【八代直人視点】芸能事務所の社長の息子
「親父入るぞー」
俺はそう言いながら親父の書斎に入った。
「あぁ、だからこの話夏川にどうかと思ってな。ちょっと本人に聞いてみてくれるか?」
どうも夏川りささんのマネージャーと電話しているようだ。
俺はとりあえず適当に書斎のソファーに座る。
「それじゃあそういうことで…。 あー直人悪いな」
「んー別にいいけどなによ?」
親父はスマホを書斎のデスクに置くと俺の対面のソファーに座った。
「いやな、前に話した動画配信者の部門の件あるだろ?」
「あぁ、アークの配信見て、本格的に考え出したってやつね」
「そうそう。あれから色々社内試行錯誤してるんだけど、やる気がある雰囲気の奴もいるにはいるんだが、どうもこううまくいく気がしないんだわ」
「そうなん? まぁ動画って結構テレビとかと違うもんな」
「まぁ昔のテレビぐらいのレギュレーションってだけならどうにかなりそうなんだが、毎日投稿とか考えると、やっぱり違うなってなるんだよ」
「確かになぁ。しかも配信で投げ銭とかはテレビにはない文化だからなぁ」
「そう。だから、俺は考えた」
「何を?」
「俺等はもう古い人間なんだわ。だから動画の新しい文化を受け入れきれないのかもしれない」
「うん?」
「だったら、今時の奴がやればいいと」
「おん?」
「なので、直人、お前動画配信者の事務所の社長やれ」
適当に聞いていた俺はその一言を聞いて沈黙した。
「はぁ?!?!?!?!?!?!?!」
「だからお前が社長だ」
「いやいやいや!!!!! 待て待て! 俺大学生になったばかりってか入学式もまだだから!!!!」
「まぁそれはそれ。これはこれだ」
「いやいやいやいやいや!!! 無理だって!!!!」
「大丈夫だ。必要なものは準備してやるし、人も出す」
「そういう問題じゃないって!!!! 社長になんかなって大学どうすんだよ!!」
「行けばいい」
「社長は?」
「やればいい」
「その会社の責任は?」
「まぁエンゲージが出資することになるから、最終的にはエンゲージではあるが、基本はお前だな」
「無理無理無理!!!!!」
「後を継ぐプロセスが変わったぐらいの話だ。そう重く考えるな」
「いやいや、普通に重いだろ!」
「そうか? お前ならできそうだけどな。動画配信者の知り合いだっているんだし」
「ん、まぁ確かに、てか仲いい同年代全員動画配信者だわ」
「だろ? なんとかなりそうじゃないか」
「え、いや、んー…って、違う!」
「何が」
「普通そう言うのは、やりたいって手をあげてやるもんだろ?」
「まぁそれが理想ではあるな」
「俺手あげてないぞ?」
「では手をあげなさい」
親父は大まじめにそう言った。
おいおいおい。
いきなり社長なんて無理に決まってるだろ!
仕事をしたこともねーんだぞ?!
「あげねーよ?!」
「莉乃愛ちゃんの動画の編集楽しいって言ってたじゃないか」
「それはそうだが、社長は全然違うだろ!」
「同じようなもんだ。ザックリ動画だ」
「ザックリ過ぎるわー!!!!」
「もう、うだうだ細かいことを。既に司法書士の先生に代表者お前で登記申請の依頼出してるから、会社名だけさっさと考えろ」
「いやいや、なんで進んでんの?!」
「そりゃお前が息子だからだろ」
おぉ…。
芸能事務所をいずれつぐつもりではあったが、それまでは普通にどっかでかい会社でも入って仕事して勉強するつもりだった。
社長の息子だとそんな権利もないの?!
「いやいや、息子だけども! 社長だからとそれを決める権利はない!」
「いや、社長としてではなく父親としてだ」
「父親としてもねーよ!!!」
「本当無駄に頭いいなお前。まぁそういうことだから、よろしく頼むわ」
「いやいや、話し終わってないよ?! なんでやり切ったみたいな感じになってんの?!」
親父は既にソファーから立ち上がり、書斎を出ていこうとしている。
「ん? まだなんか質問あるのか?」
「質問じゃなくて俺は拒んでるわけ!」
「そうは言ってもなぁ。しかしあれじゃないか? もしお前が動画配信者の事務所をやっていたら、もし湯月くんとかが何かに困ったとき助けられたり出来ることもあるんじゃないのかなー?」
攻め方変えてきたな…。
ただ、それは一理ある…。
リアルな問題は協力してやれるが、正直動画配信系の問題には現状協力できない。
莉乃愛ちゃんと雪菜ちゃんの卒業式の日に聞いたような問題は、相談されてもできることがない。
別に協力する理由があるわけじゃないけど、ただあいつと一緒にいると面白いんだよな。
なんか突拍子もないことをやりだすんだよあいつ。
中学の頃からそうだった。
ただの冴えない暗くて勉強だけのやつかと思ってたら、頭はめちゃめちゃ冴えてる陰キャだけど慣れると毒舌、だけどリアルはポンコツって言う中々面白いキャラだ。
そして高校3年の1年間は本当に面白かった。
あれだけリアルから遠かったあいつが、莉乃愛ちゃんと雪菜ちゃんによって半強制的に表舞台に立つことになった。
あまりにもこの周囲で起こることが面白くて、彼女をないがしろにし過ぎた結果、面倒くさくなって12月に別れて以降彼女を作らなかったぐらいに面白かった。
「ま、まぁそれはあるかもな…」
「それに莉乃愛ちゃんだって動画配信始めたらしいなぁ」
「そ、そうだな…」
「雪菜ちゃんはバーチャル配信者だっけー?」
「そ、そうだけど…」
「そう言えば茜もクラスの子と動画配信始めるって言ってたなー?」
「はぁ? 茜が?!」
「直人がいい事務所を作れば皆も幸せになるんじゃないかなー?」
「ぐ…」
確かに、雪菜ちゃん以外は全員個人勢。
新は最近ちょいちょいイベントとかも出てたけど、リアルの話を調整するとか絶対やりたくないであろう陰キャ。
莉乃愛ちゃんと華蓮ちゃんは、絶対「難しいこと無理!」とか言ってそうな陽キャ。
茜と多分彩華ちゃんだろうけど、この二人がどうなるかはわからないが、どうせ何か問題が起こったら俺に何とかしてもらえばいいと茜は思っているはずだ。
雪菜ちゃんだけは現状ナナイロで安泰のようだが、他は全員仕事的な部分で大事なところが欠けている気がする…。
俺がやるしかないのか…。ないのか? ないのか……。
「あぁもう、わかったよ! その代わり事務所の方向性とかには文句言うなよ?」
「それはもちろんだ! いやー、良かった良かった! よろしく頼むよ直人社長!」
「あーもう!」
俺は頭を掻きながら、書斎を出た。
もうやると言ったからにはやるしかない。
むしろ言わなくてもやることになっていたのだろう。
だったら、やると言ってやった方が気分もいい。
もうこうなったらエンゲージ超えてやる。
いつか親父を部下にして、社長やれって言ってやろう。
俺はそんなことを思いながら部屋に帰った。
とりあえず動画配信者の事務所をやるには動画配信者がいなければならない。
もうこれはアークにお願いするしかない。
これだけ動画が多く投稿される今、普通に考えれば、多少でも有名な配信者がいなければ他の配信者が集まることはないだろう。
出来れば莉乃愛ちゃんとかも来て欲しいが、それは一旦置いておく。
登録者20万人を超えてなお個人のアークにまずは所属してもらおう。
流石に所属してくれるよな…。
え、断られるとかあるかな…。
あーあるわー。
あいつプログラムやりてーから、動画配信不定期にしたって言ってたもんな。
いやまて、だったらいいんじゃねーか?
面倒くさいことはこっちでやってやるし、たまにお願いすることがあるぐらいで、不定期配信で問題ないって言えば、プログラムをやりたいあいつにとってはいい話なんじゃないのか?
しかも俺はあいつのことをよくわかってるし、あいつも俺のことをよくわかってるから、変な探り合いもいらない。
ベストプランじゃないか?
俺はそう思い、翌日新に連絡したら、不定期配信とプログラム優先ならいいとのことだった。
まじでよかった。
1から動画配信者擁立するなんて、今のこのご時世容易じゃないもんな…。
ひとまずアークを中心に、事業プランでも考えるか。
俺は大学の入学式前から、事業計画と言う答えのない課題に取り組みだした。




