笑顔の破壊力 lv.15
クロエの店を出て、少し歩いてから私は立ち止まった。
ここだ……。
私が約1か月前に、神力を撃った場所に着いた。
どの辺に自分がいたのかは覚えているけれど、どこに当たったのかはちゃんと見ていない。
だが、ルルが言っていた通り、どこにも被害は無さそうだ。
クロエの店は、表通りと違い、落ち着いた雰囲気の裏通りにある。それも被害がなかった要因の一つだろう。
もし、誰かに当たっていたらと思うと、震えが止まらなくなる。ここに通常通りの時間が流れているのを見て、これからは悪夢を見る頻度が減りそうだ。
実際に目にすると泣きそうになる程に安心した。力が抜けてその場にへたり込んだ。
自分の力を常に念頭に置いて過ごさなければ……。
そういえば。
あの時ぶつかったアークはどこに行く予定だったのだろうか。失礼かもしれないが、こういった落ち着いた雰囲気は似合わないような気がする。
あれだけ急いでいたのだから、大事な用があったのだろうけど……。
「ご主人様。安心しましたか? ルルが言った通り被害はないでしょう? ご主人様はあの経験を経て、修行もしましたし、結果的には必要な過程だったのです!」
ルルはそう言いながら、へたり込んだ私を、後ろからひょいと持ち上げ立たせてから、服についた汚れを払ってくれた。
本当に結果論だけど、そうかもしれない。
神力を使いこなさないといけないとは思っていたけれど、そこまですぐに力を入れて修行する気はなかった。
私はお尻についた汚れを自分で払ってから、
「確かにそうかも。絶対にしちゃいけない事だったけど、あれがなければ、私はいつまでも本気にならなかったんだろうなと思うよ。励ましてくれてありがとう」
ルルに笑顔を向けた。
「レイル?」
声がした方を見ると、アークが息を切らしながら、こちらに向かって歩いて来た。
相変わらず美形だ。
「アーク。久しぶり。また走ってたの?」
私は笑いながら聞いた。
アークは私の前で立ち止まり、
「ああ。ちょっと呼ばれてて、今日も急いでるんだ。レイルは髪を切ったんだな。可愛い。似合ってるよ!」
と言ってニカッと笑った。
何それ。アークってそんな感じの人?
褒め方がスマートすぎて、なんて返せば良いかわからない。
私、こういうの苦手かも……。
「あ、ありがとう。アークも忙しそうだし、私達はそろそろ行くね! またね!」
「ちょっと待って! レイル! 聞きたい事が……」
アークが何かを言っていたけれど、恥ずかしくなって走って逃げてしまった。
前回も今回も逃げてしかいない。アークは気を悪くしただろうか……。
次に会った時には、逃げずにしっかり目を見て話そう。
少し走って、立ち止まった。
何か忘れているような……。
「あっ! アークに聞きたい事があったのにすっかり忘れてた! せめて、どうやって神力を避けたのか聞けばよかった……」
ずっと気になっていた事を聞きそびれて、私は肩を落とした。
私の走るスピードに、普通に着いてきていたルルは
「ご主人様。あのアークという少年とはまた会う事になるでしょうし、今は忘れて昼食を食べに行きましょう!」
何かを知っているかのような口ぶりで言った。
まあ、2回来て、2回会ってるんだから、毎日あの辺りにいるのかもしれない。深い意味はないか。
「そうだね。色々疲れたから、ご飯を食べて帰ろうか。今は、あまり食欲が無いから軽いものが食べたい」
私が言うと、ルルは近くに出ていた屋台を指差して
「では、今日は屋台巡りにしましょう。軽いものからずっしりとお腹にくる重ーいものまで盛り沢山ですよ!」と楽しそうに言った。
この辺は屋台が集まっているエリアの様だ。何だか漫画で見たお祭りのようでワクワクする。
さっきまで食欲がなかったが、屋台から漂う食べ物の匂いでお腹が空いてきた。
「店舗が並んでいる通りも賑わっていたけど、ここは物凄い活気だね。すごく良い匂いがするし、雰囲気が明るくて楽しい」
私は辺りを見まわしながら言った。
ルルはニコニコして頷いた。
何を食べようか……。
屋台で食事をした事がないから、どういう順番で食べれば良いのかがわからない……。
目の前の屋台では串焼きが売られている。何かの肉のようだ。
ルルが屋台に向かい、私を見て、
「これは、サンチ牛の串焼きですよ! サンチは酪農が盛んなので、質の良いお肉が沢山市場に出回っています! ご主人様もきっと好きになるはずです!」
そう言うと、屋台の店主から串を2本受け取り、1本を私に差し出した。
お肉が大きい。
元の世界では、近くに屋台が出ると両親が屋台で購入したものを持って帰って来てくれた。
ちょっとでも勇気を出して、外に出れば良かった。と少し後悔しなくもない。
渡された串焼きは、元の世界の串焼きの倍近くの大きさがある。ルルによると、これで1本800ラルらしい。安い……。
一口食べてみると、肉汁が口の中に溢れ、香ばしいソースの香りが広がった。
柔らかいのに、しっかり噛み応えがある不思議な食感だ。
これはクセになる。毎日でも食べたい。
ルルも串焼きのお肉を丁寧に1つずつ食べ、ニコニコしている。
「すごく美味しいですよね! ルルはどのお肉よりも、サンチ牛が好きです! 濃厚な脂に、柔らかいのに噛み応えのある不思議な食感がクセになります!」
ルルは、左手を左頬にあてうっとりした表情で言った。
え?今のセリフって、私の心の声を原稿にして読んだだけじゃないの?
「ルルって人の心を読む能力とかある?」
「あるわけ無いじゃないですか! そんな能力があったら、ご主人様の顔色を伺う事なんて無いですし、そもそもルルは最低限の存在ですよ!」
私の質問に、ルルは驚いた顔をして答えた。
まあ、そんなわけ無いのはわかっていたけれど、あまりにも感想が同じで疑ってしまった。ごめんルル。
最低限の存在の意味がわからないけれど、聞くと長くなりそうなので突っ込まないでおく。
「そうだよね。串焼きが美味しすぎて変なこと言っちゃった」
誤魔化しかたも変になってしまったが、ルルは気にしていない様子だ。
串焼きを食べた後も、元の世界にもあったけれど、元の世界と少し違う、不思議な食べ物を食べた。
例えば、ソースはかかっていなくて、生地に直接味がついており、中には、オルカラ王国で唯一海に面している街、シームで取れたという、みずみずしい大きなタコが入った『たこ焼き』。
逆に、麺にソースを絡めずに、麺と野菜とサンチ豚の肉を細かくした物を混ぜ、その上にソースをかけてある『焼きそば』。
『サンチ鶏』という、サンチで育てられている大型の鶏の肉を使った唐揚げは、どうやって色を付けているのかはわからないが、揚げる前はただの粉がついた肉だったのが、揚がった後はカラフルな色に変わっている。という不思議な食べ物だった。
そして、その全てが、驚く程美味しかった。
オルカラ王国は、数十年前に不衛生な場所から発生した疫病により、国の機能を揺るがす程の深刻なダメージを受けたことがあるらしく、食品を扱う店では、人、物、材料、建物等、店に関わる全てが厳しくチェックされている。
そのおかげで、他国に比べて衛生状態が良く、店側も全てのチェックを潜り抜けたという自負から、向上心も高く、試行錯誤する店主が多い傾向にあるようだ。
基本的に、どの店でもハズレは無く、客側はどの店にしようか決めるのにも一苦労する。
素晴らしい国だ。食に力を入れている国は豊かになる。人間の3大欲求の1つを、高いレベルで満たせるというのは、生きるモチベーションにもなり、人生に良い影響を与える。
色んな本を読んできたが、好きな物を食べている時、人は笑顔になる。それだけで、精神衛生上良いことだ。
オルカラ王国に来れてよかった。前回食べたパスタのような物も美味しかった。でも、初めての街で、初めての経験が多くて、あまりはっきりと思い出せない。
次行く時はもっと味わおう。
色んな屋台で食べ歩きをして、私もルルも大満足だった。
何より、楽しかった。
一緒に美味しい物を食べて、感想を言い合って笑い合って心の底から楽しんだ。
軽く昼食を食べてから帰るつもりが、食べ歩きをした事で空が暗くなってきている。
時星を見ると、色が緑に変わっていた。……不思議だ。
涼しい風がふき、そよそよと髪を揺らす。
ああ…自由だ……。
私は自由を噛み締めた。
どんな役割を与えられようと、この自由を守るために戦おうと思った。
「そろそろ帰ろうか」
私が言うと、ルルは私の隣を歩き出した。
帰りもゆっくり歩いて帰ろう。
ルルとずっと一緒にいるけれど、最近家では修行等をしていた為、毎日沢山話すわけではなかった。
外出をすると共通の話題が出来て良いな。
この帰り道は、元の世界とこの世界の共通点について、を話しながら帰った。
基本的に物の名前は変わらないようだ。お互いの世界にある物、ない物はあるが、『ある』物についてはあまり変わらないらしい。
動物や食べ物は、見た目や味の違いはあれど、呼び方は同じ。
植物については、殆どが見た目も香りも変わらずそのままなのだそうだ。
そういえば、今、植えてある果物や野菜がそろそろ収穫できそうだったな。などと考えているうちに家の近くまで来た。
するとルルが、ご主人様と小声で言ってきた。
ルルが見つめる方を見ると、私の家の前に誰かがいる。……女の子?
家の前に、綺麗なウェーブのかかった銀髪で、緑色の目をした女の子がいた。年齢は16〜18歳くらいに見える。
とにかく。これぞ超絶美女。
美女というより、可愛い顔立ちではあるが、可愛いじゃ足りない美しさだった。
スタイルも良く、優しそうな雰囲気を醸し出している。
だが、人の家の前にいるというのは不審だ。あまり使いたくないが、この女の子の色を見ることにした。
色を見れば、悪い人間かどうかくらいはわかるだろう。
左手の指で輪を作り、左目で覗き込む。
見えた。
目が開けていられない程の、物凄い黄金の光。
金色。
人間相手にこの力を使ったのは初めてだが、流石にわかる。この子は規格外だ。




