笑顔の破壊力 lv.17
その笑顔を見た瞬間に、オルレアに対しての疑いが消えた。
ただただ純粋な私への敬意。隠そうともしない好意。
この女の子は、なんて透明な心を持っているのだろうか。
疑った自分が恥ずかしくなる程の圧倒的な善意。
もう、これは諦めて受け入れるしかない。
結構な時間が過ぎていたようで、もう辺りは暗くなっていた。空を見上げ、時星を見ると、水色になっている。
「今日は遅いから泊まっていく?」
私はオルレアに聞いた。
「良いんですか? ありがとうございます! レイちゃんと同じ布団で寝ます!」
まるで、聞かれるのが分かっていたかのように即答すると、オルレアは私の左腕と、自分の右腕を組んだ。
これを見たルルが、「だめです!」と大きな声を出した。
「確かに、ご主人様のパーティーにこの者を加入させましょうと言ったのはルルです! ですが! ご主人様とルルの家に一緒に帰り、図々しく一緒に寝るだなんてありえません! 却下です!」
ルルは、腕を組むオルレアと私を引き剥がした。
オルレアは楽しそうに笑い、
「あなたがルルさんだったんですねー? 先程勝手に家に入られていた、とレイちゃんが言っていましたけど、図々しいとは一体誰の事なんでしょう? それに、私は『この者 』ではなく、『オルレア』です! 覚えてくださいね?」
純粋だと思っていたが、意外にルルとやり合えるくらい口達者のようだ。
ルルは痛いところを突かれ、何も返せないようだ。歯を食いしばってオルレアを見ている。
「まあまあ、同じ布団は狭いし、私は誰かと一緒に寝るのは不安になるからそれは却下。同じ部屋で寝るくらいなら良いけど、喧嘩はしないって約束してね」
私は、2人を宥めた。
つもりだった……。
家に入り、私の部屋に行くと、ルルとオルレアがどちらが私のより近くで眠るかで争っている。
「ご主人様のお世話係として、ご主人様の1番近くにいないといけないのです! よって、ルルがご主人様のベッドの真横をいただきます! ご主人様の寝相がひどくて降ってこられたとしても、ルルなら受け止められますし安心です!」
「いいえ! 私はレイちゃんのパーティーメンバーに加入し、これからレイちゃんとより親密にならねばなりません! なので、私がベッドの真横で眠ります! 万が一、レイちゃんが降ってきたとしても大したダメージは受けないのでこちらも安心です!」
私はため息をつき、
「どっちでも良いけど、布団に入るのは、ちゃんとお風呂入って着替えてからにしてね」
と言うと、オルレアはこちらをじーっと見て何かを言いたそうにしている。
「オルレア。何も言わなくて良いから、お風呂に行ってきて。何も言わずにね」
私は、オルレアをお風呂へ案内した。
「このお家にある物は、私が知らない物ばかりです! 見た事も無い材質と、知らない感触。これは何ですか? 本当は私が知らないだけで沢山ある物なのでしょうか?」
オルレアは、所々に使われているプラスチックを珍しがっているようだ。
プラスチックが何かなんて私にはわからない。分かっても原料くらいだ。もう誤魔化してしまおう。
「オルレアが知らないだけで、どこにでもあるんだと思うよ。でも誰かに、『レイルの家でこんな物を見た』なんて言っちゃダメだよ。この家の存在は、あまり知られない方が良いと思うから」
家を知られたく無いのは事実だ。
いきなり、森と一緒に家が異世界から転移して来ただなんて話が広まれば、私は確実に悪い事に巻き込まれる。
今まで沢山の本を読んだけれど、隠していた事が周囲に知れ渡る時というのは、トラブルしか起こらない。
特に、私の場合は土地のトラブルに発展する可能性がある。
この世界に土地の境界があるのかはわからないが、元の世界で読んだ本によれば、ご近所トラブルで上位にランクインしていたのが、境界トラブルだった。
ご近所トラブルだけでなく、おそらく、国が所有する土地なのだから、国と揉める可能性すらある。
プラスチックの事があっても無くても、この家の存在を知る者を増やすわけにはいかない、
「何を言っているんですか? もう皆さん知っていますよ? この辺りに、突然、森とお家が出現したと。1ヶ月ほど前からニライはこの噂で持ちきりです! レイちゃんが聞かれたく無いようなので、この素材の事を聞くのはやめますが、私はそんなに口の軽い人間ではありませんので、レイちゃんの信頼を得られるよう、これから頑張りますね」
オルレアは、ニコッとして言ったが、目が笑っていない。
ちょっと他人行儀な態度をとってしまったかもしれない……。
いや、実際今日あったばかりで、そこまで親しくなった訳でもないから他人ではあるのだけど……。
やはり、この家と森はいきなり現れた事になっているようだ。そこは上手い事、この世界の記憶を改ざんするなりしてほしかった。
神といえど、さすがに難しいのだろうか。
それにしても、元々森があった場所に少し、森と家が増えただけなのに、何でいきなり現れたとわかったのだろう。
私の真後ろをついて来ていたはずのルルを見ると、私と目を合わせないように、忙しいフリをして動き回っている。
色々聞きたい事はあるけれど、とりあえず今は、オルレアの機嫌を取っておこう。
「オルレアの事を疑った訳ではないんだよ。これはプラスチックという素材なんだけど、作り方は私にもわからないから、答えに困って誤魔化してしまった。ごめん」
オルレアのような純粋な人に、嘘をついて失望されたくなくて、私は本当の事を言った。
オルレアは手の平をこちらに向け、左右に振り、
「レイちゃんが謝ることじゃ無いです。私こそ、今日出会ったばかりで、まだ警戒が解けていないのは当たり前なのに、拗ねてしまいすみません。ただ、私は、私がレイちゃんを決して裏切らないという事を知っているので少し悲しかったのです」
と言って悲しそうに笑った。
オルレアは正直だ。今まで、嘘をついた事がないのだろう。真っ直ぐな言葉に、私は先程の発言を申し訳なく思った。
ここでルルがオルレアに向かって、
「『聖女様』は早くお風呂に入ってください! こんな所で話し込まれると、ご主人様がいつまで経ってもご自身の事ができないじゃないですか! ご主人様とお話がしたいのなら、ちゃんとお話の場を設けてください!」
と言い、入浴を急かした。ちなみに、『聖女様』の部分は物凄く嫌味ったらしい言い方をしていた。
正直助かった。
私は、人と関わる事が殆どない人生で、誰かから好意を向けられるのも、自分の発言により、人をがっかりさせる事も経験する事がなく、オルレアの反応にどう対応すれば良いのか少し困っていた。
「確かにこんな所で立ち話もなんだし、今日はお風呂に入って晩御飯を食べて、また明日にでもゆっくり話そうか」
私もルルに賛同し、お風呂の使い方をオルレアに教えた。
オルレアはしゅんとした様子で、わかりました。と言い、お風呂へ行った。
私はルルと話をする為に、ダイニングのイスに腰掛けた。ルルは晩御飯の支度を始めている。
「この森は、神秘のベールのような物で覆われてて、周りからは見えなくなっている。みたいに、特別な力が働いているのかと思ってた。普通にいきなり現れて、ニライの人達に認識されていたなんて。森の中なのに何でニライの人達はわかったんだろう」
私は頭を抱えた。
私の話を聞き、ルルは
「各街に結界が張られている。という話はしましたよね? 結界には、結界内で起こった異常を感知するという役割があるのはご主人様もご存知のはずです! つまりはただ、結界にひっかかり、それがニライに住む者達へ通達されたのでしょう」
と言い、料理を終え、調理器具を高速で洗い出した。
確かに、国や街に何か異常が現れると、元いた世界でも、ニュースになっていた。
この世界にも、そういったシステムがあるのか。
当然といえば、当然かもしれない。
魔法がある世界で、人々の連絡手段が無い。というのは不自然だ。
私は使った事がないけれど、『思話』も、この世界では誰もが使えるのだろう。
そういえば、結界を張るのは聖女の役目じゃなかっただろうか。
という事は、オルレアが結界内の異常に気付き、ニライの人々へ通達を出したのかもしれない。
だが、そんな話はしていなかった。
聞いても良いのだろうか。
いや、聞くしかない。もやもやした気持ちのまま、オルレアと過ごす事はできない。
明日は、1日かけてお互いに気になっている事をとことん話し合おう。
本当にパーティーを作り、共に【ゴウカの魔物】を相手にするのであれば、お互いに疑問がある状態は良くない。
そんな事を考えていると、
「どうしてこの穴からお湯が出てくるのでしょう? 温度の調節まで! 魔法の気配が無いとはどういう事でしょうか?」
お風呂から、興奮したオルレアの大きな独り言が聞こえてきた。
私とルルは顔を見合わせ、笑った。
その後、お風呂から出てきたオルレアと3人でルルが作った夕食を食べた。
メニューは、ハンバーグ、フライドポテト、コーンスープにサラダだったが、オルレアは食べたことの無い食材とメニューに大喜びだった。
夕食の間、オルレアがお風呂での事を楽しそうに話していた。
1人増えるだけで、こんなにも賑やかになるだなんて思わなかった。
夕食を終えると、私は人生初の『キュイン』を使い、感動に浸った。
ルルはそんな様子をニヤつきながら眺めていた。
お風呂に入り、部屋に行くと、ルルとオルレアがまだ、寝る場所の事で揉めていた。
最終的に、私が真ん中で、川の字に寝る事で落ち着いた。念の為に、眼鏡はかけたまま眠る事にした。両親との日々を思い出し少し切なくなったが、ルルとオルレアの温かさでその日はすぐに眠りについた。




