676 「最後のお盆?」
「曾お爺様、ご先祖様、今年生まれた次男の虎之介です」
そう言いつつ、お墓に腕の中の虎之介が見えるようにする。まだ生まれて3ヶ月経ってないから、虎之介にリアクションさせたりもしない。
一方で私の周りでは、ハルトとみっちゃんが、麟太郎と麟華にお墓参りの真似事のような事をさせる。
けど、それだけ。なにせ後がつかえているから、本当に顔見せだけだ。
そんな感じで、今年もお盆がやってきた。
お盆前後の世の中は、8月初旬を過ぎると満州での日ソ国境紛争は中休み状態。互いに次の戦いの準備をしている。龍也叔父様の読みでは次が正念場、もしくは最高潮となるだろうとの事。
国内では、お爺様から平沼総理に対する仕込みは随分進んでいると聞いている。少なくとも、ドイツとソ連が握手しても内閣を放り投げてしまう事はないだろうとの事だ。
ただ、お盆に突入してしまったから、根回しや密会、秘密の勉強会のような事は、しばらくお休み。
この時代、日本人はお盆をかなり真面目に過ごす。
海外では、内閣を放り投げるかもしれない世界情勢の激変を巡り、欧州列強が水面下で熾烈な外交合戦を繰り広げている様子が、断片的ながら窺い知れた。
しかもその中に、日本も首を突っ込みつつあった。
(前世の歴史の終戦まで後6年か。この世界って、戦後はどうなるんだろ?)
お墓参りを終え、赤ちゃん達はお昼寝時間となり、しばらくは本館の大広間でぼんやりと過ごす。
他の一族が分散でお墓参り中だけど、そのまま鳳の本邸に集まる事になっている。そして私は長子で、次の長子も連れているから先に済ませ、こうして待っている状態だ。
「あれ、玲子一人か。晴虎さんは?」
「赤ちゃん達はー?」
「ハルトはタバコの付き合い。赤ちゃん達はお昼寝ー」
首をそのまま逆さに向け、声のした今の入り口の方を逆さまに見ると、玄太郎くんと虎士郎くんが一緒だ。玄二叔父さん一家の他の人はいないから、我が家と似たようなものなんだろう。
けど、長女の慶子ちゃんは今年で10歳、下の龍三郎くんも8歳だから一緒でも良いだろうに、子供部屋となっている居間送りになったみたいだ。
私のいる大広間は、元服以上のタバコ吸わない人の休憩所や集合場所だからだ。
そして私同様に先に戻った大人の男子達は、喫煙室としている応接間で一服中だった。
「龍一くん達は一緒のバスじゃなかったの?」
「家の方に寄っている。他もじきに来るんじゃないか?」
「バスだけど、冷房車って夏は最高だねー」
「それは同感。人類の至宝。科学の勝利よね」
「それは言い過ぎだろ。ん、ありがとう」
言いながら、玄太郎くんが冷たいものをメイド達からもらって、私の近くに座る。
虎士郎くんも続くけど、そのまま部屋の片隅に鎮座するグランドピアノへと向かう。暇があれば弾いてしまうのは、音楽家の習性みたいなものなんだろう。
そうして夏らしいピアノの音色が、軽やかに流れ始める。けど、聞こえてくる音色は、前世でよく聞いた夏の定番ソングのアレンジバージョンだった。
未来の音楽は外では奏でられないから、虎士郎くんはみんながいる時によく弾いている。
一方の玄太郎くんは、私との軽快なトークよりも世相が気になるらしく、新聞を手にとっていた。
去年もそうだったけど、夏休み中は赤ちゃんを見に来たり遊んだりで良く顔を合わせているから、わざわざ軽快なトークをする必要もない。
そして私には、こうした自然な距離感は嬉しかった。
「虎士郎は相変わらずだなあ。オイ、お前らはあっちの部屋だぞ」
今度は龍一くんの言葉とほぼ同時に、廊下の方で麒次郎くんと麟子ちゃんの元気な声がする。
そのうち紅龍先生一家と他の紅家の人も来るだろうから、子供部屋も満員御礼となる事だろう。
「すずしー。夏は冷房よねー」
「瑤子ちゃん、お疲れー」
「お疲れー。みんなと一緒で何もしてないけどねー」
言い合いつつ、軽くハグし合う。そうして瑤子ちゃんに、軽くクンクンと匂われる。いつもそうだけど、今日もちょーかわいい。
「今日はお母さんの匂いしてないねー」
「たまの外出で、おめかししたからねー」
「地味そうに見えるが?」
一見そうかもしれない。けど、私が半ば御用達にしているシャネルといえば黒。お盆だから喪服っぽくしたんじゃない。
「お兄ちゃんは、相変わらず分かってないなあ。そんなだと、モテないわよ」
「俺の事はいいだろう。じゃあ、仕立ての良い服とかなのか?」
「私達は、いつも最高の仕立てのものを身につけているでしょう。今お兄ちゃんが着ている服も、軍服とじゃあ着心地が全然違うでしょ? それに、玲子ちゃんの服の違いが全然分からないなんて、士官学校に行ってますます目が曇ったんじゃない?」
「少しは勝次郎くんを見習ったら?」
「もしくは虎士郎さんね。軍服ばかり着てても、つまらないでしょう」
「軍服は、つまらないとかの問題じゃないぞ。玄太郎も何か言ってくれ」
「ん? まあ僕も、大学では学生服だからなあ。でも、私服は使用人や側近達とかに選んでもらっている。それに僕自身も気を使うようにしている。誰が見ているか分からないし、欧米の社交界だと服装を細かく分析して、相手を値踏みするからな。足元を見るって言うだろ」
「ボクは全部自分で選ぶよー」
少し離れたピアノからの虎士郎くんの声まで、援護の「え」の字も無かった。この手の話題で、脳筋はいつも孤独だ。
けれど、軍人を目指すとはいっても華族なんだから、軍服を脱いだ時の身だしなみと、社交として必要な知識に欠けるのはマイナスだ。その点では、龍也叔父様に完全に負けている。
(良い人が見つかれば変わるのかもね。とはいえ、身近に女子がいないのよねえ。姫乃ちゃんは今や私のシンパと化しつつあるように思えるし、この世界もしくはこのループの姫乃ちゃんに恋愛脳なところが見えてこないのよね。
……もしかして、体の主の3回のループで、あっちに「中の人」がインストールされていたりして? ……そんな訳ないか)
「どうかした?」
「なんでもない。うちの朴念仁達に、どうしたら人並みの恋愛をさせてあげられるかなあ、とか思っただけ」
「そうよねー。虎士郎さんは問題ないだろうけど、お兄ちゃんが本当に心配」
「いつも言っているが、俺は見合い結婚するから、そういうのはいいんだよ」
そんな事を言葉強めに言うから、思わず身を乗り出して龍一くんの両手をひしと強く握ってしまう。顔もグイッと近づける。
これは強く言ってあげないとダメなパターンだと、魂が告げていた。
「十代の学生のうちに、こうして好きな子の手を握らないなんて、生涯後悔するわよ。いや、マジでマジで」
「そ、そんなに、いつも以上に真剣に言うなよ。それに、言っている事が母上みたいだぞ」
「私も、もう三児の母だからね。それより、他の二人もよ」
「ぼ、僕もか? まあ、言わんとする事は分からなくはないが」
「そうだよねー。女の子の手って柔らかいよねー」
約1名は心配ご無用だった。そして一応、瑤子ちゃんにも視線だけ向ける。
「私は勝次郎さんにちゃんと餌付けしているから、心配ご無用よ」
「そうよね。けど二人には、瑤子ちゃんくらいしっかりした子が必要なのかも。お爺様と二人のご両親に相談しようかなあ」
「……ねえ、玲子ちゃん。どうしたの? ご先祖様にお会いしたから、一族の事とか考えちゃってる?」
「なるほど、そういう事か。俺の事はいいから、それこそ自分の子供達の事を考えとけ」
「そうだな。僕達がまだ未熟なのは条件付きで認めるとしても、鳳一族はこれだけ栄えている。長子だから心配するのも分かるが、もし瑤子の言う通りなら心配しすぎだ」
「うん。それに、ボク達も出来る事は自分でするよ。もう、子供じゃないしね」
そんな気は無かったと思うけど、色々と言われてしまった。付き合いが長いから、私が自分自身で気づかない事も分かるんだろう。
何しろ体の主との勝負にケリがつくまで、あと2週間ほどだ。無意識に色々と思っていたのかもしれない。
そして忠告は聞くものだと思いつつ、演技で軽くため息をつく。
「みんなありがとう。とりあえず、赤ちゃん達が起きたら相手してあげて。3人相手だから、私、疲れ気味なのかもしれないから」
バスの冷房:
史実の日本だと1957年が最初。1960年代に広まり始める。
アメリカでは1934年に発明。1938年に普及が始まる。
乗用車のクーラー装備は、アメリカでは1939年が最初。日本では1955年。
人類の至宝。科学の勝利:
「新世紀ヱヴァンゲリヲン」内での迷言のひとつ。
足元を見る:
「足元」は、境遇や身の回りの状況などを指す表現。
どんな靴を履いているかは、社交の上で重要。




