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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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674 「名付け親」

 今年の夏は戦争の夏。いや、紛争の夏だった。


 そして本当の戦争は、夏が終わるとやって来る。その前に、この危険極まりない紛争が1日も早く終わって欲しい。

 出来れば日本優位で。


 仮に戦争になっても、それだけの国家予算はもう組めるようになっている。兵器や軍備、軍隊も、龍也叔父様や同じ道を進む人達が頑張って揃えていると聞いている。

 それを支える重工業力と国力も養ってきた。

 総研と戦略研の分析データや統計数字も、たとえ全面戦争になっても日本がアメリカ以外の列強には負けないだけの力はあると分析していた。


 ソ連との国力差は、広大すぎる国土と資源、それに二倍以上という人口差以外で日本は追いついていた。

 粗鋼生産、石油生産はほぼ互角。自動車、重機生産では日本が上回った。造船に関しては言うまでもない。

 一人当たり所得など、もはやダブルスコアだ。

 冶金など一部どうしようもない分野もあるけど、日本以上に重工業を急いで揃えたばかりのソ連に負ける事はない。


 ただし今回は国境紛争。ソ連相手の、大規模すぎる国境紛争。

 だからこそ、さっさと終わって欲しい。最悪の事態を考えたら、小さな中洲の一つくらいソ連にくれてやっても良いとすら思いそうになる。

 そうすれば溥儀と張作霖がブチ切れて、コントロールしやすくなるくらいだ。


 そして事件現場は、満州北東部の国境の川のウスリー川にある小さな中洲。ノモンハンのような平原じゃないから、大規模にはならないと分析されている。

 けど、何やら盛大な事になっていた。


 幸い7月下旬に鳴り物入りで行われた大砲撃戦は、双方弾切れ、消化不良のまま終わった。

 なんでも、川を挟んでいるから歩兵や戦車が使えず、そもそも大砲だけでは地上戦にケリはつけられないそうだ。


 それなら空軍を使えばという事になるけど、日本側は偵察機以外は越境厳禁にしているから、徹底的な専守防衛状態。新兵器のレーダーや性能が大きく向上した無線機などを活用して、越境して来るソ連軍機をバッタバッタとなぎ倒し、ではなくバンバン撃ち落としているそうだ。


 戦闘機パイロット達の報告を鵜呑みにすると、大当たり、大フィーバー、撃墜王祭りだそうだ。だけど、空中では誤認がつきものなので、話半分かそれ以下で考えるのが無難とのこと。

 それでも三桁の数のソ連軍機を、日本軍パイロットの皆さんで撃墜している。


 けど、私としては、日本軍戦闘機が大活躍しようが、ソ連軍機が一方的にやられようが、それらは重要ではない。

 さっさと大規模な国境紛争が終わって欲しい。ただそれだけだ。


 それなのに8月に入ると、それはそれは盛大な空中戦が開始されたという一報。いや悲報。

 なんでも、レーダーやら何やらで一生懸命数えた推計が、双方合わせて1000機を超えたとか、超えないとか。


 どうやら満州の空は来年の今頃のブリテン上空、ウスリー川はドーバー海峡と化しているらしい。

 日本陸海軍の戦闘機部隊は、爆撃機を合わせて二倍の数のソ連空軍を相手に、戦闘機の性能とパイロットの練度、それに情報戦で優位に立って勇戦敢闘しているとの事。


 そして地上では、ウスリー川の中州だけでなく朝鮮とソ連の間に細く入り込んでいる中華民国領の張鼓峰の二箇所で地上戦が発生。

 ウスリー川の方は、幅300メートルの川を挟んでいるので大規模とは言い難いけど、張鼓峰では師団規模どうしの大規模な地上戦が開始されていた。


 そしてそれだけ大規模な、もはや国境紛争とは思えない大戦争をしているというのに、戦争ではなくただの大規模国境紛争に過ぎない。

 紛争地域が世界の僻地で、日ソ双方が現地情報に対して厳しい箝口令を敷いているので、世界の誰も注目していない。

 内情を知らない世界の大多数の人にとっては、せいぜい極東の辺境で日ソがいがみ合っている、という程度だ。



 けど、そういう事は脇に置いておく。

 紛争をしようがしまいが、世の営みってやつは大河のごとくゆったりと流れ続けている。

 そして8月2日、予定日より1週間ほど後ろになったけど、シズが無事に第一子を出産した。

 本当にホッとする吉報だ。

 

「女の子かー。シズみたいに可愛い子ね」


「健やかでいてくれれば、それで十分です」


 鳳の本邸の近所にある六本木の鳳総合病院で、シズに面会する。

 シズは八ヶ月目くらいまでメイド業務はしていたけど、それ以後は自宅で過ごさせていた。


「確かに。それは一番に思うわよねー」


「はい。それよりも、奥様ありがとうございました」


「ん? 出産祝いならお互い様よ」


「はい。そちらも改めて御礼申し上げさせて頂きます。ですが、このお礼は、私個人の心よりの言葉にございます。奥様だけでなくご当主様、亡き蒼一郎様にも言わねばならない事です」


「そこまで畏らなくても良いわよ。仕えてくれるんだから、多少なりとも報いるのは私達の義務よ」


「はい。そうなのかもしれませんが、私のような者が人並みの幸せを得る事が出来、本当に感謝の言葉も御座いません」


「はい。言葉受け取りました。けど、一つだけ」


「はい。何でございましょう」


「私のような者なんて自身を卑下しないで。前から言っているでしょう。立場や諸々の違いはあるけど、それはそれ。矜持は持ちなさいって」


「はい。そうで御座いましたね」


 そう返したシズは、表情も雰囲気も随分と柔らかさがあった。シズが結婚してから感じていたけど、さらに増したように思う。

 私もそうであったらと少し思いつつも、シズとの付き合いの長さをこんな形でも感じさせられる。


 5歳の頃からだから、もう14年。私にとっては、単なる使用人や護衛ではなく、家族同然だった。特に小さな頃は幼い体に感情や本能が引っ張られていたから、母であり姉でありといったポジションにシズはいた。

 思わず二人して見つめあってしまう。

 けどそれも数秒のこと。先にシズの態度が少し改まった。

 

「奥様、一つお願いが御座います」


「しばらくは子育てに専念してね」


 機先を制しておくと、苦笑が返ってくる。加えて、首が軽く横に振られた。


「そちらは重々承知しております。それよりも、この子の名付け親になって下さいませんか?」


「私で良いの?」


「はい。是非に」


「りょーかい。けど、事前に言って欲しかったかも。何日かちょうだいね」


「はい。宜しくお願い致します」


「うん。良い名前を贈らせてもらうわ」


 シズはどこからか買われてきて地縁血縁がないから、主人である私が名付け親になるのは自然なこと。

 ただ、自分達の次男でも苦労したばかりだから、シズの前では取り繕ったけど頭を悩ませる事態だ。




「どーしよー、責任重大だー。ハルトも考えてー」


「玲子が請け負ったんだろう。僕も考えたら、意味が半減するよ。でもまあ、そんなに悩むのなら最近よくある名前は? どれも良い名だと思うけど」


 寝室で相談したら、思っていた以上に突き放された。

 けど私的には、ハルトの提案は却下だ。21世紀を知る身としては、もっと可愛い名前を付けてあげたい。


 最近の流行りは、和子や幸子、節子に浩子、洋子といった辺り。子が付く場合が圧倒的に多い。逆につかない場合は、もっと古臭い名前になってしまう。

 かといって、21世紀の名前だと浮いてしまいそうだ。特にキラキラなネームは厳禁だ。


「花の名前とかどうかな?」


「麟華も花といえば花だね。それに桜や梅は、定番といえば定番だね。けど、ちょっと古臭くないかな?」


 軽く返されたけど、私的にも桜や梅はない。

 だから、しかめっ面にでもなったんだろう。ハルトに軽く笑みを返された。


「今日じゃなくても良いんだろう。じっくり考えたら良いと思うよ」


「そうなんだけど……」


 考え込みつつ、ハルトの顔をじっと見て気づいた。


(よく考えなくても、目の前に21世紀なネーミングの奴がいるじゃん)


 ハルトの漢字はともかく読みは、21世紀の序盤に生まれた男子の名前ランキング上位だった筈だ。

 そこで女子の方も思い出してみる。そしてその中から、相応しそうな名前をチョイスする。


(シズと同じで、短い方がいいかなあ。シズと似た感じの子だったし、可愛いより凛々しい方が良いかなあ……)




 そうして翌日。再び、まだ入院させてあるシズの元を訪れる。


「シズ、その子の名前、決めたわよ」


「お伺いしたく」


「うん。『りん』。凛々しいの凛ね。麒麟の麟と音が同じよ。それにね、シズみたいな子になって欲しいって思って」


「凛。奥様、良い名前を大変ありがとうございます。その名、頂戴したく存じます」


「うん。他の漢字も組み合わせたのも考えたけど、それで構わない?」


「ちなみにお伺いしても?」


「うん。凛香リンカ花凛カリン。漢字一文字だと、男子っぽくもなるでしょう」


 そう。男子の名といえば、勇ましい字、強そうな字が多いとはいえ、漢字一文字が最近の流行りだ。

 そして紙にも書いて見せた名前は、前世のどこかで見た名前だ。

 だからだろうか、シズが少し考え込んでいる。

 けどそれも数秒だった。


「やはり凛の一字にしたいと思います。名に恥じないような子供に育ててみせます」


「そんなに気負わなくても。健やかでいてくれれば良いんでしょう」


「そうでしたね」


「うん。それと、ひとつ提案があるんだけど」


「なんで御座いましょうか」


「休みはあげたけど、すぐに復帰したいんでしょう」


「はい。勿論に御座います」


「それなら、一石二鳥の提案。この子を、私達の赤ちゃん達と一緒に育てない?」


「そ、それは、恐れ多く御座います」


「じゃあ、シズが虎之介の乳母ね。それならシズの格も上がるでしょう。この子にも、私の子供達、それにマイさんの子供達にも、友達を増やしてあげたいのよ」


「そういう事でしたら。それでは、乳母のお役目、謹んでお受け致します」


 そう言って、そのまま深く頭を下げられてしまった。

 だから慌てて訂正する。


「けどね、乳母なんて皇族方くらいしか置いてないから、世話役の一人程度と思ってね。鳳の家が、周りから色々言われかねないから」


「確かに。軽率でした」


「うん。けど、一緒に赤ちゃんを育てましょう」


「はい、お嬢様。いえ。奥様」



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― 新着の感想 ―
[一言] この頃は乳母はもっとありふれているはずです。 太宰治にも「たけ」という乳母が居たし、佐藤愛子も乳母が居たし、当時の作家で乳母の話を書いている人は少なくないです。 この頃代用乳・人工乳の開発…
[一言] >戦争の夏 >紛争の夏 ババババッ!! って音が鳴りながら仕掛け花火による 『 緊 張 』の文字が… う〜ん、夏はやっぱこれに限るね♪(暴論)
[良い点] 一足早めの第二次世界大戦って言われてもおかしくない日ソ紛争。 Xデーまで一月を切った世界に知らせてないのは良い事なのか。悪いことなのか
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