可能性
「と言う感じで、なんか社内の事情でお恥ずかしい限りなんですが…」
「なるほどですね。僕の想像をはるかに超える感じで社内がごたごたしてるんですね…」
「そうですねぇ…私も皆に楽しく頑張って欲しいから頑張りたかったんだけど~」
と太田さんは、トホホって感じで苦笑いしている。
「しかし、小平さん異動ですか…」
「そうですねー。もうしっかり移動しちゃいましたし、戻るってことは暫くはないでしょうねー」
「そうかもしれませんね」
「私達もどうなるかー」
「そ、それは困ります!」
と、雪菜さんがテーブルをバンッとしながら言った。
その音で店内の他のお客さんが俺達の方を向いてしまい、雪菜さんは、小さくなって下を向いてしまった。
「あはは、雪菜さんありがとねー! でも、ナナイロも一応会社だからさー」
「そ、そうかもしれませんが…」
「まぁそういうわけだから、記念ボイスとかもやってもらうことになっちゃうわねきっと」
「…わ、私、南さんとやっていける自信ないです……」
「そう言われてもねー。私が出ていって止めると、後からその人たち出てきちゃって余計強行されちゃうんだよねぇ。やりなさいって強制しているわけでもないし…」
これは困った。
本気でどうしようもないやつだ。
ナナイロは会社だし、別にあり得る話だ。
そして別にグループ2の人もコンサルの人も悪いことをしているわけではない。
ゆきはさんの案件や記念ボイス含め、会社の売上を上げるための施策の一つである。
ただ、太田さん達のやり方が間違っているわけでもないとは思うが、後は会社としてどうするかってだけだ。
その答えが小平さんの異動なのだろう。
確かに以前会った小平さんは、配信者を敬う感じではあったし、グループ2の方向性で意思統一はしないと決めた人でもあるのだろう。
グループ2の考え方はなんだか、配信者を扱うビジネスって感じだ。
登録者数はグループ1の配信者の方が多いとは言っていたが、会社は登録者数で業績が決まるわけではないので、グループ2の考え方が間違ってるとも思わない。
「それは困りましたね…」
「そうなんですよー、なんで湯月くんから話をもらった時も、今のこの社内状況だとなぁと思って」
「なるほど、だから勢いがなかったんですね」
「だって、まさかこのタイミングでって!」
「しかし、これは本当に対処のしようがないですね…」
「そうなんですよー。あー私皆が楽しんで配信してくれてるのが好きなんだけどなぁ」
「私もそっちの方がいいです…」
「まぁでも今だけかもしれないし、正直今後どうなっていくかはなってみないとわからないしさ!」
「小平さんの異動が実行されてしまっている時点で、結構望み薄くないですか…?」
「ちょっとー! 折角雪菜さん励まそうとしてるのにー! 現実突きつけないでよーー!」
「あ、す、すいません…でもなんかしら対策しないと、現に既に雪菜さんは困ってきてますから」
「確かにそうなんだけどねー…私達も考えたけど本当手立てがないんだよー。しかも別に売上をあげることは悪いことじゃないしさ」
「そうですが、売上のあげ方の問題ですよね」
「そうだねー。でもぶっちゃけ、案件一杯やった方が売上あがるのは間違いないんだよー」
「そうなんですね」
「たださー、視聴者さんいずれ離れていっちゃうと思うんだよねぇ」
「それでも、売上が絶対下がると証明することもできないですよね。さらに言えば、視聴者さんが離れるかどうかも、なってみないとわからない」
「そうなの…だから本当、どうにもねぇ…」
そう太田さんが言った。
雪菜さんはさっきからずっと下を向いてしまっているが、まぁさっきの「南さんとやっていける自信がない」と言うのが本音だろう。
困ってる雪菜さんをなんとかしてあげたいが、これはもう企業である以上売上をあげなきゃいけないということで、雪菜さんにも少し折れてもらってグループ2の意見を多少聞きつつある程度案件に従事してもらうしかないのだろう。
せめてナナイロが雪菜さんにとって居心地いい会社ではあってくれるようにと願うぐらいしか方法がない。
案件に従事してもらう。
従事。
英語で言うとengage。
俺は1つの可能性を思いついた。
「太田さん、どうにかできるというか、正直かなり難易度ありそうなんですが、1つだけ僕に案があります」
「え、本当??」
「一旦協力してくれるのかどうかちゃんと聞かないといけないので、今日は一旦ここら辺にさせて頂いて、後日ご連絡してもいいですか?」
「え、うん、大丈夫だけど…大丈夫? なんか変なことはしないでね?」
「あ、大丈夫ですよ、ナナイロの社内含めナナイロ周りでは何もやらないので。というかむしろ、そこでやれることはなさそうなんですけどね」
「そ、そっか。とりあえずわかったわ」
「はい、雪菜さんも少しだけ俺に何かできないか動かせて」
「あ、うん…いつもありがとう…」
「いえいえ、ではまぁ今日はそういうことで」
と言って俺が伝票を持って席を立つと、
「いやいや流石に私が払うからーー!」
と、俺の手から伝票をとってレジに向かった。
そして駅への帰り道、
「ど、どうするの?」
「直人に相談しようかと」
「直人くん?」
「うん、一回直人に相談してみないと、そもそもできないかもしれないから、それで大丈夫そうだったら詳細お伝えしますね」
「あ、うん、わかった。湯月くんいつもありがとね…」
「いえいえ、俺はあげはさんにもゆきはさんにもお世話になりましたから」
「そ、そっか…。ありがと!」
そう言って、腕を後ろで組んでニコッと首をかしげながら笑う雪菜さんは本当に美人だった。




