677 「最後のお茶会?」
「今日は、私の為に集まってくれてありがとうー」
「呼び出しておいて、私の為に、ではないだろう」
向かい側に座る勝次郎くんが、お約束的にツッコミを入れてくれた。
場所は鳳ホテルの1階にあるメイド喫茶。私と勝次郎くんが気兼ねなく会える、貴重な公共の場所の一つだ。
何と言っても、周辺を含めてセキュリティが万全なのが最高だ。
とはいえ二人きりじゃない。同じテーブルと隣のテーブルの他の席も、同世代の一族で埋まっている。というより、瑤子ちゃんがいないと勝次郎くんを呼ぶわけにはいかない。
それに龍一くんは、お盆が終わって暫くしたら士官学校に戻ってしまう。
そしてお盆とその前後は、どちらの家も避暑などで旅行に行くから、会うならお盆明けの一瞬の機会を狙うしかない。
「だって、勝次郎くんと前に会ったのって、虎之助が生まれた頃だったでしょう」
「当たり前だろう。赤子が生まれてすぐの玲子に、そうホイホイと会えるわけがない。それより晴虎さんは?」
「今日はゴルフの接待。善吉大叔父さん達と、程ヶ谷に行ってる。重役も大変よね」
「ゴルフか。俺もそろそろ始めようかと思っていたところだ。今度紹介してくれ」
「りょーかい。それと先手を打つけど、赤ちゃん達の相手はマイさんとシズ達がしているから。やっぱり、三人で回すと楽でいいわ。瑤子ちゃんもオススメよ」
「玲子ちゃん達みたいに、同じ時期に近くにいればね」
「それより玲子、他にまだ来るのか?」
玄太郎くんが空席を見つつの言葉。そう、席はまだ2つ空いている。
「ん? 家にいる書生のうち、日程が取れた人が来るわよ。といっても、今年の組みは遠慮したから、来るのは姫乃さんだけね。今、輝男くんが迎えに行っているわ」
「輝男も来るのか?」
「書生枠で呼んだけど、命令じゃないから側にいるだけね」
「相変わらずな奴だな。僕達だけなら、幼馴染みたいなものだろうに」
「一応勤務時間内だからね。それ以外の時は、たまに雑談とかしているわよ」
「そうなんだな。では他の主従とは?」
「今日来ないのかなら、今控えている子がお仕事でいるだけ。私がいつも顔を合わせているお芳ちゃんと秘書二人は、たまには私の顔を見ないで済むよう、お盆休み取らせてる。護衛はそうはいかないから申し訳ないけどね」
「子育て中でもか?」
「女子は、赤ちゃん達の世話もしているわよ。男子は、たまに遊び相手になるくらいね。けど、上の双子ちゃん達は、目が離せないから助かってるわ」
「赤ちゃんは、歩き出してからの方が大変だもんねー」
「そうよねえ。私も女の子なんだからって、家ではよく世話してたわ」
それぞれの家の事を、虎士郎くんと瑤子ちゃんがしみじみと語る。その一方で、それぞれの兄達はちょっとバツが悪そう。
兄達は勉強ばっかりで、赤ちゃんの頃の弟妹の相手は任せていたという話を、二人のいない鳳学園などで昔聞いたものだ。けどその下の子達も、今では小学生。月日の流れを感じてしまう。
そんな私も、昔を懐かしく思うくらいに転生してからの月日を重ねてきた。そして重ねた月日の結果の一部、乙女ゲーム『黄昏の一族』の視点で見れば最重要の人達との情景が目の前にある。
少なくとも、一族内や人間関係での私の敗北は、もう有りえない。
その情景をこうして見ていると、満足感に似た感情がどうしても頭をもたげてしまう。
「玲子ちゃん、最近そういう表情増えたわね」
「そう?」
「うん。満ち足りたというか、やり遂げたというか、そんな感じ」
「それは俺も思っていた。だが、結婚して母親になったからだろ」
「だな。玲子も人並みの女性だったって事だ。安心するよ」
勝次郎くんはともかく、龍一くんはあんまりだ。
「人をなんだと思っているのよ」
「奇人変人だ。俺達どころか、世界中を振り回しているんだから、少しは自覚持て。なあ」
「ハハハハハ」
「ボクは、そういうところも、今の穏やかな感じも、どっちも玲子ちゃんだと思うよ」
玄太郎くんが、困ったように乾いた笑いを龍一くんに返す。
虎士郎くんはいつもの天使のスマイルで、こういう時は心からの言葉なのでこっちがお礼を言いたくなる。
だが、兄は問題だ。
「玄太郎くん、笑ってないで何か言おうか? 言い切っただけ龍一くんの方がマシよ」
「そうは言うが、もう僕が何か言っても結果は同じだろ。でもまあ、あの玲子が落ち着いたってのは、僕も安心するよ」
「あっそ。安心したのなら、そのまま自分のお相手を探しなさいよ。ちょうど一人来たわよ」
そう言って、言葉の最後にお店の入り口の方に小さく手を振る。
向こうでは、店のメイドに「お帰りなさいませ」と言われつつ、私に向かって輝男くんと姫乃ちゃんが頭を下げている。
メイド喫茶でお互い頭を下げ合う絵面は、なかなかシュールだ。
「ごめんなさいね、姫乃さん。わがまま言ってお呼びたてして」
「いいえ、全然。お盆の帰省って、お墓参りとか法要以外、家に居場所がなくて退屈してたところだったので、とても嬉しいです」
(あー、なんか分かる)と内心では前世の記憶で思いつつも、「それは何より」などと無難に返す。
周りでは、虎士郎くん以外の寄宿経験のある男子達も、「分かる」、「そうだよな」と同意していた。
そうして話している分には随分と仲良くなったのに、姫乃ちゃんも男子達も男女の仲へと向かおうとしない。
まあそれは今更だから、気にせずもう一人を手招きする。
「なんでしょうか奥様」
「そこは、姫乃さんと同格の輝男くんの席よ」
「ですが奥様」
言葉が続きそうなので、指一本立ててそれを遮る。
「大学で優秀な成績だったんでしょう。褒美よ。それと好きなもの頼んでね。頼まないと、ここのメニュー全部食べさせるから」
「畏まりました、奥様。メイドさん、ブレンドカフェをブラックで」
褒美に反応したのか私の無茶振りに反応したのか、即座に30度ほどお辞儀すると、席に着く前にメイドを呼び止めて最低限の注文をする。
ただ、その注文は失格だ。
「ブラックってねぇ。輝男くん、このお店がどういうお店か、良く知っているわよね。それなのに、ブラックはないでしょう。ここで席に着いた以上はご主人様なんだから、メイドにもっとご奉仕してもらわないでどうするのよ」
「はい。この店の趣旨は存じております。ですが私の好みは、ブラックのカフェです。砂糖やミルクを入れるのは、遠慮したく存じます」
この空気読まなさ具合は、幾つになっても変わらないらしい。思わず、子供じみた言葉を投げつけてしまった。
そうしたら周りが小さく笑ったり苦笑している。
「玲子ちゃんって、自分で作っただけにこのお店にこだわりあるわよね」
「そうだったんですね。流石は玲子様です」
姫乃ちゃんだけが例外だ。
「10年前にここが出来た頃は分からないけど、今じゃあ他でも似たお店を見かけるよねー」
「僕は高校や大学の学友と他の店に入ったが、今でもここが一番だな」
「俺は他の純喫茶に行った事はあるが、ここは一流ホテルに入っている店だけに高級感が他とは随分違うと思うぞ」
「俺はここ以外ないな。今みたいに私服じゃないと、こういう店には入り辛いからなあ」
「ボクは執事喫茶っていう、女性向けのお店に行った事あるよ」
(あるのかっ、執事喫茶! ていうか、女子向けの店に入るって、虎士郎くんどんだけ心臓太いのよ!)
虎士郎くんの言葉に、思わず脊髄反射しそうになった。けど瑤子ちゃんと姫乃ちゃんに一瞬視線を向けるも、私と同じ感情は見えないので、ぐっと堪える。
それに私は、エドワードや輝男くんというちょーイケメンのリアル執事がいるのだから、羨ましがられる方だと思い直す。
もっとも、そのイケメン執事の一人は、いつもの無表情で周囲に視線を配っている。客として座らせたのに警護を果たそうというのだから、もはや職業病だ。
ただ、こういうところも輝男くんだと、苦笑以上の笑みになるのを自覚する。
そしてそんな気持ちのまま、私は口にした。
「ねえ、みんなの新学期が始まったら、午後にでも集まれない?」
「子育てしていると、適度な気分転換が必要ってお母様も言ってたものね。いいわよ、玲子ちゃん。みんなも良い?」
「ああ」「問題ない」「喜んで!」などの返事。ただし龍一くんが、少し申し訳なさそうな表情。
そういえば、この脳筋は士官学校だった。
「あー、ごめんなさいね。3日の午後にしましょう。それなら良いでしょう、龍一くん」
「あ、ああ、日曜なら問題ない。悪いな、玲子」
「わがままはこっちだから、気にしないで」
そう無難に返したけど、どうやら9月1日にゲームの最後のシーンの再現は無理らしい。
(あのゲームだと、悪役令嬢が断罪されるのは夜のパーティー会場っていうお約束の場面だったけど、龍一くんは確か軍服姿だったし、どういう理由で顔出してたんだろ? リアリティー無視だったのかな? まあ、良いか。ゲーム再現なんて今更だし)
私自身でも未練にも感じるシーン再現を諦めつつも、体の主との勝負に勝った場合を考え、パーティーにしようと提案するべくみんなに視線を向けると、姫乃ちゃんが何やら真剣な面持ちをしていた。
「どうしたの、姫乃さん? 3日は日程悪い? 無理はしないでね。私のわがままだから」
「い、いえ、そうじゃないんです」
かなり思いつめた感じ。さっきまで普通にしていたから、私の新学期に会いましょう発言に問題があったのかと心配するも、何か決意したような表情を私に向ける。
その瞳も真剣そのもの。
(こういう表情も、美少女は似合うよのねえ。私だと、凄むか威圧するみたいになるのに)
「あ、あの、キリが良い時にお話ししたいと思っている事があるんです。新学期の始まりならちょうど良いと思ったのですが、次の機会にお時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「何か重要なお話なのね。分かりました。お爺様も一緒の方が良い?」
「い、いえ、そこまでは。まずは、玲子様にお話ししたいと。それに、この場の同世代の方、あと出来れば玲子様の側近の方々の前でお話しできればと。私自身のケジメ、みたいなものなのですが、皆さんの前で申し上げたい事があります」
(二人きりでもなしか。という事は、大学とか書生である事は関係ないかな? けど、このメンツだけの時ってわけでもないとなると、想像つかないなあ。……まあ、良いけど)
「全然構わないわよ。みんなも良いわよね?」
否はなかった。
私としても、9月1日でなく3日なら、新しいスタートの開幕イベントくらいに思っておけば良いと安請け合いした。
それに体の主の勝負の決着の後の事は、2日の朝以後の私が考えれば良いだけだ。




