母さんよりお母さん
あの後、直ぐに斎藤教授と画像を解析して、見事Limeのアカウント名が判明した。
荒木圭人
恐らく本名であろうLineのアカウント名。
これは大きく一歩近づいたに違いない。
牛丼屋さんの、監視カメラの映像を更に解析し、映った横顔から更に精度の高い画像を作成する。
とはいっても、結局元々作ってたのでほとんどあっていたような感じなのだが。
斎藤教授の研究室で昨年作った物みたいだけど、本当にすごい精度だな…。
解析した、本人推定画像とLimeのアカウント名を直人に伝え、直人は弁護士を通して探偵事務所に依頼したらしい。
恐らくここまでわかっていれば、数日で特定できるだろうとのことだ。
やれることはやった。
そう思うと急激に眠くなってきた。
斎藤教授も同じようで、既にソファで仮眠している。
俺もデスクに突っ伏して目を閉じると、直ぐに記憶がなくなった。
「……っくん……」
肩をゆすられて俺は目を開ける。
「あっくん!」
隣を見ると、バッチリ化粧までしている莉乃愛と目が合う。
「り、りのあ…ごめん寝てた…」
「あ、うん、サイトー先生は家に帰るって言って、さっき出ていったよ!」
「そ、そっか…」
「わたしも撮影終わったからもう少ししたら帰るから、一緒に帰ろうよ!」
「あ、うん、そだね…。もうやれることはやったから…」
「おっけー! んじゃ凜香さんに伝えるね!」
そう言うと莉乃愛はスマホを打ちだした。
今何時だ…?
そう思いパソコンの時計を確認すると18時半。
あー!
ゆきはさんの配信見てない!
「りのあゆきはさんの配信見た?」
「うん! リアルタイムは撮影してたから無理だったけど、さっき見たよ! 特に問題な感じはしなかったなぁ」
と、「うーん」と両腕を組んで首をかしげながら莉乃愛は言った。
とりあえず俺も見とこうかな…。
そう思ってゆきはさんのチャンネルの今日の配信動画を再生しだした。
「特に問題はなさそうだね…」
「でしょー!」
「しかしゆきはさんの視聴者さん達も黙ってないみたいだね…」
「なんか特定しに行ってる的なコメントあったよねー」
俺はネットで本件がどう捉えられているのか調べだした。
話題の新興事務所でかつ、最近流行りのバーチャル配信者の事件とだけあって、既に色々なメディアで記事が書かれていた。
ゆきはさんが脅迫されていると公式に発表したわけではないが、配信もあったので被害者は日向ゆきはである可能性が高いとも書かれている。
SNSでは、ゆきはさんの視聴者さん達が、#ゆきは救助隊と言うハッシュタグを使って、対象アカウントを特定したり排除したりしようとする動きを見せていたり、警察宛にすぐに捜査するように署名なんかも集め出したようだ。
「私のチャンネルのファンの中にも、今回の事件起こしたような人いるのかなー?」
莉乃愛は俺の横でパソコンの画面を覗きながら言った。
「絶対とは言えないけど、Rinoチャンネルは女性が多いし、なんなら既にアンチと戦ってる節すらあるから、逆にネットでやりあえる分、ここまで過激な行動する人は少ないかもね」
「そっかー。それならよかったけど、雪菜大変だなぁ」
「女性のバーチャル配信者のファンの人はね…。まぁ投げ銭投げてる額とかもすごいんだろうから…」
「わたし配信やらないから投げ銭の感覚分からないからなぁ」
「まぁりのあは、りのあらしく続けていければいいんじゃないかな?」
「まぁそうだよねー!」
莉乃愛はそう言うと、俺の方を見てニコッとウインクしてソファに向かった。
すると研究室のドアが開き凜香さんが入ってきた。
「二人とも車の準備できたから行くわよー!」
「はーい!」
「お願いします」
そして1日ぶりに家に帰った。
家の玄関を開けると、母さんがリビングから出てきて、
「二人ともお帰り! 大丈夫だった?」
「もち!」
「あ、うん」
「りのあの説明から、やばいってことは伝わったんだけど、詳細がわからないから後で新説明してね」
「了解」
俺はそう言うと靴を脱いで部屋に入った。
すると莉乃愛がひょいっと入口から顔を出して、
「あっくんお風呂に入ること! すぐに!」
「りょ、了解…」
「パソコンつけちゃだめだからね!」
「わ、わかった…」
俺は荷物を部屋に置き着替えをもって直ぐに風呂場に向かってシャワーを浴びる。
そして部屋に戻り、晩御飯だというのでリビングに向かうと、母さんに早く帰って来いと強制されたようで、平日だというのに珍しく親父もいた。
「新、本当に大丈夫なのか?」
「んー、まぁ俺とりのあはとりあえず大丈夫だとは思う」
「一体どういう状況なんだ?」
「まぁ晩飯食いながら、みんな揃ったら話すよ」
そうして莉乃愛も部屋から出てきて全員揃ったところで、俺は概要を話した。
監視カメラから、Limeのアカウント名を引っ張り出して今探偵が探していると言うところまで話すと、ひとまず母さんは安心したようだった。
親父もとりあえず理解したのかビールを飲みだした。
「しかしあれだな。直人くん若いのに随分と対応が早いし、思い切りがいいね」
「あぁ、まぁ立ち上がったばかりの事務所の割には儲かってしまってるだろうし」
「しかし移籍でかなりの金額使ってるだろ?」
「あぁ、まぁそれはエンゲージがなんとかしたのと、後もうちょっとしたら俺と大学教授の先生が一緒に作った特許がアメリカの会社に売れるから、既にその分以上が回収できる算段らしいよ」
俺がそういうと、親父はビールを持たまま驚愕した。
「はぁ?! 特許作った?!?!」
「あ、うん。あれ、言ってなかったっけ?」
「い、いや、知らんが…」
「あれ、そうだっけ。特許作ったんだよこの前。そんでもう売却の契約締結したの。40億ぐらいだって」
俺がご飯を食べながらそう言うと、親父は沈黙した。
「お、お前、なに作ったんだ?」
「ん? 動画の新圧縮形式」
「……そ、そうか…」
「あー! だからあっくん研究員なんだ!」
「そうそう」
「なんか、サイト―先生もすごい人なんでしょ?」
「うん、すごく有名な人らしい」
「サイト―先生って帝工大の斎藤教授か?」
「そうそう。よく知ってるね親父」
「いや、一応前はネット関連の会社やってたからな。顧問してくれる先生探してることあったんだわ」
「あーね。今は非常勤で研究室に来てくれてるんだ斎藤教授」
俺がそう言うと親父は再び唖然として、
「お、お前は何者なんだ…」
と言うと、母さんが、
「あなたの息子でしょ! 何にも相談しなくて事後報告な所とかそっくり!」
「確かに確かに―!(笑)」
そうしてそのまましばらく話して部屋に戻った。
パソコンをつけてネットを見ていると、部屋がノックされたので返事をすると莉乃愛が入ってきた。
「あっくん」
「どうしたの?」
俺はパソコンを見たまま返事をする。
「今回はことが事なので徹夜を大目に見ましたが、いつもはダメだからね!」
俺は莉乃愛の方を見ると、腕を組んでドンっと仁王立ちしている。
「う、うん。わかってる…」
「あとちゃんと食べるように!」
「…はい…」
「お風呂も入るように!」
「…畏まりました……」
「言わないとやらないはダメだよ!!」
「うん…あ、りのあおにぎりありがとね。本当に美味しかったよ」
俺がそう言うと、莉乃愛は少し顔が赤くなって、
「う、うん! そ、それならよき!!! じゃあそういうことだから!」
そう言って部屋を出ていった。
なんだろ…。
おにぎり実はなんか失敗してたとかかな? 普通に美味しかったけど…。
しかしなんだか莉乃愛、母さんよりお母さんみたいだな…。
とりあえず、俺も莉乃愛も今回は事務所に所属している状態で本当によかった。
正直個人のままだったら手に負えなかっただろうな。
莉乃愛の親父さんの件も含めて、Vゲージにはお世話になりっぱなしだな…。
特許は売れたけど、なんかもっとお返ししなきゃな…。
ホログラムディスプレイだな…。
俺はそんなことを思いつつ、再びパソコンで日向ゆきはの件を調べだした。




