喧嘩を止めて
他のお客様のご迷惑だってのに
今日も今日とて浮遊機関のノリは絶好調であった。
キンシとトゥーイは自分の足で、ぴょんぴょこ蛙のように飛び跳ねながら食事に向かう。
「トゥーさん、今日は何を食べましょうか?僕はですね、トマトクリームパスタにしようかなって思案していますよ」
キンシがトゥーイに話しかけている。
トゥーイが返事をする。
「先生、私は常時昼を必要とせずに、何を今更なことを?私は何も食べませんよ」
自分は食事を必要としていないこと、そのことについてトゥーイはキンシに主張している。
「まあまあ、たまには食べてみればいいじゃないですか?食事というものは何も…」
そのようなことを会話しながら、魔法使いたちは元気をみなぎらせて食事に向かっていた。
やがて目的地、[綿々]の駐車スペースが見えてきた。針で刺した穴のように小さな、駐車場に二人の魔法使いは足を降ろした。
空を跳んでいたそのままの勢いで、キンシはもう居ても立っても居られないという様子で、店の玄関まで駆け出していた。
「着きました着きました」
キンシは本日の日替わり定食のメニューに思いをはせ、のれんをくぐり扉を明朗に開けた。
客にリラックスさせるための工夫が施された店内、昼時にもかかわらず人があまりいなく、さっぱりとしている店内。
「テメエ!ふざけるのも大概にしろよ!」
そこでは小規模な戦争が勃発していた。キンシ達が扉を開けるなり、若い人間の高い叫び、及び怒鳴り声が耳をつんざいた。
「あああ?! ふざけてんのはお前の方だろうが、このクソガキ!」
もう一つ叫び声。こちらの方は低く、成人を超えた年齢の匂いが漂っている声だった。
キンシ達は扉の向こうの予期していなかった展開に、ついつい呆然と棒立ちになる。
「おいテメエようこの野郎、それが年上に対する態度かって聞いてんだ」
喧嘩を起こしている片方。
年上と自ら名乗る男の方が、唾を飛ばしながら自分より体が小さい相手に食いかかり噛み付いている。
中肉中背の体に明るい色の作業服を着こんでいる、恐らくは近隣の工場で働いている作業員の一人と思われる男性。
「なーにが年上だ、この野郎。大人のくせして礼儀ってものも知らねえのか!」
一方作業員の男性に、彼以上に激烈かつ熱烈に憤然としている子供。まだ二十代、いや十五歳さえも越えていなさそうな少年。
キンシとそう大して変わらない年齢に見える若者。
彼の後姿を見たとき、キンシは状況が呑み込めていない状態の中、どこか冷静な部分で一つの確信をしていた。
ああ彼は、彼は「違う」と。
彼はきっと、灰笛には住んでいない人だと。灰笛とは別の場所に生きていた人、魔法使いに、まだなっていない人。
キンシの中に居座っている魔法的直感がその少年の特異性を、喧嘩の声に掻き消されてしまいそうなほど小さく伝えていた。




