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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第五章 Every Single Night
59/138

Every Single Night(18)

(1)


  木の枝が、パチパチと炎で爆ぜる音が鳴り渡る。

 その音は徐々に三人の周辺まで押し寄せ、バチィッ!と一際大きな音が鳴ると火の粉と黒煙が風に舞って流れてくる。

 エドガーの、ヤスミンを抱える腕に力が籠っていく。

 くっと喉を絞るような呻き声を漏らすとエドガーはロミーに背を向け、ハイリガーの居城が位置する方向へ猛然と駆け出した。


「准尉、待って!ロミーを置いて行っちゃダメ!!逃げるならあの子も一緒に連れていってよ!!」


 エドガーはヤスミンの訴えを無視し、炎の隙間を潜って脱出を試み――、かけたところで、ロミーが仕掛けた爆炎が背後から襲い掛かってきた。

 寸でのところで身体を横へと大きく逸らし、あわや炎の塊に飲み込まれるのは避けられたもののバランスを大幅に崩したせいで、ヤスミンを抱えたまま転倒してしまう。

 エドガーが転倒した弾みで地面へと投げ出されたヤスミンは堪らず悲鳴を上げる。

 うぅ、と呻きながら地面に手を付き、身を起こそうとしたヤスミンの表情が、凍り付く。


 舞い散る火の粉と共に、ロミーが下生えの草を踏みしめては二人の傍までゆっくりと迫っていたからだ。


 陽炎のように揺らめき、今にも消え入りそうな儚さ。

 それでいて、悪鬼の如き邪悪な気を放つロミーに向かって、上体だけを起こしながらエドガーは銃を発砲した。

 だが、ロミーに当たるよりも先に、銃弾はロミーが発動させた炎に飲まれては地へと落とされていく。


「准尉、止めて!」

 慌ててヤスミンは、銃身を握るエドガーの右手に縋りついては発砲するのを止め立てる。

「おい!手をどけろ!!」

「お願い!!ロミーを撃たないで!!」

「あのチビッ子に狙いをつけて撃つ気はねぇよ!!あくまで威嚇射撃だ!それよりも……、俺が発砲する間に、お前だけでもここから逃げろ!!」

「えっ……」

 銃口をロミーに向けたままエドガーは地面に片膝をつき、顎を突き出して城の方向を指し示す。

「早く行けよ!!」

「嫌よ!!ロミーだけじゃなく准尉まで置いて行くなんて、私にはできない!!」

 ヤスミンは壊れた玩具のように、頭を横に大きく振り乱しては反発する。

 白い頬を紅潮させ、青紫色の瞳には薄っすら涙が光っている。

「お前を死なせる訳には行かねーからだろうが!言う事聞けよ!!」

「だったら、私が水属性の魔法で火事を消し止めてみせるわよ!!」


 ヤスミンは大声で啖呵を切ると、銃身を抑え込んでいた手を離して立ち上がる。

 雨を降らせる魔法は随分前に、一度だけハイリガーから教わった。

 媒介の日傘もなければ魔法陣を描く時間もないし、正直詠唱もうろ覚えだ。

 でも――、やるしかない。


 全身を小刻みに震わせ、対峙するヤスミンと、片膝立ちでヤスミンを見上げるエドガーを、ロミーは「馬鹿みたい」と嘲笑い、何度目かの詠唱を口にする。

 先程と同じく爆炎が発生し、二人を飲み込もうと襲い掛かってきた――


 絶体絶命の窮地の中、ヤスミンは咄嗟に水属性の魔法から防御魔法に詠唱を切り替えるも、一瞬の遅れで間に合わず爆炎が二人を直撃――する、まさにほんの直前。

 眼前が虹色に光り輝くと同時に周囲が薄緑色に光り輝き、爆炎を弾き返したのだった。

 明らかに自分ではない、別の誰かが張った防御結界に護られる中、その誰かの背中に庇われているヤスミンは再び強い衝撃と動揺に見舞われていた。


 発動された防御結界の僅かな風圧に流される、艶やかな長い黒髪。

 結界の光に照らされる、雪よりも白い肌。

 横顔からでも見てとれる、儚げな美貌。


 全く思いも掛けない、意外過ぎる人物による加勢。

 衝撃を受ける余り、この場で固まるヤスミンだったが、立ち上がったエドガーが銃口を構え直す音を聞きつけハッと我に返る。


「准尉!撃っちゃダメ!!」

「指名手配されている凶悪な魔女だぞ!?」

「でも……、私達を助けてくれたわ!!」

「助けた振りをして罠かもしれないだろ??」

「やめて!この方は……、私のママなの!だから……」

「……ごちゃごちゃと煩いわね。この娘の言う通り、貴方達には何もしないわよ」


 シュネーヴィトヘンは片手で防御結界を張り続け、もう片方の手に握るワンズを掲げて詠唱する。

 掲げたワンズの先端から上空へ、青白い閃光が流線を描きながら放射され――、半瞬後には夜の帳が唐突に降ろされたように青い空が黒い闇に覆われた。

 何事か起きたのかと、ヤスミンとエドガーだけでなく、ロミーまでもが一斉に上空を見上げると――


 ゾルタールの街を覆い尽くす程の体長を誇り、鮮やかな青い鱗に覆われた超巨大水竜が出現していたのだ。


 水竜は表皮と同じ色の髭を靡かせ、口を大きく拡げて真っ青な長い舌を突き出す。

 舌と同じく真っ青な咥内から、上流から下流へ流れ落ちていく滝の飛沫の如き大量の水勢が、黒い森へと噴射されていく。


「きゃぁぁああ、冷たい!!何なのよぉ……!!」

 防御結界が水を弾いてくれるためヤスミン達三人は身体を濡らさずにいたが、防御魔法を使えないロミーは可哀想な事に全身がびしょ濡れとなってしまった。

「もう、やだぁぁー!!びしょびしょで寒いし気持ち悪ぃぃぃ!!」

 駄々っ子のように手足をバタバタと大きく振り回し、小さな濡れ鼠と化したロミーは泣き出し、その場でしゃがみ込んだ。



 容赦なく降り注ぐ水勢にすっかり気を取られ、ロミーが炎を発動させる気力を失っている間にも黒い森を焼き尽くそうとしていた炎は徐々に鎮火されていった――







(2)


 炎を粗方鎮火させた後、シュネーヴィトヘンは超巨大水竜を一瞬にして消失させた。

 まだ残り火がそこかしこで燻ってはいるが、その内自然と消えていくだろう。

 成す術もなく状況を見守るより他がなかったヤスミンは、改めて周囲の様子をぐるりと見渡してみる。


 焼け焦げた木々は煤で黒く変色し、すっかり身を細らせてしまった。

 黒く痩せた枝の先を伝い、大粒の水滴がぼとん、ぼとん、と落ちていく。

 煤に塗れて黒くなった葉は千切れ、ハラハラと風に流されて地に落ちていく様が何とも哀れに見えて仕方がない。

 絵の具で塗ったような、はっきりとした美しい青空の下だからこそ、大部分が焼け野原と化した森の惨状が非常に痛ましく思えてくる。

 原因の元であるロミーは、相変わらずしゃがみ込んだまま俯き、ぐずぐずと鼻を啜って泣いている。


 胸が痛くて堪らない。

 ヤスミンは目を伏せ、焼けてしまった森からも泣いているロミーからも視線を逸らす。 

 その時、自分達を囲んでいた薄緑色の光が、ふっと消失した。

 それが合図かのようにヤスミンは顔を上げ、自分の前に立つシュネーヴィトヘンの背中におずおずと語り掛けた。


「あの……、マ、マ……」

「…………」

「守って、くれて……、ありがとう……、ございます……」

「…………いらないから捨てた子にママなんて呼ばれたくないわ…………」

「……え……」


 シュネーヴィトヘンは背中を向けたままヤスミンを拒絶する。

 ショックを受けて固まるヤスミンを気に留めるどころか一切見向きもせずに、ロミーの元へと足早に近づいて行く。


「私はこの娘を連れに来ただけ。この娘が貴女達と一緒になって焼け死のうとしたから、止めに入っただけの話よ」

 ロミーのすぐ傍に立つと、シュネーヴィトヘンは一言呪文を唱える。

 すると、しゃがんでいたロミーは意識を失い、横倒しで地面へと倒れた。

「待って……!ロミーに何を……!!」

 悲痛な声で叫ぶヤスミンと無言で銃口を構えるエドガーを、ここで初めてシュネーヴィトヘンは振り返った。

 二人を見透える黒曜石の美しい双眸は、無感情で怜悧な光を宿らせるのみ。


「貴方達はさっさと城へ戻れば??」

 冷たく言い放つと、シュネーヴィトヘンはワンズの先端を素早く二人に差し向け、詠唱する。

 たちまち二人の身体は虹色の光に包まれ――、この場から消え去っていく。

 二人の姿が消えるのを見届けるとシュネーヴィトヘンは地に膝をつき、気絶するロミーをそっと抱き起こそうとする。


「…………これでいいのよ…………」


 長い髪で顔が隠れているため表情は確認できずとも、微かに震わせた声色が彼女の心中を表していた。


『何と素晴らしい!!やはり、母親というものはこうでなくては!!!!』


 シュネーヴィトヘンの隣が虹色に強く光り輝き、盛大に手を叩く音と大仰に称賛する声が光の中から響いてくる。


「……本気でそう思ってるのかしら??」

「えぇ、勿論ですよ、リザ様」

「だったら、ヤスミン――、娘――、には、これ以上手出ししないで頂戴。ロミーという娘の身柄は確保したのだし」


(無理だというなら、刺し違えてでもこの男を……)


「別に構いませんよ。貴女の娘を手中に収める以上に面白いものが沢山見れましたから」

「…………」


 あっさりとシュネーヴィトヘンの言葉に従おうとする男、もとい暗黒の魔法使いイザークは、口元を歪めてニヤニヤと笑う。

 地に横たわるロミーと、膝をついて見上げるシュネーヴィトヘンを。

 見下ろされるのが癪に障ったのか、すっと立ち上がったシュネーヴィトヘンは不信も露わに彼をじっと見返した。


 青空と、佇む二人の間を、風に流された黒い灰が擦り抜けていく。

スラウゼンでの虐殺に終止符を打った、アストリッドによる超巨大水竜の召喚魔法。

二十四年の時を経て、ロッテが同じ魔法で娘を救う事になるとは彼女自身思いもかけなかったでしょう。

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