笑顔の破壊力 lv.10
私はクロエに目覚まし時計についての、細かい説明を紙に書いて渡した。
電池を入れないと動かないと言うと、クロエは電池の仕組みを詳しく聞いてきたが、私にはわからず申し訳なく思った。
実は、家を出る前に、持ち出すと面倒くさい事になるだろうと思い、電池は外して置いてきている。
だが、クロエは電池に変わる何かを見つけるつもりのようだ。魔法のある世界であれば、電気の魔法で簡単に対処できそうな気もする。
クロエから、契約書の控えを渡され、今月の分だと、40万ラルを貰い、挨拶をして店を出た。
店を出て2.3歩ほど歩いた辺りで、「レイル様」と私を呼ぶクロエの声がした。
振り向くと、クロエが手に何かを持っている。
薔薇の花の模様が彫られた、美しい銀色のブローチだった。
「もし、今後困った事がありましたら、このブローチを見せてください。意思疎通ができる相手で、オルカラ王国の国民であれば引き下がるはずです。では、お気をつけてお帰りください」
クロエはそう言って、にっこり笑い、頭を下げた。
あんなに簡単に頭を下げても良いのだろうか。クロエは恐らく貴族。貴族というと、頭を下げられる側のはず。そんな人に頭を下げられるなんて恐れ多い。
そして、このブローチ。
どこからどう見ても高級品だ。絶対に失くすわけにはいかない。
私はクロエからもらったブローチをバッグに入れ、
「ありがとうございます。では、何かあった際には活用させてもらいますね。また来ます」
と言い、また歩き出した。
「それにしても、さすがご主人様です! あの笑わない事で有名な店主が笑っていましたよ! ルルはあの店が、笑わない店主がやっている、隠れた名店と言われているのを聞いて、ご主人様をお連れしたのですが、大正解でした! ご主人様は人を魅了する能力があるのかもしれません!」
ルルは興奮ぎみに話している。
「絶対私じゃなくて、異世界の時計のおかげだけどね。時計がきっかけだとしても、クロエとの縁が出来たのはありがたいよ」
これに関しては本当に幸運だった。
私は立ち止まり、空を見上げた。
空は綺麗に晴れ渡り、ぽつり、ぽつりと雲が浮かんでいる。
時星は……あれか、と思った瞬間、誰かが私にぶつかった。
「ご主人様!」とルルが叫ぶのが聞こえる。
このままじゃ倒れる……と思いぎゅっと目を瞑った。
すると、体をグッと引っ張られる感覚があり、止まった。どうやら私は倒れないで済んだらしい。
「大丈夫か? ごめんな。俺、急いでてさ、ぶつかるつもりはなかったんだ。怪我してないか? どこか痛いところがあったら教えてくれ」
恐らく同年代の男の子だった。濃いグレーの髪に、金色の瞳。これ程の美形がいるのかという程に整った顔をしている。
そして、私はその美男子に抱き抱えられている。
「漫画みたい……」思わず声に出た。
言った後に我に返り、男の子から離れた。
「私が急に立ち止まったのが悪いんだよ。どこも痛くないから大丈夫。あなたも怪我はない?」
と聞くと、
満面の笑みで、
「俺は大丈夫。完全に俺の前方不注意だ。申し訳ない。今日は急いでいるからもう行くけど、もし時間が経ってから痛みが出たり、俺を許せなくて殴りたくなった時は大声で俺を呼んでくれ! すぐに駆け付けるから!」
と言って立ち去ろうとした男の子に、
「あなたの名前知らないんだけど!」と言うと、
「俺の名前はアーク。君の名前も聞いても良いか?」
爽やかな笑顔で聞き返してきた。
「私はレイル」
「レイルか。かっこいい名前だな! 俺の事はアークって呼び捨てにしてくれ! 俺もレイルって呼ぶから!」
とすごい速さで距離を詰めてくる。
今まで同年代の人と話す事がなかったから、こういうやり取りはすごい新鮮だな。この先友達になれたりするのだろうか。
私は嬉しくなり、笑顔で
「うん。よろしくね、アーク」
と言うと、アークの背後で爆発音がした。
あれ…………………?まさか……………………!?
「ご主人様!眼鏡が地面に落ちています!」
ルルが焦った様子で眼鏡を拾い上げた。
アークは呆然と立ち尽くしたあと、
「レイル、君はもしかして……」
と何かを言いかけていたが、私はここから離れないと大変な事になると思い、ルルから渡された眼鏡をかけ、ルルの手を引き、全力で走った。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
時星も見ず、買い物もせず、家に帰り、すぐにベッドに飛び込んだ。
たぶん凄い威力だった。目の前にあった建物は絶対に壊れている。誰かに当たっていたらどうしよう。
私は布団にくるまりながら震えていた。
この力が怖い。
この世界にきてから威力の上がり方がおかしい。魔物の前に国民に危害を加えてしまうかもしれない。
私を心配しているのか、ルルが部屋に来た。
「ご主人様。大丈夫ですか? 気にされているかもしれないのでお伝えしておきますが、被害者はいないですよ。ルルは周りの建物、生物の位置を正確に把握できるので間違いありません! ちなみに、ほとんどのお店は、魔法使いによって結界が張られているので、どこも壊れていません!安心してください! 」
ルルの明るい声が布団の外から聞こえた。
結界……あったんだ……良かった……。
私は安心して、力んでいた体の力が抜けた。
布団から出て大の字に寝転がる。
「はははっあはははははははっ」
笑いが込み上げる。
さっきまでの恐怖と今の安堵の、[天と地]程の差。
私は、誰も傷つけなかったんだ。
「ありがとう、ルル。安心した。もうこの街にいられないんじゃないかと思った。でも、結界があったとしても、驚かせてしまったお店の人には謝りに行かないとね」と私が言うと、
ルルは
「それはやめた方が良いと思います!今頃何があったのかみんな気になっているでしょうし、今、ご主人様が出て行って、あの爆発を起こしましたって言うとややこしいことになるのは確実です! ここは素知らぬフリをして過ごしましょう! 大丈夫です! こういう何の被害も出ていない場合は、事故で片付けられますから!」
といって悪い顔をした。
そんなに適当で良いのか。まあ、あの状況じゃ何も証拠は残っていないはずだから仕方ないか。
それにしても、アーク。絶対に直撃だった。
あの一瞬の不意打ちのような攻撃を避けた?
いや、普通に考えてあれは避けられるものではない。
ビームのように光線が目に見えるような、優しいものではないし、何も無いところがいきなり爆発したように見えたはずだ。
アークがたまたま絶妙なタイミングで動いた途端に発動したのだろう。
これは強運という他ない。
もしかしたら、私はあの、人懐こくて、優しい男の子を殺してしまっていたかもしれない。
もう二度と家以外で眼鏡は外さない。眼鏡が外れた事に気付かなかっただなんて、何かが起こってしまったら、ただの言い訳にしかならない。
まずは、この力をコントロールできるようにならないといけない。
明日は朝から家の中に的でも作って、威力と飛距離の調節ができるよう練習をしよう。
「証拠が残っていないのは良かったけど、黙っているのは心苦しいな。もし現場を見ていたとしても、まさか、笑った事により爆発が起こったなんて誰も思わないよね。今更だけど、変な能力」
私は落ち込みながら言った。
ルルは
「そもそも『神力』を持って生まれる人なんていないんですよ。稀に見る等ではなく、本当にいないんです! 史上初なのですよ! 正直、ルルにもルルの父にも、なぜ、ご主人様が笑った時にだけ力が発動するのかはわからないんです。わからないのですが、本当に本当に凄いことです! ルルはご主人様が『神力』を持って生まれたことを誇っていただきたいです」
と言うと、自身を落ち着けるためか、深呼吸をした。
相変わらず、すごい熱量で話してくれる。
神力がすごい力なのは、もうなんとなくわかっている。私以外に使えるのは神様だけだとルルが言っていたから。
笑顔は女の『武器』だと言うのに。
私のは武器の範疇を超えている。私にとって、私の周りにいる人々にとって、私の笑顔は『兵器』だ。
こんな私を受け入れてくれるのは、ルルだけな気がする……。
「ルルはすごく褒めてくれるね。私ね、異世界に来たら、この大嫌いだった力を好きになれるんじゃないかと思ってた。でも、威力はすごい事になっているし、眼鏡はずっとかけていないといけないし、何より、女の子としての人生は諦めないといけない」
私は泣きそうになるのを必死に堪えた。
「今日だって、アークが偶然動いて照準が外れなければ、アークはいなくなっていた。本当にこの力が怖いよ……」
そう言いながら、私は涙目になっていた。
「避けてましたよ?」
ルルは不思議そうに言った。
「何の話?」と私が聞くと、
「あのアークという少年、ご主人様の神力を見て、避けてましたよ?」
ルルはまたも不思議そうに言った。
あれを?避けた?いやいやいや。無理でしょう。
なんかこの流れ……デジャヴを感じるような……。
私の力は目に見えるものでは無い。私にすら見えないのだ。たまたま出会っただけの少年が避けられるような代物ではない。
アークは、偶然何かに気を取られて違う方に動き、たまたま、神力を避けられただけにすぎない。
でも、あのルルがそう言っている。ルルは物知りで、普通の人間にはできないような事をなんなくやり遂げる、完璧超人だ。
人ではないらしいから、当たり前かもしれないが、私はすでにルルを結構信頼している。
私は、ルルにまた聞き返した。
「普通の人間が神力を察知して避けたって事?そもそも神力って見えるの?もし、避けられる人間が存在したとして、反応できるものなの?」
疑問しか湧かない。
「ルルもびっくりしましたよ!ご主人様もお察しの通り、普通の人間には絶対に無理です!そして、ルルが見た限り、あのアークという少年はただの人間でした。今日の父への報告は荒れそうです」
ルルはニヤッと笑った。
そういえば、アークは私に何か言おうとしていた。私は怖くなって全力で逃げてしまったけれど…。あの時何を言おうとしていたのだろう。
また、アークに会えたら話を聞こう。




