
植物達に挨拶をし、水をやった。
オルレアの花は今も歌っているのだろうか。
そんな事を考えていると、自然と笑みが溢れた。
オルレアの花と、聖女オルレア。どちらも純粋で可愛く、誰からも愛されているのだろう。
『名は体を表す』か。
オルレアはどうやってあんなに真っ直ぐに育ったのだろうか。
すると、ガチャッと玄関の方から音がした。
「レイちゃん。おはようございます。早いですね」
音の方に目をやると、オルレアが声をかけてきた。
「おはよう。よく眠れた? 」
と私が聞くと、
「はい。人の家だというのにぐっすりと眠ってしまいました」
そう言って、オルレアはにこっと笑った。
朝日に照らされたオルレアは、一層輝いて見える。 軽くウェーブのかかった銀髪が風に揺れて光っている。
「こんなにも、植物達が幸福に包まれた空間に来たのは初めてなので、何度来ても私は感動するのだろうと思います」
オルレアは植物達を見渡しながら言った。
「いつでも来てよ。植物達もオルレアが来てくれたら嬉しいでしょ」
私が言うと、オルレアは
「はい!」
と嬉しそうに笑った。
2人で家の中に戻ると、ルルが朝食を用意してくれていた。
3人でダイニングテーブルを囲み朝食を食べ、『キュイン』をして、またダイニングへ戻り、席についた。
私の隣にルルが座り、私の向かいにオルレアが座っている。
ルルが立ち上がり、
「ただいまより、ご主人様の未来の為の話し合いを始めます!」と宣言した。
そして、そのままキッチンへ行き、トレーにティーセットを乗せて戻ってきた。
私とオルレアは、ルルに紅茶を入れてもらい、お茶菓子を各々の前に置き、話し合いという名の、3人での優雅なティータイムが始まった。
ルルにお茶の準備のお礼を言い、私は話を切り出した。
「私達は、これからパーティーを組む事になるんだから、しっかり自分の事を話したいなと思ってる。それは、ルルもオルレアも同じで、大事な事を隠したりせずに、話して欲しい」
2人の目を交互に見て言うと、ルルが、あの…と言いながら小さく手を挙げた。
「ルルは、パーティーメンバーにはなれませんよ?」
『え!? どうして(ですか)!?』私とオルレアは同時に言った。
ルルはバツが悪そうに、
「ご主人様を導く者として、ルルはここにいます。それ以上でもそれ以下でもないのです。ルルは戦闘に加わる事ができません。それはすでに決まっています」
色々な作品で見た事がある。手を出すと世界の理が変わってしまったり、ひどい時には、世界が終わってしまう存在。
ルルはその立場なのか。
「もし、ルルさんが戦闘に参加すると、どうなるんですか?」
オルレアが心配そうに聞いた。
「ルルが消滅します! ただそれだけです! 大した事ではないのですが、できればルルは戦いの後も、ご主人様とずっと一緒に居たいと思っているので辞退させてください!」
そう言ってルルはニコっと笑った。
思っていたのと違う。世界がどうではなく、ルル自身が消えてしまうのか……。
ルルが居なくなるなんて考えられない。参加させるわけにいかない。
「大した事ないなんて言わないでよ。そんな理由があるなら、絶対にルルを戦闘に巻き込まない。私が必ず1人でも【ゴウカの魔物】を倒すよ」
負けられない理由ができた。
余裕をもって勝利しないと、ルルは戦いに割って入ってくるかもしれない。それだけは阻止しよう。
「レイちゃん! 私もいますよ! 私は戦力としては心許ないですが、ヒーラーとしてはこの世界中を探しても、私以上の実力の持ち主はいません! 私がレイちゃんをサポートします!」
オルレアは、回復役に関して相当な自信があるようだ。
「ありがとうオルレア。あのさ、今普通に話に入っているけど、何の事かわかってないよね? 」
私は、オルレアに【ゴウカの魔物】の話はしていない。
「はい。全然わかりません。ですが、何の事であろうと、私の気持ちは変わりません!」
一体どこからこの忠誠心が湧いているのだろう。
「では、ルルがこの『聖女』に、ご主人様の壮大な使命のお話をしてあげますね!」
ルルはもうオルレアの事を聖女呼ばわりしている。
尊敬のカケラも無いことが口調から見て取れる。
ルルは、私が異世界から転移してきた事、そして私が笑うと、『神力』という、神にしか与えられないはずの力を撃てる事、そして、オルレアが結界で閉じ込めている【ゴウカの魔物】は神力でしか倒せない事を話した。
オルレアはその間、茶化したりせず、真剣にルルの話を聞いていた。
「神力……。初めて聞きました。レイちゃんはこの世界を救う役目を背負わされてしまったのですね……」
少し悲しそうなオルレアは、自身も聖女という役目を背負っていることに対し、何か思うところがあるのだろうか。
「魔物を倒せる力があるからって、数十匹の魔物を私1人で倒せるかはわからないから、仲間が欲しいなとは思ってたんだよね」
私が言うと、オルレアは目を瞑り、考え事をしているようだ。
「見えました!」
オルレアが大きな声を出した。
ルルが、何が見えたのかをオルレアに聞くと、
「私がレイちゃんを守り、サポートをして【ゴウカの魔物】の討伐に成功する未来です」
まさか……未来予知。
「聖女になると、未来まで見えるようになるの?」
私が驚きながらオルレアに聞くと、
「全く見えないです。そんな話聞いた事もありません。ですが、私がそうします」
言っている事は、ただの理想論だが、なぜか本当にそうなる気がした。
私は、オルレアの『色』を見た時から、オルレアには普通では無い、何かがあるのを感じていた。
あの黄金の光を纏っていたのは、聖女だからなのか、オルレアだからなのかはわからないけれど、オルレアが特別な存在だという事は確かだ。
「ありがとう。そう言ってくれると心強いよ。じゃあ、次はオルレアの事を教えてくれる? どこに住んでいるのか、いつも何をしているのかとか、何でも良いから話してほしいな」と私が言うと、
オルレアは、はい!と言って立ち上がった。
「私は、膨大な魔力を有しており、類い稀なる治癒魔法の才能があります。才能に溢れた少女がいると、幼い頃から国内で噂になっていたようで、次期聖女は確実と言われていました。先代の聖女様がご高齢という事もあり、私が16歳になる日に、オルカラ王国王家から『聖女』の称号を授かりました。一応所属は、『王都イチノの大神殿』になります。神殿は各街にありますので、ニライの神殿にお仕事に来た時、植物達がレイちゃんの話をしていたのを聞きました」
オルレアは早口で言った。自信に満ち溢れた表情をしている。
第三者が言わないといけないレベルの自画自賛だが、実際に実力が伴っているのだろう。
聖女は神殿の所属か。
本を読んでいると、神殿というワードを目にする事は多かったが、神殿について細かく描写されているものはあまり無かったような気がする。
この世界の神殿とはどのようなものなのだろう。
「オルレアはすごいんだね。聖女になれるなんて相当な才能だよ。神殿ってあまりピンと来ないんだけど、何をする場所なの? オルレアは神殿に住んでいるの?」
謎だらけだ。
「私は神殿には住んでいませんよ。神殿の主な業務は、ケガや病気を癒す事です。少し前に大神官様が神託を賜ったようですが、その内容は大神官様と王家の皆様だけにしか知らされていないようです。もしかしたらレイちゃんの事かもしれませんね」
そう言うと、オルレアは冗談だとでもいうように、悪戯っぽく笑ったが、その神託は私の事なのだろうという事はわかった。
紅茶のカップをもつルルの手がガタガタと震えているからだ。冷や汗のようなものも出ている。
ルルは全部知っていたようだ。
森や家が結界により感知される事も、それを見越して、神託により、私の事を予めオルカラ王室に知らせていた事も。
なぜ言わなかったのだろう。怒るような事でもないし、まさか…伝えるのを忘れていたのか…。
いや、昨日この場所はあまり知られていないとオルレアに言った時、ルルは特に反応していなかった。
ルルは目が泳いでいる。
「ルル。神託の事知ってた? 」と私が聞くと、
「すすすすすすみません! きれいさっぱり忘れていました! 今思い出しました! そういえば、神託を、ごく一部に授け、ご主人様がこの世界で苦労しないようにと取り計らっていました! ご主人様レベルの方となると、後ろ盾など無くても、1人で世界を壊せるほどなので、ご主人様に直接関係のない、役に立たない情報は頭から抜けてしまっていました!」
ルルは立ち上がり、周りから『あわあわあわあわ』という文字が浮かびそうな程に取り乱して謝っている。
役に立たない情報……か。まあ、あながち間違いではない。それを知ってても知らなくても私の生活は変わらなさそうだ。
「知らないより知っていた方が良いくらいの情報だし、ルルを責める気はないよ。ただ、この世界はわからない事だらけだから、ちょっとした情報でも共有してほしいな」
私はできるだけ優しい口調で言った。
ルルは涙目で、
「ありがとうございます! 何かあればちゃんと報告します!」と言い嬉しそうに笑った。
オルレアはまた黙り込み、何かを考えているようだ。今度は目を開けている。
しばらくすると、あの……と言い、話し出した。
「恐らくですが、本当に神託がレイちゃんに関する事なのだとしたら、王室からレイちゃんに召集がかかるかもしれません。神託に関係する人物をそのまま自由にしておくとは思えないので……。もし、召集がかかった時には、私も一緒に行きます。何かのお役に立てるかもしれません」
オルレアは私の目を真っ直ぐに見て言った。
「それなら、ルルも絶対に着いて行きますよ! ルルはご主人様を導く者であり、お世話係ですから! ルルが説明できる事は多いはずです!」
ルルも、私が不安なのがわかったようで、明るい口調で言った。
「2人ともありがとう。王室から召集なんて想像もつかないけど、もし、そうなったら一緒に来てもらうね」
不安が和らいだ。2人のおかげだ。
異世界ものあるある。王室からの呼び出し。
お城に行くための服も持っていないし、マナーも知らない。また不安になってきた。
オルレアが王様、王妃、王子、王女の4人の似顔絵を紙に書いてくれた。
本人に見せたら不敬罪になるのでは、という程の出来だった。
この絵は参考にしないでおこう。
この日は、午後からオルレアは神殿での仕事があり、名残惜しそうに帰って行った。
そこから数日は、実った野菜や果物をルルと収穫したり、植物達の世話をしたり、自分の力が鈍らないようトレーニングをしたり、王室に召集された場合の受け答えや、マナー等を予習するため、異世界ものの本を読んだりと、いつも通りに過ごした。
そしてある朝、王室からの使者だと名乗る者が家にやって来た。




