Burn the Witch(18)
(1)
受話器を机上に叩きつける上官に、計画は失敗したと悟る。
怒髪天をつく勢いの上官は鼻息荒く、電話を床に叩き落とした。
物に当たり散らすなど何とみっともないことか。
激高し、感情的な行動に走る上官にも、耳障りな物音にも顔を顰めそうになるのを堪える。
最も、あの男への報復ゆえに、計画に加担した己も同じくらい、否、それ以上に愚かだったと気付かされる。
彼が掲げる理想のせいで父は死んだも同然。
せめて、あの東の女狐が火炙りにされれば、まだ溜飲を下げられたのに。
(叔父上はどこまで魔女どもに甘すぎるのか……!)
幼き頃は軍人でもありながら魔法も使える叔父に、ユリウスは強い憧憬を抱いていた。
叔父に関わるのを、あからさまに嫌がる父の目を盗んでは時折、魔法書を見せてもらったり、剣の稽古をつけてもらったものだ。
だが、成長するにつれ現実が見え始めた頃、父と叔父との間の確執理由が理解できるようになってきた。
叔父が掲げる理想は余りに青臭く、甘い戯言でしかない。
現に、国防を任せていた魔女の四分の三が反逆行為を犯したではないか。
それなのに、何故まだ魔女どもの力に縋ろうとするのか。
父は国軍一の防衛力を誇る軍として東方軍を育て上げた。
対する叔父は、所属していた東方軍から追放という形で南方軍へ転属させられた。
父から再三、戦場での魔法を禁じられていたのに、命令違反を犯して発動させたというのだから呆れるしかない。
軍人の癖に魔法の力に頼るなど情けない。
(情けないと言えば……、クレヴィング少将閣下も同じか、それ以下か)
少し落ち着いてきたのか、電話を拾い上げて壊れていないか確認する様もまた何とも情けない。
クレヴィング少将は過激派ではあるが日和見なところもあった。
軍人嫌いとかいう元北の魔女に代わり、親交を持った元軍人の従僕をいたく気に入ったあげく、北方軍の一部の指揮権及び発言権まで与えたのだ。
その従僕が主と国を裏切ったと知るや一転、魔女への憎悪をじわじわと募らせていったらしい。
元北の魔女達によって芽生えた、魔力を持つ者への不信感は日を追うごとに膨れ上がり、数か月前の上層部会議で半陰陽の魔女に詰られ、あまつさえ反逆罪を犯した魔女達は全員、極刑ではなく無期懲役刑。
その内二名は、黒水晶化させられて埋められた暗黒の魔法使いの監視という名目で、釈放されてしまった。
そこまでして魔女どもの肩を持つのか。
図らずもクレヴィング少将の怒りは、不敬ながら彼にも嫌と言う程共感できた。
厳格な軍人だった父を女の色香で惑わし、反逆を唆しただけでなく命を奪った元東の魔女が、のうのうとまだ生きていることが、ユリウスには到底許し難かった。
あの女のせいで父の名誉と誇りは著しく傷つけられ、残された家族は国民から後ろ指をさされて生きざるを得ない状況。
ユリウス自身も卒業目前になって士官学校を退学――、叔父の計らいで退学は免れ卒業できたものの、配属先は北部――、本来、彼の成績ならばあえて希望しない限りは配属されることのない僻地――、だった。
同僚や上官から冷ややかな視線を浴びせられ、ぎこちない態度を取られながら、腐ることなく職務を淡々とこなす日々を送る中。
ユリウスの働き(と血筋に)を気に入ったクレヴィング少将が自らの直属の部下へと任命してくれたのだ。
そして、中央に転属させた元北方兵、地下で軟禁している緑竜を利用した反乱計画を打ち明けられたのだった。
『ギュルトナー元帥を亡き者にした後、君――、ユリウス・ギュルトナー少尉を後継者にするつもりだ。そうすれば、あの東の女狐も元北の魔女にも各々ふさわしい制裁を加えられるだろう』
しかし、計画はことごとく失敗に終わってしまった。
上官に気付かれないよう、こっそりと溜め息をつこうとした時だった。
『まだ完全に失敗した訳ではないと思いますよ』
「何奴!!」
ユリウスは慌ててホルスターから拳銃を抜き放った。
怒りに全思考を支配されていたクレヴィング少将も、我に返り慌てて銃を手に取る。
二人の間に割り込むように、床から天井に掛けて虹色の光が、螺旋を描きながら立ち昇っていた。
(2)
「異変は何も起きないじゃないか!」
男はまた一本煙草を地面に放り投げる。
漆黒に染まる宙を低く飛ばされた後、足元に転がる吸殻の仲間に加わった。
灰と一緒に先端に入り混じる残り火が、ジジジッと蟲の声のような音を立てる。
忌まわしそうに爪先で踏みつけ、土に擦りつけて消火する。
「これで貴様らが我々を謀っていたのが証明された」
男の目に殺気が宿り、ギラギラと眼を光らせる。
夜闇の中であってさえ、異様なまでの強い眼力にエヴァとヘドウィグの背を、冷や汗がすぅと伝っていく。
周囲の視線を巡らせれば、彼女達を取り囲む男達も同じ目をしていた。
このまま、彼らの手であえなく銃殺されてしまうのか。
しかし、男達の内で一人だけ、たった一人だけが輪の中から外れ、施設の門扉へと向かっていくではないか。
誰一人咎める者もいないのがまた、別に不安を駆り立てる。
輪から抜け出した兵士は、三分も経たない間に戻ってきた。
けれど、彼が手に提げたモノを見るなり二人は再び身を捩って叫び(布を噛ませられているので、相変わらず言葉になっていないが)、必死に抵抗を示しだす。
二人の抵抗の動きで木杭はぎしぎし揺れ、細かい木屑がぱらぱら零れていく。
そんな二人を、見世物にされる奇形動物でも見るような目で、兵士達はにやにや笑いながら眺めていた。
「あぁ、そうだ。元北の魔女はともかく、放浪の魔女。貴様はこいつを匿っていただけであって、表立って反逆行為をした訳ではなかったよな。貴様だけは見逃してやってもいいぞ。ただし」
新たに咥えていた煙草を指に挟み、男はわざと煙をヘドウィグに吹きかける。
他の者達が浮かべるにやにや笑いと似ている様で、こちらの方がもっと悪意に満ちた笑い方だ。
「貴様はなかなかのいい女だし、元は高級娼婦だったんだろう??」
男は煙草を咥え直すと左手で何かを握る形を作り、右手で二、三度擦ってみせた。
その行動の意味するところを察したエヴァは、目線だけで人を殺せるではと思う程の目付きで睨み、噛ませられた布を食い破る勢いで怒り狂った。
対して、ヘドウィグは心底馬鹿にするような目で黙って男を見返した。
「……ほふぁへふぁふふぁんふぁ、ほほふぁひはへ(お前さんなんか、お断りだね)」
「あ、何だって??」
男がゲラゲラと大声で笑い立てれば、吊られて周囲も馬鹿笑いし出す。
エヴァの青白い頬は赤黒く変化し、喚く声が輪を掛けて大きくなっていく。
誰も彼も煩くて敵わない。
おまけに石油らしき臭いが鼻腔を擽ってくる。
思わず眉を寄せるも、何故石油が――、疑問と共に嫌な予感が脳裏を過ぎり――
気付けば、エヴァ諸共に、頭から石油をかけられていた。
長い銀髪とローブはずぶ濡れ。
不快な臭いが全身に染み付いていく。
だが、二人はそんなことに構っていられない程、尋常でない恐怖に襲われていた。
二人目掛けて男が煙草を放り投げたのだ。
瞬く間に火柱が立ち、ヘドウィグとエヴァは炎に飲み込まれた。
黒煙が視界を阻み、呼吸器官を侵す。
塞がれた口では鼻腔から侵入する煙が吐けず、咳き込むことすらできず。
炎が衣服に燃え移り、髪、皮膚が焼かれる苦痛に苛まれる。
眼前では兵士達の笑い声。
狂っている。
狂っている。
狂っている。
いつだってそう。
狂っているのは、我々、魔女ではない。
真に狂っているのは――
『魔女を恐れる余り、無駄に迫害する只人の方です』
「?!」
炎と煙に巻かれて窒息寸前、二人は耳を疑う。
よもや死に近付きつつあるせいでの幻聴では――、と、意識がより朦朧としかけ手放す寸前であった。
真っ黒に焼け焦げた木杭を中心に、炎が真っ二つに割れた。
二人を焼き尽くそうとしていた火もシュゥと音を立て、消失していく。
木杭、だったものに拘束されていた縄は跡形もなく焼け、手錠も炎で使い物にならなくなっていた。
炎は、二人と兵士達の間に壁を築くように燃え滾っている。
何が起きたのか、誰がやったのか――の見当はついている。
しかし、今はやエヴァに治癒回復魔法を施すのが先決だ。
「余計なことはしなくていい!!」
「そう言うな」
ぶつぶつ文句を垂れながらもエヴァは大人しく治癒回復を受けている。
ヘドウィグが顔に負った火傷を気まずげに横目で見ながら。
知らぬ振りを決め込み、火傷を治したから次は焦げ付いた髪でも、などと考えていると。
炎の壁から闇よりも黒い影が大きく伸びたのだ
影は瞬速で竜の形へと膨れ上がり、甲高い声で咆哮した直後――、上空から赤い光と禍々しい気配が一緒にこの地へ降り立とうとしていた。
「エヴァ!お前さんだけは逃げろ!!逃げて、アストリッド達にこの状況を伝えるんだ!!」
「貴様!何を言うか?!」
ヘドウィグはエヴァを強引に突き飛ばし、口早に詠唱。
エヴァは、全身に纏わりついてくる虹色を払いのける仕草をしてみせるがその程度で消える筈もなく。
最後に、爆発の衝撃と入れ替わるように、シュネーヴィトヘンの独房へと転移させられたのだった。




