検索キーワードはわかりやすく、ハキハキとした声で
閑話休題。
こんな下らないことをウダウダとくっちゃべっている場合ではなかった。
「それで」
特に何の感慨も抱くことなく、当たり前の如く疲れ切っているメイの肉体をお姫様的に運搬しているルーフが、自然な口調でキンシに質問をする。
「お前らの家ってのは、一体どこにあるんだよ?」
いたって普通と見れるルーフの質問。
しかしキンシは、
「ああ………、あー、それはですね………」
簡単に答えられそうな言葉に限って、なぜか視線を明後日の方向に逃がしつつ言葉を濁らせる。
「………なんて言いましょうか、言うべきなのでしょうか?」
「あ?」
何故か家の持ち主であるはずのキンシから、クイズ番組の微妙にテンションの低い司会のように問いかけられたルーフは当然の如き返答をする。
「そんなん、俺が知るわけねえだろ」
当たり前の、あって然るべき返事にキンシはいよいよ顔の渋みを渋柿のように深々とさせる。
「まあ、そうですよね。知らないなら問題ありませんよね、このまま連れて行っても」
一瞬脳裏をよぎった不安を、キンシは秒の内で片付けてしまう。
「でしたら、このまま僕たちについてきてください。なに、ちょっとばかり走ることになりますが、仮面君ならばらくらくお気楽で大丈夫すよ」
そう言いつつ兄妹から視線を外す魔法使いの口が最後に、
「多分、ね」
と呟くのを兄妹は、特に兄の方は決して見逃さなかった。
「オイ、お前。俺達をこれからどんな場所へ連れて………」
新たな疑問点を内側に生じさせかけた兄を、
「お兄さま」
妹がすかさずたしなめる。
「もうこれ以上、何か文句を言えるお暇はございませんよ。ほら、耳を澄ましてください」
彼女の言うことはもっともだった。
つい先程まで遠くの霞でしかなかったはずの警報音が、いつの間にか手に触れてしまえそうなほどに近づいてきていた。
「おっといけない、魔術師の方々がもう此処を嗅ぎつけてきましたね」
キンシは特に何の感想を交えることなく、淡々とした動作でトゥーイに語りかける。
「トゥーさん、質問があります」
「先生、何ですか」
ほっこりと平穏な顔色で良い子に大人しくしているミッタを抱えたままの恰好で、トゥーイがキンシのもとに近づく。
「こっから僕らの住み家まで、なるべく人目にも車目にも飛行艇目にもつかなさそうな、安全な道を検索してほしいんですけれど」
つらつらと当たり前のように青年へ向けて検索を要求するキンシに、ルーフは奇妙さを覚える。
道の検索って………。
人に聞いてわかるもんなのか?
ずいぶんと要求の厳しい検索用キーワードに、ルーフはそんなイリーガルな情報を提示している地図系闇アプリケーションでもあるのかと思い込む。
だが、聞かれた本人であるトゥーイはスマホを操作する素振りを見せるどころか、幼子を抱えたままの姿勢でじっとキンシの事をガン見することしかしない。
「あ、あれ、トゥーさん? どうしたんですか、いつもみたいに早く教えてくださいよ」
三秒ほど間があいたところで、キンシが怪訝そうに違和感を抱く。
それから二秒ほど沈黙した後で、青年の方から魔法使いに要求事項が下された。
「私は今運命の笑いのもと、検索事項が絶対的思考によって行うことが出来そうに。叫びたいのはやまやまですがくるくると拒否します、嫌々ながら」
内容は不可解だとして、しかしルーフにもトゥーイが地図検索をいったん拒否したことは、何となくのニュアンスで察することが出来た。
だいぶ毒されているのかもしれない、少年はあまりそのことを自覚したくなかった。
トゥーイは体の向きを少し変えて、腰のある部分をキンシに差し向ける。
「愛と解っているならばあなたがしてくれることを形として要求します」
南国の文化的ダンスの振り付けのように、青年が魔法使いへ腰をクイッと曲げる。
曲げられた腰の先には丈夫な革製で造られた、成人の手の平より少し大きいサイズのポーチがあった。
何かしらの生き物の生皮を、何かしらの加工をしたことによって生み出された深い色合いの革製品。
同様の素材でこしらえられたであろう、彼の体を捕食中のアナコンダの如く取り巻いているベルト。
それに吊り下げされている蓋付きのポーチは僅かなふくらみと重み、そして青年の腰の動きに合わせてブラブラと揺れ動いている。
何だあれ、財布か?
ルーフが青年の腰にあるそれをまじまじと見るより先に、キンシが小さく溜め息を吐いてポーチに手を伸ばした。
「わかりましたよ……。でも、僕これ使うの苦手なんですよね……」
何のためらいも躊躇もなく、キンシは平然とした手つきでポーチのふたを開け、中から「これ」を取りだす。
ポーチから、それこそスマートフォンのそれを取り扱うのと同じくらい、子供の指によってあらわされたのは。
「? ………文庫本?」
一冊の、鉄国で一般的に、日常的に、常識的に使用されている言語と、特に何の面白味の感じられないデザインが施された表紙カバーにその身を包んでいる。
特に何の変哲もない、広く世間に普及することを重点的に設計された、小型の紙製の書籍が。
魔法使いの右手、指の中でペラリペラリと、インクをたっぷり吸いこんだ紙を震わせていた。




