あんな人でも
前作をご覧いただいている方が多いかと思いますのでスルーしていただいておりますが、読者様から指摘いただきまして148話割り込みました。本当に申し訳ございませんでした。
「な、ちょっと! 勝手は困ります!」
「はい、ではお願いしまーす! 今から代理人の人に来てもらうので、その人に見てもらいます!」
と莉乃愛がスマホを片手に言った。
「なっ! これは菅谷家の問題なので勝手に代理人とか立てれませんから!」
「あ、いえ、りのあはもう18歳なので、昨年秋の法改正で成人ですから可能ですよね?」
と俺がいうと、ピンポーンとインターホンが鳴った。
莉乃愛が席を立ち勝手に迎えに行き、三津屋さんを中にいれた。
「初めまして、弁護士の三津屋と申します」
と、三津屋さんが入ってきて挨拶した。
「や…安居です…。困りますよ勝手に入ってきてもらっては。不法侵入ですよ?」
「いえいえ、しっかりとインタホーンでお呼び出しさせていただきました」
「これは菅谷家の問題であり、部外者は関係…」
「いえ、私は莉乃愛さんの代理人なので部外者ではありませんよ」
「そもそも、この男の子は完全に部外者ですから!」
と俺を指さしながら言う安居さん。
もはやこうなったら、俺が部外者かどうかってどうでもよくないか…。
「そうですか、りのあさん」
「おっけー、はいスマホ」
「あ、ちなみにこれまでの会話録音させていただいておりますので。冒頭で同席させてもらう旨ご了承いただいていたかと思うのですが?」
「なっ! りのあお前!」
と言いながら莉乃愛の父親が席を立った。
「お座りください。暴力振るわれたりしますと、傷害になりますよ? ちなみに私は新君の代理人も引き受けさせていただいております」
と三津屋さんが言うと、ぐっみたいな声を漏らしながら座った。
「それでお話しはですね、通話でおうかがいさせていただいていたのですが、随分とめちゃくちゃなお話をされていたようですが?」
「な、盗聴ですよそれは!」
と安居さんが言うと、
「えっと、だとすると?」
「違法行為だ! 訴えるぞ!」
「えーーっと、安居さんと仰いましたよね? 本当に弁護士ですか?」
「あ、当たり前だ!」
「では登録番号は? ちなみに、こちらの名刺お預かりしますが、資格を持たない方が弁護士と名乗り弁護士と記載することは違法行為ですからね? あ、ちなみにりのあさんはつい先日エンゲージと言う会社と所属契約を締結しましたので、動画チャンネルはしっかりとした会社が運用しますよ。あ、私そちらの会社様が顧問契約している弁護士事務所の弁護士でもありますので」
と、三津屋さんが言うと、安居さんは沈黙して……
「……。つ、次の予定の時間になりましたので私はこちらで失礼します!」
「え?! や、安居さんそれは一体!!!」
と莉乃愛の父親は言うが、安居さんは鞄を持ってダッシュで出ていってしまった。
ドアがバタンっと閉まって、部屋が静寂に包まれた。
「まぁ絶対弁護士ではないでしょうねー。一応後で警察に連絡しておきますが、まぁ捕まらないでしょうね~」
と三津屋さんが話し出した。
「そ、そうなんですね…」
「盗聴って、言葉は犯罪っぽいんですがね。例えば横の部屋の話し声が聞こえて犯罪になってたら、恐らく大体の人が犯罪者ですよ」
確かに…。
「というか、詐欺だとは思いますが、言っちゃなんですがもっと用意周到な人達もいっぱいいるんですけどね。相手が子どもだからって舐めてたんでしょうねー」
「なるほど…」
「それで雄一さん、私は代理人としてこの場に同席させていただいておりますので、莉乃愛さんの話は大体聞いております」
「…」
「率直に申し上げますと、親だからと動画チャンネルの収益を管理することは出来ませんよ? 既にりのあさんは成人されていますし」
「…」
「この契約書も、本人が知らない明らかに同意していない場合は莉乃愛さんの連帯保証は成立しない可能性が高いですよ?」
「…」
「そもそもこの契約書本物ですか? 相手方はー、代田金融…。ちょっと調べてみましょうか…」
と三津屋さんがパソコンを鞄から出そうとすると、
「か、金がないんだよ!!!!!!!!!!」
と、莉乃愛の父親が大声で言った。
「金がないんだからしょうがないだろ! 莉乃愛をここまで育てたのは俺だ! その恩を返してもらったって悪くないだろ!!!!!!!」
それを聞いた三津屋さんは、
「色々伺ってますが、育児放棄と言われる可能性もある状態ではあったと思いますよ?」
「ぐ…」
「まぁ育児放棄については、ちょっとあいまいな部分があるので言及しませんが、そもそも恩っていうのは感じた人が自主的に返すものであって、与えた側が徴収するものではないかと思うのですが。これは法律の話ではなく道徳的なお話です」
「…」
「お金がないことは分かりましたが、詐欺まがいな方と手を組まれるのはお勧めできません。ちゃんと働くことをお勧めします」
「…」
「しかし、いくら必要なのですか。この際ですからご相談にのりますよ。私はネットで調べてもわかりますが、ちゃんとした弁護士ですよ」
「…………1000万」
「いったい何に使われたんですか」
「……飲み代や生活費……」
いや、働けよ…。
しかし三津屋さんめちゃくちゃ交渉がうまい。
もちろん、莉乃愛の父親が、言っちゃなんだがあんまり考えてないということもあるのだが、逃げ道を無くして相手が飛び出したところに、1本の糸を垂らしてる感じだ。
「ふむ、わかりました、解決できる方法がありますよ」
「ほ、本当か!!!!」
「はい、ただし今から言う条件を全て受け入れてくれた場合の話です」
「じょ…条件とは…」
そう莉乃愛の父親が言ったのを機に、三津屋さんは鞄から1通の書類を出し、説明をした。
お金を渡す代わりに、相続のことや、今後の接触禁止や、三津屋さんとは連絡が取れる状態を維持すること、違反した場合は即刻返済義務が生まれること等、一つ一つ三津屋さんは説明した。
「わ、わかった。そんな条件でいいなら全て飲む」
「莉乃愛さんの為に、関係者の方々が何かあったらと持ち寄って頂いた費用の中でギリギリ収まりそうでよかったです」
「そうですか…」
「はい。それでは正式な契約は公正証書で行いますので少しお時間がかかります。まずは本日の内容をしたためた契約書を準備しますので、この後事務所までご一緒願えますか?」
「わかりました…」
そして俺達はそのまま家を出て、莉乃愛の父親は三津屋さんと、俺と莉乃愛は親父の車で、三津屋さんの事務所に向かった。
事務所に向かう車の中で、
「ねーねーあっくん」
「どうしたの?」
「関係者の方が持ちよった費用ってなんなの?」
「あーあれは三津屋さんがうまく言った感じで、実際は家というか親父から事前にお金の問題になるならって言われてて」
と俺が途中まで言うと、運転する親父が、
「あー、りのあちゃんは気にしなくていいよー」
「でも、1,000万なんて大金…」
「もちろん大金だけど、例えば新が大きなけがをして、りのあちゃんの血をわけてもらえたら助かるって言われたら、りのあちゃんきっといいよって言うでしょ? それと一緒だよ」
「そっか…」
「まぁ今回はそれがただお金だったってだけの話だよ」
「でも…」
「そう思うなら自分が幸せになって、いつかその幸せそうな顔を見せてくれると嬉しいなぁ。りのあちゃんの、未来の為のものだから」
「う、うん……わかった!」
そう話しているうちに三津屋さんの所属する弁護士事務所についた。
弁護士事務所と言っても大きなところなので、超高層ビルなのだが…。
俺達は受付前で待っていると石渡先生が奥から出てきて、なんかドラマで出てくる絵にかいたような大企業の、半透明のガラス張りの会議室エリアを案内され、その一室に通された。
どうも莉乃愛の父親は別室で待機しているようだ。
3人で話しながら1時間ほど待つと、三津屋先生が部屋に入ってきた。
「いやーお待たせしました。とりあえず公正証書は直ぐできないので、後日になりますが、一旦それまでの契約書はできまして、お父様の署名捺印までもらいました」
「よかったです」
「あらかじめ用意していた、全て盛り込んでおいた契約書をほとんど変えずに使えましたので、今日締結できます。一応再度ご説明しますね」
と、三津屋さんが内容を話し、莉乃愛はよくわかってないが、親父と俺が問題ない旨返事し、莉乃愛が署名捺印した。
「ありがとうございます。それでは後は公正証書が完了しましたら、私の方から雄一さんにお金を振り込みますので、お手数なのですが入金のほどよろしくお願いいたします」
「先ほど、既に手続きしておきましたので明日には着金するかと思いますのでご確認ください」
「いやー、本当、もっと用意されてたりしたら結構大変だったんですが、いきあたりばったりに近いぐらいで助かりました」
「まぁわたしの父親だしそんなもんでしょー」
と莉乃愛が髪の毛をくるくるしながら言った。
「ま、まぁ、とりあえず、後は私の方でやりますので、今日は一旦これで終わりとなります。一応今後の接触禁止事項を盛り込んであるので、もしかしたら今日がお会いするのは最後になるかもしれませんが、お話しされますか?」
と三津屋さんが莉乃愛に聞いた。
莉乃愛は少し悩んで、
「じゃぁ少しだけ……」
「そうですか、では皆さんこちらになります。ご案内します」
と三津屋さんが席を立ったのを見て、俺達は席を立ち、莉乃愛を先頭に三津屋さんの後についていった。
「こちらの会議室になります」
と三津屋さんが言い、ノックしてドアを開けると、さっきとは打って変って毒気を抜かれたような感じの莉乃愛の父親が座っていた。
莉乃愛は部屋に少し入ると、
「おとうさん……」
「り、りのあ……」
少しの沈黙の後に、
「感謝なんて全然できないけど、ありがとう。さようなら……」
とだけ言うと、こっちを振り向いて会議室を出ていってしまった。
でも、横を通っていった莉乃愛の目には涙が浮かんでいた。
俺だったらきっと、あんな人に対して何も感じることなんてないのだが、真っすぐな莉乃愛だと、あんな人でも思うところがあるのかな…。
俺と親父は、「ありがとうございました」とだけ三津屋さんに伝え、莉乃愛の後を追った。
受付スペースにいた莉乃愛は、ニコッとして俺に話しかけてきた。
「帰ろう!」
「大丈夫?」
「うん! あれ…あれ……」
そういう莉乃愛の目からは涙がポロポロと溢れていた。
俺は何も言わずに、しくしく流れている涙をコートの袖で拭ってる莉乃愛の背中に軽く手を当てて、そっと押すように車に向かい家に帰った。
車の中で大分落ち着いた莉乃愛は、家に着くと、
「お母さんただいまーーーー!」
と元気に言った。
「はーい、お帰り~。大丈夫だったー?」
「うん! 少し泣いちゃったけどもう大丈夫! すっきりしたし!」
「それならよかったわ~」
と、母さんと莉乃愛は2人でリビングに向かっていった。
「とりあえず親父ありがとう」
「あぁ」
「1000万なら俺出せるけど」
「お前に手も金もかからなかった分を、りのあちゃんにやってるだけだ。気にするな」
「そっか」
「プログラム、頑張りなさい」
「あぁ」
と玄関で親父に話すと、リビングから莉乃愛が戻ってきて、
「お父さん、あっくん! ありがとね!」
とニコッと笑って言った。
少しスッキリしたような表情で笑う莉乃愛は本当に可愛かった。




