質問にも答えられない
好きな、
てっきりルーフは相手がまた、下らない取るに足らない妄想で自分の質問をはぐらかすものだと、そう予想して思い込んでいたのだが。
しかし質問されたキンシは何とも言えぬ表情を浮かべ、はぐらかすどころか、
「あー………うん、なるほどね」
どこか生温かさを感じさせる、謎めいた表情を浮かべながら質問内容を噛みしめるように頷いていた。
「確かに、あなたの言う通りです。彼の話す言葉は、初対面の方々が聞いたら首をフクロウのように傾げたくなるものでしょう。意味不明が過ぎてお腹が痛くなるかもしれないですね」
その例えはいささか大げさではあるものの、しかしあながち間違いでもない。
しかし、とルーフはさらに意外に思った。
てっきりこの魔法使いのことだから、青年の話す言葉遣いに対してもあっけらかんといい加減に適当に、日常として受け入れていたものかと。
そう思い込んでいたのだが。
だがそれはどうやら違うらしい。
キンシは歩くのをやめず、周辺への土地勘を研ぎ澄まし張り巡らせたままで、ルーフからの質問に至って神妙な面持ちで答えようとする。
「トゥーさん。いえ、シーベットライトトゥールラインさんはですね………」
キンシは青年のことを呼びやすく発音しやすい愛称ではなく、なぜか無駄に長く言いづらい方の呼び方で呼び始め。
「彼は、言葉を話すことができないんですよ」
さらりと、ごくごく簡単に簡潔に簡素に、青年の言語事情について説明し始めた。
「えっと? なんでも昔の昔、彼が僕らと同じくらいかそれより小さかった頃に、何かしらのすごい魔法を超絶怒涛におっかない女神様にぶっかけられて、それ以降舌がまともに使えなくなってしまったらしい、です?」
「は?」
「そんな感じで、いま彼は魔術道具を媒介にしないと声も発することができなくなっている状態で、だからあんな感じにしか話せないのです」
「………は?」
前方、道の先にある信号にしか視線を向けず、ルーフの顔を全く様子見ることなく説明を終えたキンシは一人勝手に納得した様子で、
「というわけです、わかりましたかアンダースタンド?」
結局自分一人だけが納得できそうにない、一方的な疑問文で質問を打ち切ろうとした。
「いや、いやいやいや。ぜんっぜんわっかんねーよ、意味不明が乗じただけだぞ」
だがルーフはこれで会話が終わろうとするのを許さなかった。
「お前、まだ変な妄想話を続けてんのか」
今しがた魔法使いの奇奇怪怪な虚妄を味わったばかりの少年は、これ以上はくだらないことに付き合いきれないとでもいうように眼光を鋭くする。
彼の視線にキンシは普通の反応らしくたじろいだ。
「え? いやいや! 妄想じゃありませんよ、僕はいたっていつだって真面目ですよ」
「ほう、だとすればお前はかなりヤバいやつだということになりそうだな」
ルーフからの刺々しい冗談に、キンシは真面目そうに落ち込んでしまう。
「だって、なんというか………、こういった質問をされたのは随分と久しぶりなことでして、僕も理由の内容をだいぶ忘れてしまいまして」
「忘れるって。仕事の相棒のことだろ、そんなんで大丈夫なのかよ」
純粋なルーフの心配に、キンシは記憶の頼りなさを振り払うかのようにあっけらかんと返事をした。
「大丈夫、大丈夫なんですよ。言葉が通じない程度でややこしいことを考えていたら、この場所で魔法使いとしてご飯を食べていくことはできませんから、ね」
魔法使い的ポジティブシンキング。
灰笛流楽観思考。
見ようによっては自分の持ったことのない、新たなる考えとして片づけられる。
しかし割り切って片づけた後に残るのは、塵取りでも回収しきることのできそうにない細やかな違和感と疑問点しかなかった。
そのことに関してはキンシも十分自覚しているらしく、キンシという名の魔法使いは諦めたかのように息を吐いた。
信号機の光るしましまの横断歩道はもうすぐそこまで。
言い訳を述べました。




