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なぜかユキリが教壇の一番前に座らされると、リリアは右隣に座った。その後を着いて来たエミルはリリアの後ろに居た白髪の男に「邪魔よ」と睨み付ける。
その迫力に負けた男がユキリの後ろへと移動してくる。
災難だな、と思った時、後ろの男が声をかけてきた。
「喬、何でお前がアビ学にいるんだよ」
「へっ? 沢神?」
振り向いた先には見覚えのある顔が苦笑いをしていた。ただし、黒髪だったのが見事な白髪になっていた。
「どうしたんだよお前」
「ああ、ちょっとあっち側で死んでな。その影響でこうなっちまったんだよ」
あちら側で死亡した場合、感応力が高いと彼のようにこちら側の肉体にも影響が出る場合がある。このZクラスは特殊な者が対象であり、不明な能力は元より感応力の高いものも含まれる。
「それより、なんでリリア嬢とお前が? いやそもそもお前も能力持ちだったのか?」
「あ、ああ。話すと長いけど昨日リリアに連れてこられてさ」
まさか沢神と同じクラスになると思っていなかったユキリは、何も言い訳を考えていなかった。昨日の今日では急すぎるのも原因だろう。
しかしユキリに幸いな事に、教室のドアががらっと開き白衣の先生が入ってきた。
「後で話せよ」
「ああ、分かったよ」
教壇に立った白衣の先生はぐるりと教室内を見渡した。まだ二十を少し超えた程度の若い男だ。教員免許を取ったばかりか、下手をすると教育実習生と言っても違和感はないだろう。またやけにがっしりとした体格であり、また身長も二メートルに近い。
その男は教壇に備え付けられている名簿をちらと一瞥した後、手元の端末を操作し始めた。
すると席の上にディスプレイが浮かび上がり、「ラキウス=レイシール」と名前が表示された。
「俺の名はラキウスだ。これから一年、お前らの面倒を見ることになった。今年からここに立つ立場になったが、去年まではお前らと同じ生徒だった。あちら側の授業も俺が担当するので、まあ宜しく頼む」
彼の名に室内がざわめく。
この人有名人か? とユキリは教壇に立つ男を見上げる。その風貌はいかつい、の一言だ。ただし、なぜかどこかで会った気がする。
だがいくら記憶を探っても、このような大男と出会った事はない。
首をかしげていると、ユキリの左に座っている黒い髪の長い女性が声を発した。やけに中性的な声である。
「ラキウス、まさかあなたが先生になるとは世も末ですね」
「守根、やかましいぞ。お前の担当になるとは俺も運の悪い男だ」
「私もあなたが担当になるとは運の悪い男ですよ」
男?!
その言葉に驚いて隣に座っている男に注目する。二十歳には届いていないが、ユキリよりは年上だろう。ただしその服装はリリアと同じ女生徒用である。街中ですれ違ってもまず男には見えない。
ただし腰には日本刀のようなものぶら下げていた。
「お前もいい加減男の制服を着ろよ。俺の前に座ってる奴もびっくりしているぞ」
「別に良いではありませんか、似合っていますし」
事も無げに言う女装男。ただし彼の言うとおり、ものすごく似合っている。似合いすぎて怖いくらいだ。
「まあいい。今年からここに来た奴も居るだろうし、午前中時間をやるから各自自己紹介をしていろ。午後からはお前らの力を見るからあちら側へ移動しておけ。場所が分からん奴は分かる奴に聞いておけ、以上だ。リリア、今年も頼んだ」
「なぜ私が?」
「お前が一番適任だからだ。分かるだろう?」
ふぅ、とため息をつくラキウス。
Zクラスは特殊能力持ちの集まりだ。それだけ協調性皆無が多いのだろう。その中、まだまともなリリアへ丸投げするのは正解かもしれない。事実去年もリリアはこのクラスの委員長的な役割を任されていた。
「……はい、分かりました」
今年も私が委員長ですか、とリリアは心の中でため息をつく。
ラキウスも去年まではZクラスの生徒だったし、ある意味彼も協調性は無い。ならばなぜ先生などと言うものになったのだ、と恨みの目をラキウスに送る。
しかし彼は全て終わったとばかりに、リリアの目から逃れるように教室から出て行った。
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「では皆さん、まずは私からやりますので教壇に立って一人ずつ自己紹介をお願いします」
リリアが席を立ち、教壇の前に立った。
「去年も同じZクラスでしたのでご存知の方も居ますが、改めてリリア=カストロ=レレシスです。ナインウィッシュの第四位で、音魔法を主に使います。先ほどラキウス先生から今年も委員長的なものを頼まれましたので、今後も宜しくお願いします。では名前のアルファベット順で一人ずつお願いします」
澱みなくすらすらと、まるで演説するようにリリアの自己紹介が終わった。ユキリはアルファベット順だとほぼ最後だ。その間に考えないと。
「エミル=ロレミル、リリア姉さまと同じナインウィッシュの第六位で通称魔銃姫よ。あとリリア姉さまは私のものですので、他のみなさん、特にそこのあなた、ちょっかいかけないように」
先ほどリリアに抱きついた少女、エミルは自己紹介の後半ユキリの方を指差した。しかし自己紹介を考えているユキリはそれに気が付かない。エミルの突き出した指がふるふると震える。
「そこのユキリとやら! 聞いているのですか!」
「え? あ、ああ? エミルだっけ? よろしくな」
突然言われたユキリは、思わず反射的にそう答えてしまう。
「…………絶対あなた後で殺します!」
「へ? な、なぜ??」
「エミルさん、物騒な発言は控えるように。では次の人」
そのまま自己紹介が続けられる。
「守根春一、ナインウィッシュの二位です。みなさん、あまりの私の美しさに気絶しないよう注意してください」
女装男が日本刀をすらりと抜刀し、光る刃に映る自分の顔をうっとりと眺めたり。
「ペトラ=アラハや。序列はナインウィッシュのケツ、一番最後やで。まー、ぎり入れたっちゅーとこやな。よろしゅーに」
頭にネコミミを着けたユキリより二~三才年上の女生徒が、手を招き猫のように構え、にゃん☆、と可愛らしく挨拶したり。
確かに変わった人が多いクラスである。
そしていよいよユキリの番となった。
「喬雪利です。昨日いきなりここへ通うことになりました。魔法はあまり得意じゃないけどよろしく」
色々考えたが、結局シンプルイズベストに落ち着いた模様である。平凡な印象を与えてあまり目立たなくしようとしたが、しかし守根と名乗った女装男が優雅に手を上げて立ち上がった。
「質問いいかな?」
「え? あ、はい」
「聞いたところによると、君も剣を使うそうだね。一つお手合わせをお願いしたいのですがいいかな?」
「お、俺なんかが? というよりどうしてそれを?」
日本刀を腰につけた女装男、序列二位の守根はにこやかな笑みをユキリへ送る。
ユキリが剣、というよりも気を使う事を知っている人など、ここにいるリリアと昨日魔力強度測定の時にいた二人の研究員くらいしか居ないはずだ。
「私もナインウィッシュのメンバーでね、その手の情報は常に入ってくるんだよ。もちろん先達者として君の力を知りたいだけだし手加減はするから安心して貰って良い」
「でも俺は剣を持っていなくて」
「あちら側ならいくらでも用意できるだろう? 何しろ剣を使う人なんてそうそういないから、私も嬉しくてね」
銃刀法などと言うものはこの世界の法律であり、あちら側には全く関係がない。むしろ無くては自身を守ることすらできない。
「まあ俺も嫌いじゃないんで」
「では午後はルキウスに時間を取ってもらいましょう」
彼の発言にリリアがぴくりと反応する。
アビ学が出来て既に二年半、魔力というものについてある程度研究は進んだ。電力ではなく魔力を用いた機器類も試作品程度なら徐々に作られ始めている。
守根の持つ日本刀もその一つだ。
しかしここ半年近く研究は停滞している。まだ研究が始まって二年半しか経っていないが、停滞は好ましくない。
ユキリという少年が見せた気は、果たしてこれらの研究に一石を投じる事が出来るか。だが彼は魔力強度がHという低いランクであり、まずはその実力をみなに知ってもらう必要がある。
何回かリリアは守根と模擬戦をした事がある。確かに守根の剣は優雅で速く、リリアの放つ衝撃波も見事にいなされた。
が、守根はナインウィッシュのメンバーであり、魔力もリリア以上に持っている。剣士というよりは剣も使える魔法使いだ。
……果たして守根さんは彼の剣に届くのでしょうか。
「ではみなさんの紹介も終わりましたし、午前中は解散でお願いします。十三時にあちら側のアビ学運動場に集合ですので、遅れないようにしてください。尚、場所が分からない方はこの後で私のところに来てください」
ちなみに能力で移動した場合、一度行った場所なら脳内で指定可能である。また初めて能力が発動した場合は完全ランダムだ。人によっては魔物たちの目の前に移動してしまい、すぐ戻ってくるケースもある。
ユキリの場合は常にあちら側の家の近くにある森の中だ。
「喬、昼飯食いに行こうぜ」
「ああ、良いけどその前に午後の集合場所を聞いておかなきゃ」
「俺が知ってるから教えてやるよ。それよかさ、まだ二回しか行った事無いけど、可愛い子がバイトしている店があるんだよ」
「どうせ俺らなんか相手してくれない」
「ばっかお前、目の保養に行くんだよ」
沢神と名乗った男とユキリが会話しながら教室から出て行くのをリリアは見守った。
しかし守根とユキリの模擬戦とは、午後は色々とあるかも知れませんね。
リリアは楽しくなってくる自分を感じた。




