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嫌悪感のある既視感

消えた、

 トゥーイの方から先んじて要求されたことに対応し始める。


「…………」


 無音のままに自らの衣服、首の近辺部分をまさぐる。


 その間、信号機が一時停止から歩行を許可する色合いを明滅する。


 ルーフとトゥーイを含めた一行が、信号機の許可に従って進む。


 進んでいる間にトゥーイの首元が、彼自身の指によって露わになった。


「あー………、うん。なるほどな……」


 なるほど確かに青年の首元、ちょうど厚手のレインコートっぽい上着に隠蔽されて見えなかった地点に、あまり大きくない機械らしき物体が光っていた。


「ずいぶんと小さいな」


 ルーフの感想にトゥーイが返事をする。


「小ささには胸の中に麻痺する」


 図らずしてメイが興じていた遊戯をならった格好になる。


 しかしルーフはとてもじゃないが笑える気分にはなれず、妹のように軽やかにコミュニケーションを摂るどころか、沈黙のままに道具をじっと観察することしかできなかった。


 横断歩道、白と黒のコントラストの上で少年の観察眼が青年の首元をまさぐる。


 道具は小さな、いささか小さすぎるのではないか。と思うほどのサイズしかなかった。

 

 金属の組み合わせによって構成されているように見えるそれは、青年の首をぐるりと囲む。

 アクセサリーと言えば、それなりに納得できる洒落っ気は僅かながらにあるかもしれない。


 でもどうしても、無機質な輝きを放つその首輪には愛玩動物が飼い主によってつけられるそれと、切り離せない親近感を醸し出している、ような気もする。


 つまりの所その道具は青年に全く似合っていなかった。

 自分の事を棚に上げるようで悪いが、まったくもってセンスが欠落しているようにしか見えない。


 道具にセンスを求めてどうする、何か意味があんのか?

 そう問われれば何にも答えることが出来ないが、しかしルーフはそう思わずにはいられなかった。


 道具の確認、横断歩道を渡りきるより先にその目的を達成してしまったルーフは、言葉もなく視線をさまよわせる。


 そしてなんとなく理由もなく視界は首の上、顎の上、頬を通り過ぎて青年の眼球が収められている場所へと注がれることになる。


 今まで走ってきて、こうして横断歩道を歩いている。

 その間ずっとトゥーイはキンシからの命令を律儀に守り、ミッタをその腕に抱え続けている。


 ようやく呼吸やら心臓の動機などから回復し始めている自分とは異なり、トゥーイは未だに呼吸を乱す気配がなく、それどころか生き物らしい吐息の音すら聞こえるか聞こえない程の希薄さがある。


 人間らしい、生き物らしい呼吸をしていない青年。


 最初から今まで一貫している、変更の兆しがないその異物感はずっと、そしてこれからもルーフの心を不安に指せる期待に満ち溢れている。


「…………」


 そこで、もしくは元々なのか、少年の視線に反応したトゥーイが彼と目を交わす。


 横断歩道はあと数歩で終了する。


 その短い、瞬間的な時間の中で不意に相手から瞳孔の方向を差し向けられた少年は隠蔽する暇も与えられずに、露骨に肩をびくりと震わせた。


 赤色じみた明るい色彩の目玉と、同じく赤系統の奇妙な色合いの眼球が一秒にも満たない時間の中で互いを固定し合う。


 時計が針を進めるよりも早く、ルーフはトゥーイから視線を大きく外す。


 途端に衣服の下、皮ふが重なり合っている部分からじっとりと嫌悪感のある汗がにじみ出てくるのを感じた。


 ムカデの肢のように細やかに皮膚を撫でる不快感に、ルーフは必死につばを飲み込む。


 トゥーイが、そう呼ばれている青年が自分に向けてきた視線は。


 ………? ……何だったのだろう? ルーフはいくら考えても理解できなかった。


 ただ一つ確実なことをいえるとすれば、彼は決して自分の事を好意的になど考えていないということだった。


 多少なりとも心に他人への許容が認められるならばあって然るべきの、余所余所しく他人行儀ながらも柔らかさのある感情が、それに値する温度のある感情なる者が彼からには全く読み取ることが出来なかった。


 まるで自分がなにか、青年に関係することで悪意ある行動をしてしまったかのような。

 そんな見覚えのない自責に囚われそうになり。


 それと同時に、とルーフは一人思う。


 こんなにも不快感しかなくて、それ以外の感情がまったく一片も見いだせそうにない彼の視線。


 そこに自分は? ルーフはうっすらと認識する。

 

 自分は何故か、彼の視線に懐かしさを覚えているのだと。


 それは昔観たアニメをもう一度見返したり、テレビで眺めたコマーシャルソングを聞き返したり。

 そのようにあたたかく親近感のわく懐古などではなく、もっと別の。


 自身ですら気づけそうにない意識の奥、無意識に直接語りかけてくるような、つまりは上手く言葉に言い表すことすらできない程にうっすらと、だからこと強烈に体を突き抜ける。


 そんな感じの懐かしさを彼は、青年に対して抱きつつあった。


 一体どこから、何故に?

 記憶が確立されている内にはほぼ間違いなく、自分と彼はこの灰笛に来てから初めて会ったはずなのだが。


 もしかして自意識が作り上げられる遥か前、例えば赤ん坊の時に出会ったとか?

 不可解さに耐えきれなくなったルーフは、それっぽく現実的な案を自分で捏ね上げようとする。


 ルーフは魔法使いに質問した。

何も言わずに提供していると思い込んでますね。

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