その店に歴史がある?
結構かえりみない
そうと決まれば。
「とにもかくにも食事を摂る場所を決めなくては」
決定権の強いオーギ先輩殿がいないこの状況、議決権の最上位は一応ながらキンシにあった。
「んるるるる」
キンシは喉の奥を鳴らしながら考える
「どうしましょうか、せっかくだからどこか、いつもは入ろうとも思わないオシャンテイなカッフェーで、写真映えするような洒落おつなランチでも」
「先生」
初めての状況によって生み出されつつあるキンシのとち狂いを、トゥーイがはっきりと遮る。
「あなたは知らないのでしょうか?財布の中の環境と枯渇を」
魔法の国と称される灰笛において、いや、灰笛だからこそ、キンシとトゥーイの様な社会経験が花札一枚よりも浅いド新人魔法使いの日々の生活は、地下鉄の線路のように先行きが見えない。
的なことをトゥーイはキンシに説得しようとする。
「我々は魔法使いとして存在して、常日頃から、だからこそ、故に、血肉を削る道でも、節制を心して心掛けなくては、骨を擦り減らしようとも」
彼の首に掛けてある機械が、脳の動きを読み取って音と共に熱を帯びる。
「我々は我々は、私達は」
「あーもういい、もういいですトゥーさん」
機械から湯気が生じる前に、キンシはトゥーイの至極もっともな意見を遮った。
「ちょっぴり冗談を言いたくなっただけですよ、本気で言ったわけじゃありませんってば」
小さじ一杯ほどは本音も混ざっていたのだが、キンシはその本心を可笑しみで噛み潰す。
「欠けています、面白味に著しく」
トゥーイは眉間にしわを寄せて不満をこぼした。
「すみませんでした」
彼の反応に笑みを浮かべながら、キンシはある方向へと迷いなく歩を向ける。
「御ふざけも程々にして、いつもの所へ行くとしましょうか」
この若き魔法使いが言うところの「いつもの所」、それは[綿々]という名の定食屋であった。
そこは波寄区に店を構える和風系の料理、以外ならばとりあえず何でもご提供する、ということを旨とした大衆食堂であった。
ずっと昔から、キンシとトゥーイが事務所で働き始めた日、或いはオーギが魔法使いとして生きていくことを決心した日、少なく見積もってもそれらの時期には既に店は灰笛に存在していた、らしい。
キンシ達と同じ事務所に籍を置く、御年を重ねたベテラン魔法使いの方々が酒の席でへべれけに漏らした情報によるところ、どうやらあの飯屋は百年以上にわたる歴史があるそうな。
それこそ灰笛と言う町が生まれるより前から、現在の店に続く前身たる店が経営されていたとか、いないとか。
証拠もない、所詮は魔法使い同士の戯言に近い噂話。信憑性は限りなく果てしなく低い。
そもそもそんなに歴史があるのに、あるとするならば、どうして何時もいまいち繁盛していないのか。味は確かに美味しい、そのはずなのに。
いやでも、最近チャーハンの味が変わった唐揚げの衣と肉の割合が変わった、店主が世代交代してから。俺はどうにも新店長の味は気に食わねえ。あら私は好きよ彼のトマトパスタ。
等々、等々の貴重なご意見。
そのどれもがキンシとトゥーイにとってはどうでも良いことだった、多分オーギも、そして先輩魔法使いの方々も、誰もまともに気にとめていやしない。
今現在、それとなく美味しい料理をそれなりの値段で食べられる場所が存在してくれる。
魔法使いの方々にとっては、その現実さえあれば十分なのである。
というわけで、二人の新人魔法使いは意気揚々と[綿々]へ向かう。
魔法使いの約束
その一
魔法使いは嘘を、出来る限りついてはならない




