人の感情は難しい
「それでは、荒木さんは犯行を認めて頂き、今後日向ゆきはさん及びYukiさんへの直接接触禁止。また、日向ゆきはさんYukiさんへのインターネット上での接触も禁止。SNS及び動画等でのコメント禁止。日向ゆきはさん及びYukiさんについてインターネット上で触れることも禁止とさせて頂きます。書面を作成しますので少々お待ちください」
「…わかった…」
「会社側の営業に影響が出ていますから、本来なら損害賠償も請求させていただきたいところなんですが…」
「俺が今までゆきはにいくら投げ銭してやったと思ってるんだ!! 100万は超えてるぞ! まだ金とるのかよ!」
「本件に投げ銭は全くの無関係ですね。しかしどうしましょうかね。荒木さん色々仰ってますけど、やったことはれっきとした犯罪なんですよ?」
「……」
「しかし、日向ゆきはさんご本人から、到底許せないけれどファンの方だったのはそうなので、穏便に済ませてあげてくださいと貰っています」
そうなの?
もうこのまま警察突き出しちゃえばいいんじゃないの???
俺が直人を見ると、
「探偵に依頼したタイミングでゆきはさんには事前に聞いてたんだよ。もし本人と交渉するとなった場合どうするかって。もちろんこのまま刑事手続きを続行することもできる。ただ、やっぱりうちの方針としてゆきはさんの意思を大切にしたいからな」
「う、うん…どんな解決がいいのかはわからないんだけど、やっぱり視聴者さんは視聴者さんだから不幸にはなって欲しくないなって…」
「そ、そうなんだね…」
「とりあえずもう少しだけ続きますので聞いてください」
そう言うと三津屋先生は再び再生した。
「ですが、正直これらの契約をしたと言うだけではですね、いくら日向ゆきはさん本人がいいと言っていても見過ごせないようなことなんですよ。それぐらいの事なんです。脅迫は」
「お、おい! 言えばって言ってたじゃないか!」
「なので選んでください。警察に言うか職場に言うか家族に言うか。正直このままあなたを野放しにしておくのは怖いんです。なぜならば刑務所でもない限り、24時間あなたを監視することも、ゆきはさんを護衛することもできないからです」
「しないって! 約束する!」
「でもあなたがそれを破ってゆきはさんに何かあってからじゃ遅いんですよ。わかりますか?」
「だからもう関わらないから!」
「それをちゃんと見ててくれる人が必要なんです。日向ゆきはさんからは穏便にと貰っておりますが、これは彼女ではなく私達弁護士が妥協できるギリギリのラインなんです」
「…」
「警察か職場か家族か」
「……家族でお願いします」
「わかりました。それではご家族とも契約を結ばせていただきますので、ご連絡先をお教えいただいてもよろしいですか?」
三津屋先生はそこで再生を止めた。
「この後お母様のご連絡先をお伺いし、概要をお話しし、無事監督する内容で契約締結できることとなりました。ちなみに、それはもう大層お怒りで、逆に警察に行けと言われていました。最終的には仕事を辞めて実家に帰ることになったようです。それまではお母様が帝都で24時間監視するとのことです」
「今回の場合れっきとした脅迫罪にあたりますし、自宅まで調べているのでストーカー規制法にも引っかかるかもしれません。なので実刑は間違いないかと思いますが、恐らく服役は1~2年程度でしょう。この期間だと、この手のタイプの方は逆恨みする可能性もありましたので、このようにさせて頂きました」
「ゆきはさんからは穏便にと貰っておりましたが、脅迫があった以上いくら契約があったとしても野放しにはできないと私の方で判断して、ご家族と共有し、ご家族に防波堤になってもらうことにしましたがよろしかったでしょうか?」
三津屋先生は直人と直人の親父さんの方を見て言った。
すると直人が、
「問題ありません。ゆきはさんも大丈夫ですか?」
「あ、はい。私もそっちの方が安心ですし、よかったです」
「いまからこれらを提出して刑事事件にすることもできますよ?」
「で、でも…」
「そうですね。ただ、ゆきはさんに今後気持ちよく活動していただきたいですし、バーチャル配信者のファンの人はこう人ばっかりだって思われたくもないので、ゆきはさんがいいならこの着地が理想です」
「う、うん。私もこのままがいいかな…」
「そうですか。わかりました。ではこのままお母様がこちらにいらっしゃるタイミングで契約を締結しておきます」
「ありがとうございます」
「ちなみにメール等ではなく、なんで封書だったのかを尋ねたところ、インターネットだと逆に追われると思ったからとのことでした」
無駄に賢いな…。
まぁ、フリーメールアドレスを提供している会社が、いくら捜査とは言ってもそう簡単に情報提供してくれるとは思えないけど、もし提供されたら多分わかるもんな。
まぁ結局、技術が発達しているのはネットだけじゃないってことでもあったんだけど。
「私達と荒木さんは連絡が取れるようになっていますし、念のためにお母様がいらっしゃるまでの間は探偵事務所に監視をお願いしておりますので、恐らく警戒体制はもう大丈夫かと思われます」
三津屋先生がそう言うと、部屋中の人から安堵のため息が漏れた。
「いやー良かったですね! ゆきはさん! これで元通りですよ!」
「そうですね! 一昨日に不定期になるって配信したばっかりなんですが…」
「まぁ、ほら一瞬不定期になりましたね!」
太田さんが明るくゆきはさんと話した。
「あ、ゆ、湯月くんもありがとう…なんか色々調べてくれたって…」
「あ、うん。おかげでいつも通り凄くはかどってしまいました……」
「あはは。でも、もうないといいな…」
「そうですねぇ。ない方がいいですねこういうことは」
「まぁとりあえず良かったじゃん雪菜! これでまたYukiと動画撮れるね!」
雪菜さんの横に座る莉乃愛がニコニコしながら話しかけた。
「そ、そうだね! 雑誌も!」
「うんうん!」
「おーし! あたしも頑張るぞー!」
「俺は大学生活楽しみたい……」
「あ、直人、多分もう少しで特許通るよ?」
「……俺に休みはないのか……」
そんな直人を見て、皆笑った。
果たして今回の決着の仕方が良かったのかはわからない。
このまま被害届を提出したまま、証拠を提出して、刑事手続きを行って毅然とした態度を見せた方がいいって意見もあるだろう。
しかし三津屋先生が話していたことも現実だ。
逆恨みが全然あり得る。
人の感情って難しいな……。
俺はそんなことを思いながら、その日はひさしぶりに電車で莉乃愛と一緒に家に帰った。




