今はそんなことをしている場合ではないってのに
下らないものです
キンシは自身が可能な限りの礼儀を込め、幼女に詰め寄った。
「お嬢さん、よろしければ貴女のお名前も教えていただけませんか?」
幼女は魔法使いからの提案に少し迷い、そして鼻をクスリと鳴らしながら、
「メイです」
と短く名を教えてきた。
止まぬ、むしろ勢力を増している怒号の海の下。キンシは予想外の欲望と戦っている自分を短く認識していた。
瞬発力の高い、静粛なる欲望。その力はあまりにも偉大で、そして強大すぎた。
気が付けばキンシは手袋を手早く脱ぎ、右手でごくごく自然な動作でメイと名乗った幼女の頭部に、そっと割れ物を扱うような手つきで触れていた。
メイの丸みを湛えた頭部、形の良い頭から生えているフワフワの頭髪は、程よい程度に良く手入れされており、瑞々しい反発をもってキンシの乾燥気味な右手の平を受け止めた。
「うわあ」
桜の花弁で薄く染め上げた絹糸のような頭髪、手の皮膚がそれらの連なりを触覚する。
「ひゃう」
突然なスキンシップにメイが小さく悲鳴をあげる。その声がキンシのなけなしのリミッターを外してしまった。
「んんえーい?可愛いですね。すごく可愛いですね。何ですかこのお方、すんごく可愛らしいが過ぎるじゃありませんか」
キンシは押さえつけられない欲望の元、結構強めな力で幼女のおでこを撫で繰り回した。
「よしよし、よしよし。撫でっこ撫でっこ」
「んにゅう?」
脈絡のない一方的な愛情表現に、メイは当然のことながら強い戸惑いの色を示した。
怪訝の色を瞳に浮かべている。しかしあくまでも敵意が無いことは理解できたのか、キンシの手を拒絶することはしない。
魔法使いの情熱が冷えるまで、されるがままに頭を撫でられる。桃花色の毛先が穏やかな小川のように震えていた。
時間にして二分と足らぬ短時間。しかしその一連の場面を見せられたヒエオラ店長殿にとっては、頭の花が枯れ散ってしまいそうなほど長く、無意味な時間に感じられた。
もはや最少な言葉を聞き取る気にもなれない喧嘩の声、それは悲惨なことにまだまだ止みそうになく、むしろいよいよ本当に店長殿が危惧している事態へと、刻々と迫っているような気さえしてくる。
「えー、そこのお嬢さん方々」
咳払いをして子供たちを現実に引き戻す。
「今はそんなことをしくさっている場合じゃあねえと思いますけれども?」
「あ」
店長からの指摘でキンシは逃走しかけていた我を取り戻した。そして恥ずかしそうにメイから手を引っ込める。
捏ね繰り回された幼女の前髪は、クシャクシャに盛り上がっていた。
説明を他人にするのが、いつまでたっても上手くなりません。
訂正を加えました。




