笑顔の破壊力 lv.12
私は、神力の修行が安定した次の日から、『特別な眼鏡』の扱い方の訓練をする事にした。
まず、1番簡単そうな『文字の翻訳』から使ってみよう。
これは、異世界の文字の読み書きができる。というありがたい機能だ。
読むにしても、ここには異世界の本がない。以前雑貨屋で、目覚まし時計を売った時に貰った契約書で試すか。
試すも何も、契約の時に既に文字の読みはできていた。もっと言うなら、サインした時にこの世界の文字を書いている。
契約書を読んでいる時も、サインしている時も、全く違和感が無くて、異世界の文字に触れているだなんて気が付かなかった。
いや、気付いてはいたのかもしれないが、何も感じなかった。
契約書を、部屋にある机の引き出しから取り出した。契約内容が書かれており、私のサインがある。
眼鏡を外して契約書を見ると、全く知らない文字になった。さっきまで読めたものが読めなくなった。
眼鏡をかけている時も見ているものは知らない文字のはずだが、知らない文字という認識が無くなり、すらすらと読めるようになる。
なんとも不思議な機能だ。
ここまで自然に出来ているとなると、裸眼の時に見る文字の違和感がすごくて変な感じがする。裸眼で文字の読み書きを勉強するのも良さそうだ。
そういえば、なぜ、私はこの世界の言葉を理解しているのだろうか。眼鏡の機能の中に、言葉の理解の項目は無かった。
『異世界に行く方法』に書かれていたのは、最低限の事だったのかもしれない。
書かれていないのにあった要素といえば、ルルもそうだ。何も書かれていなかったお世話係が配備されていた。ルルが来てくれた事に関しては非常に感謝してる。家事を一瞬で終わらせてくれて、話し相手にもなってくれて、何より物知りで気になる事がすぐに解決する。
もしかしたら、他にもプラスの要素があるのかもしれない。見つける度にメモを取ろう。
次に検証するのは、『ズーム機能』だ。どの程度の距離が見えるのかわからないけれど、これは家の外で使ったほうが良さそうだ。幸いこの家は丘の上に建っている。四方を森に囲まれているが、見晴らしは十分だ。
神力の修行の時にも思ったが、この家は私が欲しいと思うであろうものが予め用意されているみたいだ。
まあこれも【ゴウカの魔物】を倒せるのがこの世に私しかいないからこその高待遇なのだろう。
気を取り直して、出来るだけ遠くを見るように意識する。
双眼鏡を覗いてる気持ちで見る方が良いのか、色々考えるけれど、そもそも、この機能に全然魅力を感じない…。
景色に興味はものすごくあるけれど、自分でそこに行き、自分の足で歩いて眺めたい。
いつかこの機能を使う日がくるかもしれないし、練習はしておくか…。
見たい場所に意識を集中する。とりあえず遠くを飛ぶ鳥を追いかけてみよう。距離は300メートルくらいか。
鳥が段々と近づいてくる。小さいと思っていた鳥は結構大きそうだ。元の世界の図鑑では見たことのない種類の鳥で、金色の羽に真っ赤な嘴がきれいで、しばらく目が離せなかった。
この機能は思った以上にすごいものだった。あの鳥が見えなくなるまで20分近く夢中になって見てしまった。恐らく双眼鏡よりも鮮明に見える。質感もわかるほどだった。
この機能を使い図鑑を作ると、普通は知り得ないレベルの豆知識も書けそうだ。
もっと集中すると、羽を構成する組織まで見えそうになり少し気持ち悪くなった。美しいものは美しいままでいてほしい。
使うのはよっぽどの時に、程々に。という事にしよう。いつか何かの役に立つかも知れない。
『16年間で読んだ事のある本全てをいつでも読める機能』。これは本当に最高の機能だ。眼鏡の機能の中で随一かもしれない。
これは、私の本を読む時の定位置である、森の中にある大きな木の下で検証する事にした。
私は相当な数の本を読んだ。幼い頃から読んでいて、同じ本を2度読むことはなかった。ということは、内容を忘れている本もある。
私は、暗記力が高いわけでもないただの凡人だ。あの話のあの人は最後どうなったのか、あの本の登場人物の名前はなんだっただろうか。思い出せない事が沢山ある。
この、本を読める機能は、(本を読みたい)と念じればすぐに成果が出た。念じると、目の前に20冊の本の表紙が並んだ。多すぎず、少なすぎず、どれを読むかが選びやすい数だった。
眼鏡に直接映し出される、というよりは、目の前に画面のような、モニターのようなものが現れて、そこに映し出されているという感じだ。
頭の中で違うのが見たい、と考えると違う本が現れる。こういう物語だったけれど、題名がわからないと考えると、[お探しの物はこちらですか? ]と女性のような声が聞こえ、候補を上げてくれた。
更には、本の並べ方まで指示ができた。あいうえお順でも、お気に入りの作者の順でも、出版社の順でも自由だ。
なんて素晴らしい機能…。見やすく、カスタマイズできて、本が傷まない。最高だ。
私は、本が時を経て焼けていき、色褪せていくのを見るのも味があって好きだった。本の匂いや質感の違いを感じるのも幸せな気持ちになった。
本を綺麗な状態に保ちたくて手汗に気を遣っていたので、夏なんかはゆっくり読めなかった。
もう、この本達の実物を拝む事はないけれど、2度と読む事ができなくなるはずだった本達を、何回でも読み返せるということがとてつもなく嬉しい。
『特別な眼鏡』の機能は、4つの内3つが便利機能だった。どれも私にとって興味深く、ありがたい機能になりそうだ。
最後の、『異世界の生き物が纏まとう色が認識できるようになり、その色により、人ならどんな人なのか等がわかるようになる』という今までのものとは完全に異質な機能。
これは使いたくない。人の深い所まで知るのはリスクしかない。
今まで読んできた本で、味方だと思っていた人が実は敵のだった。味方だと思っていた人が何かと引き換えに裏切った。というエピソードを何度も見てきた。
本の中の世界しか知らない私でも、実際にそういう人がいるのを知っている。善人しかいないのなら、警察も法律もいらないのだ。
この機能を使うには覚悟がいる。もし、自分が信じて好きになった人、自分を好いてくれていると思っていた人が悪い色を持っていたら。
立ち直れないかもしれない。
何でこんなものをつけたんだ。神様…。
何の得があると………。
「ああっ!」思いついた!
私は悪い事ばかり考えていた。悪い人を見つける事ができる。という事は、良い人も見つける事ができるという事だ!
これは盲点だった…。
この先、私は沢山の人と出会うだろう。
出会ってから色を見るのではなく、色を見てから人と関われば悪人と親しくなる事はなくなる。
もしかして、わかってはいたけれど、この機能はやはり【チート能力】なのではないだろうか。
まだ、私には人を見抜く目がないのは確かだから、まずは色を見て、どんな人なのか判断してから知り合いになるかどうかを考えよう。
生き物が纏う色が見れるのなら、森にいる動物や、虫等にも有効なのだろうか…。
『異世界に行く方法』には、使うのにはコツがいると書いてあった。
どういう意味なのだろう。
そもそも、あの本には細かい説明が無さすぎる。特別な眼鏡の扱い方も、神力のコントロールの仕方も、書いてくれていたらこんなに悩む事もなかった。[こうすればできますよ]だけで良い。それだけで良いのだからそのコツとやらを書いておいてほしかった。
神様はなかなか良い性格をしていそうだ。
早速使ってみる。近くを飛んでいる蝶の色は…。
蝶に視線を集中する。ぼんやりと何かが蝶の周りを覆っているような気がする。
なかなか鮮明にならず、色も沢山の色にどんどん変わっていっているようだ。モヤモヤして見えづらい。
5分程その状態でいると、蝶を覆っているものがパリーンッと割れた。音はしなかったが、完全に割れていた。それを見て、これが失敗なのだという事はわかった。
周りに何かが見えただけでも幸先は良さそうだ。
この【チート能力】は絶対にマスターしなければならない。私の未来がかかっている。
先程とは違う蝶でもう一度試してみる。
視線を蝶から離さずに集中。ぼんやりと蝶の周りを何かがモヤモヤと覆う。さっきと変わらず色が定まらない。
少し経つと、パリーンッと蝶を覆っていたものが割れた。同じ事を試したのだから失敗して当たり前だ。それでも、本当にさっきのやり方は間違いだったのか確かめたかった。
違う方法を探さないと…。
まず、なぜ失敗したのか。私は蝶をしっかりと見ていた。そして、集中もしていた。
ただ、私に見えていたのは蝶だけではなかった。
人間には目が2つあるのだから、両目を使うと両目分の風景が目に映る。
蝶の周りにある、花、土、木、草、石や他の虫など、沢山の物が視界に入っていた。
色んな物が見えている分、蝶への集中力は散漫になる。
ということは、神力の修行の時と同じだ。片目を隠す。それで解決するのではないか?
神力では右目を使うから、チート能力は左目にしよう。私は右目を手で隠して再度蝶を見た。
蝶を白いものがふわふわと覆っている。蝶が移動するとそれも一緒にくっついて移動している。
これは…成功だ。
他の蝶にも数匹試してみたが、全部が白だった。
白はこういう時には1番良い色だと認識している。蝶は虫だから、悪意もなくただ日々を生きているだけなのだ。
純粋な物を見れた気がしてなんだか嬉しくなった。
案外早く使いこなせそうで良いのだが、左目で見ている時に見える範囲も意外と広い。これでは他に視線が動いてしまう可能性がある。
神力の修行をしていた時に見つけた方法。
『それしか見えないようにする』これが大事だ。
左目で見える範囲を少なくする。その為には左手の指で丸を作り、それを左目にあて、覗く。それだけだ。
見える範囲がすごく狭まった。
蝶を見てみると、白いものに覆われる1匹をピンポイントで見る事ができた。こんな子どもみたいな方法でも、成功したら良いのだ。
これからこのチート能力を使う時には、左手の指で丸を作り、覗くことにしよう。
これで『特別な眼鏡」の機能を全て使えるようになった。ひとまず安心だ。
中心街に行った日から1ヶ月以上が経過していた。
身体強化の力なのかはわからないけれど、どれだけ神力をつかっても、チート能力を使って目を酷使しても、全然疲れない。
神様本当に身体強化をありがとう。
神力のコントロールができるようになった事で、自分に課した『神力が使いこなせるまで敷地内を出ない』というルールは撤回された。
前にできなかった買い物をしに、中心街へ行こう。
「ルル、明日は中心街に買い物に行きたいんだけど、もう一度着いてきてくれる? 」私が聞くと
ルルは、洗い物の手を止め、「当たり前じゃないですか! 喜んでお供しますよ! ご主人様! 」と元気な声が返ってきた。




