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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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647 「国境紛争勃発?(1)」

 1939年5月半ば。

 日本国内では、13日から衆議院議員選挙の選挙戦が開始された。この日は鳳の懇親会が鳳ホテルで例年通り開催されたけど、私は臨月に入っている事もあって今年も欠席。

 あとで親族や親しい人が屋敷に来て、軽く歓談だけした。


 明るい話題では、テレビ放送が従来の実験段階、試験段階から一歩進んで限定的な放送を始めたこと。

 連動して、大都市圏には巨大な電波塔、私的には東京タワーの建設計画が開始された。


 当然電波を放つ場所が必要なので、取り敢えず的な小さな鉄塔、と言っても50メートルを超える大きさのものが建設された。そして、早ければ3年以内に巨大な電波塔が東京と大阪に建設されるけど、戦争がなければ実現する事だろう。

 並行して、テレビが増産に次ぐ増産。おかげで、先んじた鳳の電気関係の会社は大儲けだと報告が上がってきていた。


 一方で海外では、恐れていた事態が起きたかもしれなかった。

 満州での国境紛争だ。

 けど、転生してからこっち、ずっと想定していた場所じゃなかった。

 確かに、ソ連の威を借りたモンゴルと、日本の威を借りた満州自治政府、内蒙古自治政府は頻繁に小規模な国境紛争はしている。けど、国境問題にまでは発展していない。

 誰も「ノモンハン」という言葉を言う事はない。

 起きたのは違う場所だった。



「とりあえず、おさらいから宜しく」


 私の言葉に、涼太さんが資料を手渡していく。

 私が既に臨月突入なので、本館の居間で一族の主な人たちが集まった場で私は切り出した。メンツは、半月ほど前の集まりとほぼ同じ。

 相手は貪狼司令。相変わらず、涼太さんがサポートに付いている。ただしマイさんは、既に近くの鳳病院に出産に備えて入院してこの場にいない。


 そして14日の日曜日なので、龍也叔父様と龍一くんも出席している。というか、龍也叔父様がいないと話にならないので、日曜日の集まりとなった。

 そんなメンツで、それぞれ紙面を覗き込む。

 最初に見た紙面には各国、各勢力の陸軍力が単純化して書かれていた。

 本当におさらいだった。



・極東方面北部の各国の兵力数


ソ連(極東方面。ザバイカル方面)

 ・狙撃兵(歩兵)師団:30個師団相当(騎兵含む)

 ・戦車旅団:推定で10から12個程度

※戦車1400両、装甲車600両、航空機1500機


モンゴル陸軍

 ・騎兵師団:8個 ・装甲車旅団:1個

※戦車、航空機若干



日本軍(関東軍・朝鮮軍)

 ・戦車師団:2個

 ・師団(又は自動車化歩兵):7個

 ・騎兵旅団:1個

※戦車700両、装甲車200両、航空機500機

※ソ連軍の増強を受けて、計画前倒しで増強


日本軍(即時派遣可能な戦力)

・師団(又は自動車化歩兵):3個

※戦車100両、航空機400機(海軍航空隊含む)

※一部部隊は、大型フェリーを借り上げ緊急輸送を計画。


※大陸への軍事顧問団に機甲旅団(戦車150両)、陸海軍の航空隊合計100機程度を派遣中。


※日本陸軍全体は、戦車師団2個、師団(自動車化歩兵)10個、師団(歩兵)9個。騎兵旅団1個。

 航空機800機、海軍航空隊と空母艦載機が合計600機。


満州自治政府軍(総数約12万人)

 ・歩兵師団:4個 ・国境警備旅団:13個

 ・騎兵旅団:7個 ・自動車化旅団:1個(戦車中隊含む)

※戦車50両、航空機100機


内蒙古自治政府軍

 ・騎兵師団:4個 ・歩兵旅団:3個


※日本軍、ソ連軍以外の軍隊は、装備など様々な面で非常に劣る。




「極東ソ連軍って、この1年の間に増えすぎてない?」


「はい。例の根こそぎ粛清が終わったあたりから、急激に増えました。日本軍の軍備増強に対抗する為というのが、一応の向こう側の理由です。それまでは多くても20個師団相当だったので、一気に5割り増しとなりました」


「それに対して我が陸軍は、37年度計画の前倒し実施が精一杯だ。今回の件は、臨時予算の効果が1年は先だから、その間隙を突かれた形だね」


 龍也叔父様が自虐気味に補足したけど、満州軍と内地の即応部隊を加えれば、ソ連の半分の戦力はほぼ維持されているから、今までの経緯から考えると許容範囲の筈だ。

 ただ、日本側も多少の無理をしてこれだから、ソ連の動きが解せない。極東よりも欧州正面をもっと重視しないといけないのに、極東を増強し過ぎだ。


「どうしてソ連は極東に大軍を?」


「去年夏の日本海での我が海軍の大演習で、赤軍が何も出来なかった事で、スターリンが相当おかんむりのようです。

 また、大陸での内戦に送り込んだ志願兵部隊が、帝国陸軍の軍事顧問に一方的に叩かれました。しかもそれが世界中に暴露されたので、赤軍もソ連政府も面子丸つぶれ。この二つの件で、将軍や大佐級の首が相当飛んだようです。文字通り」


(シベリアで木の数を数える仕事すら与えられなかったって事か)


「粛清が終わったばかりなのに、赤軍は大丈夫なの? 他人事ながら気になるわね」


「大粛清自体は去年の夏には終息しましたし、赤軍とやらは帝国陸軍の十倍の規模があります。粛清後に臨時昇進した将軍や大佐の10人やそこらが追加でいなくなっても、誤差の範囲でしょうな」


 「それともう一つ」。龍也叔父様が、貪狼司令の毒舌が止まるのを待って言葉を挟む。


「今回の一件は、我が軍が極東軍備で対抗してくるので、現地が半ば独断で動いたようだ。暗号無線のやり取りが、それを示していた」


「部隊を増強したのに成果の一つもあげてないと、さらに誤差が増えるわけですね」


 げんなりとして返すけど、何とも傍迷惑な話だ。


「ああ、そういう事になるね。そしてソ連政府と赤軍の中央は、日本軍の満州の防衛体制を見極めるつもりじゃないかと、陸軍では分析している」


「ついでに、弱ければ一発殴りつけて大陸での失点を挽回し、さらに日本軍自体を大人しくさせようという意図もあるだろうな。何しろ露助だ」


 お爺様の追加のコメントもあり、私にも先が見えてきた。

 私の前世と違う理由で、今回はソ連の独裁者が動き始めたという事だ。


(まずは、日本軍の状況把握。あわよくば、一発殴って怯ませる状態にする……)


「つまり、今回の件がソ連の優位に終われば、東ヨーロッパで行動しようって腹ね」


「大正解。総研、戦略研も同じ分析です」


 貪狼司令から薄い笑み付きの大正解を頂いたけど、私の内心としては因果の巡りを感じてしまう。

 一つは、形を変えた歴史の因果。この時期に満州でのソ連との大規模国境紛争は、避けられないという因果。


 もう一つは、歴史を捻じ曲げた結果、というか日本を強くした結果が巡ってきたという因果だ。

 日本を経済、軍事でツヨツヨにして、外交を安定させたからこそ、今回のソ連の行動なのだろう。

 独裁者ってやつは、常に恐怖が行動原理だ。

 さらに加えるなら、体の主とのゲームとの因果を感じなくもない。


 そんな感じで私は少し感傷に浸っていたら、質問者の声。

 私に向けてじゃないけど、玄太郎くんだ。日曜なので龍一くんもいるけど、虎士郎くん、瑤子ちゃんは辞退しているから不参加。


 その代わりと言うべきか、輝男くんが扉のそばで控えている。勿論だけど、私の警護としてであって書生としてではない。だから姫乃ちゃんが、この場に居合わせたりもしない。こういう時、特別奨学生の姫乃ちゃんと1つ下の書生達は本館に近寄る事も禁じられている。


(そう言えば、ゲーム後半だとこういう場でも姫乃ちゃんが堂々と居合わせているのよね)


 輝男くんを視界の隅に捉えたので一瞬そんな事を思ったけど、ゲームだとこういう場には主要キャラ全員が居合せる事が多かった。遊びに来ていたとか適当な理由で、勝次郎くんまでが登場していたりする。

 そういう点で見ると、ゲームとは随分違った情景だ。

 一方で、もう遠い記憶になったゲームと似た情景の玄太郎くんの声が耳に入ってくる。


「この件について、僕や龍一はまだ玲子の夢について、詳しく聞いていません。聞けるものなら、聞かせてもらえませんか?」


「もっともだな。玲子」


「はい、それでは概要だけ」


 お爺様のお許しが出たので、この場の全員に『ノモンハン事件』について、かいつまんで話した。

 そしてさらに、現状との違いも簡単に付け加えておく。

 それに対して玄太郎くんの小さく挙手があった。


「ありがとう。追加で聞いていいか?」


「どうぞ、何なりと」


 玄太郎くんはまだ気が済まないようなので頷き返す。


「東ヨーロッパで行動とは何だ? それも夢か?」


「お爺様」


「ついでだ、話してしまえ」


「はーい。玄太郎くん」


「何だ?」


「地獄の一丁目の先回りになるから、そのつもりでね」


「あ、ああ。分かった」


 身重の体でする事でもないけど、少し悪っぽく言ってみた。

 すると軽く息を飲む音が聞こえた。息を飲んだのは、龍一くんだった。


(将校さんになるんだから、気にもなるか)


『ノモンハン事件』:

1939年5〜9月、満州国(中国東北地方)とモンゴル人民共和国(外蒙古)の国境ノモンハンで起こった日ソ両軍の国境紛争事件。

双方、大規模な機械化部隊と航空機を投入した激しい戦い。

双方甚大な損害を出すが、戦術、戦略双方で日本の敗北。

なお「独ソ不可侵条約」の締結もあり、紛争は終息。



シベリアで木の数を数える仕事:

念のため、シベリアの強制収用所送りの揶揄です。



・極東方面北部の各国の兵力数:

ソ連軍の状況は史実とほぼほぼ同じ。

日本軍は状況がかなり違う。



史実の満州駐留の日本軍(関東軍):

9個師団。戦車、航空機数は極東ソ連軍の3分の1かそれ以下。朝鮮軍の2個師団を足しても、師団数はソ連の3分の1。

日中戦争(支那事変)で陸軍全体は大幅に増えたが、部隊の多くは中華各地に派兵されていた。当然、本土からすぐに派兵出来る兵力は乏しい。


1930年代半ばまでは2分の1程度の戦力差だったので、兵力が増えた極東ソ連軍は日本軍を舐めて、国境紛争を頻発させるようになる。

また、日中戦争のため日本軍が不拡大方針をとっていたのも、ソ連の増長を誘発する要因になった。


それらが『ノモンハン事件』で頂点に達する。

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― 新着の感想 ―
[一言] 史実において、後のソ連側の資料では日本軍に手痛い損害を被っている事が書かれていたと記憶しています。 事件後の外交で負けたようなものです。
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