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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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641 「昭和14年度予算編成(2)」

「玲子、日中戦争だか支那事変だったかの、夢の中での予算は何かあったか?」


 予想通りお爺様の呼び水の質問。

 これに私は頭を捻るも、細い数字はインプットされていない。


「細かい事は全然。ただ、大陸との戦争が起きて、最初は日本の都市部や工場はすごい戦争景気になるのよ。もっとも、終わりが見えないから、徐々に日本全体が疲弊していくけどね」


「それくらい、大陸との戦争で散財するという事か」


「うん。大陸に100万の兵士を派遣しつつ満州でソ連の大軍と睨み合うし、海軍はアメリカに対抗する為の大艦隊を揃えようとするから、お金が幾らでも消えていくって感じね。アメリカと戦争する前に、日本の国力、経済は実質的に限界に達していたみたい」


「以前も聞いたけど、本当に悪夢だな。装備より前に、日々の消費で予算が消えてくのが目に浮かぶよ」


 龍也叔父様が、たまらず天を仰ぎ見る。

 お爺様、時田も強めの苦笑いだ。


「泥沼化は、陸軍にとってはトラウマだな」


「そうですな」


「あれ? 陸軍にそんな事あったっけ? 日露戦争?」


「日露は露助との決戦に勝てばっていう希望があったし、実際そうなった。陸軍が思い出したくないのは、シベリア出兵だ。あれはどうにもならんかった」


「そうなのね。けど、赤軍のパルチザンとの戦いは、大陸での共産党とのゲリラ戦と似ているのかもね」


「多分だが、玲子が想像したものとは随分違うぞ。何せシベリアでの日本陸軍の敵は、あの辺りに収監や収容されていた犯罪者や政治犯が武装したものだ。

 一応赤軍って事になってるが、共産党軍やパルチザンの方がちゃんとしてる。軍隊じゃない、軍人じゃない、指揮官がいない、統率がない、規律がない。……もう色々酷くてなあ」


「武器を持った統率の取れない野獣の群れに囲まれたも同然。雲か霞に挑みかかっているようなものでしたな。それでいて、散発的に邪魔だけはしてきますから、相手をしないわけにもいきませんし、撤退どころか移動すらおぼつかない有様」


「消耗を強いられる上に、犠牲も多かった」


 よっぽどだったらしく、お爺様と時田をそのまま放って置いたら延々と話しそうな雰囲気すらある。

 だから軽く咳払いをする。


「えーっと、今は追加予算の話をしない?」


「おっと、そうだな。まあ、龍也以外が聞いても仕方のない事だったな。進めてくれ」


「わたくしとした事が失礼を。それでは、資料の3枚目をご覧下さい」


 龍也叔父様から話を聞くのかと思ったら、既に用意済みだったようだ。

 さっきまでの話は、全員に聞かせるための話だったらしい。

 そして全員が資料を手に取り目を向けた時点で、時田が言葉を再開する。


「政府の研究会並びに陸海軍では、既に戦時に備えた戦備計画を研究しております。主な叩き台は、ソビエト連邦の五カ年計画での軍備計画、並びにドイツの裏財政を含めた軍備計画になります」


「それ、参考になるの? どっちも平時とは思えないくらいお金使っているわよ」


「はい。ですが、相手が行なっている以上、こちらも対応するのが軍備というものに御座います。玲子奥様」


「敵が持っているものは自らも、ってやつね。なんだか、子供の玩具自慢ね」


「子供の玩具と違って、戦争をしなくとも脅しに使える。相手が攻めてくれば、国を守る盾となる。そして先に揃えてしまえば、相手を一方的に叩く鉾となる」


 お爺様の言葉は容赦がない。

 しかも全て、歴史が証明してきた事だ。だから日本も、そろそろ本気を出さないといけない。

 そしてその為の準備を、少なくとも私は10年以上かけてやってきた。


 中二病的表現を用いるなら、2倍以上になった国力で育て上げた重工業をフル回転させ、総力戦の呪文を唱えれば、史上最悪の魔獣である戦時編成の巨大な軍隊が、地獄の蓋をこじ開けて出現する。


 そして状況はドイツとソ連が一歩先んじているのだから、もう平和だ景気だ軍縮条約だと言っている場合じゃない。

 引き絞ったつるから放たれた矢のように、数年で大軍を作り上げる時が到来したのだ。


 そして今は、その前段階。準備運動。スタートダッシュを決める為の準備。

 それを成す為に何が必要なのか、どれくらい必要なのか、政府や軍がどう考えているのかを知る場だった。


 そんな言葉を頭の片隅で弄びつつ、紙面に目を落として情報を優秀すぎるこの体の頭脳にインプットしていく。

 そして情報が頭に染み込むに従い、中二病的考えが消えていく。子供じみた話で、到底片付かないレベルだからだ。


「やっぱり、去年見た計画より大きくなっているのね」


「ん? 海軍のやつかい? 陸軍も負けてないけどね」


 龍也叔父様が先周りして陸軍についても触れたけど、確かに陸軍も海軍に負けないお大尽な計画を立てていた。


「陸軍は近代化計画の大幅前倒し、師団増設、戦車隊増設、機械化、重装備化推進。さらに航空隊大幅増強に後方支援体制の強化。加えて、弾薬など生産体制の強化ですか。徴兵の強化は含まないんですね」


「将校、下士官、軍医は大幅に増やすけどね。軍医の方は、制度改革を含めて何年も前から始めている。それに幹部候補生制度も、時代に合った内容に変更した上で戦時動員を見越した体制に大幅変更する。あとは、搭乗員養成の大幅な強化だね」


「戦時に向けての人の準備、という事ですか」


「ああ。とにかく準備から始めないと、戦争どころじゃない」


 満州事変以後、1920年代の軍縮した頃に比べると少しずつ兵士の数は増えている。けれども全然足りないのは、私も資料などから知っている。

 徴兵から数ヶ月で兵士に仕立てられる兵隊さん達はともかく、兵隊を率いる側の下士官将校は簡単には揃えられない。

 日本が200万人の軍隊を作り上げようとしたら、ざっと2年くらいは必要となる。

 パイロットも育成には3年くらいの時間がかかるから、こちらも前倒しは当然の事だと少し前に聞いたばかりだ。


(200万で、確か50個師団。戦車やトラックって、幾ら必要なんだろ。……考えるの止めよう。健康に良くない)


「なるほど。では搭乗員だけで、飛行機はまだ増産しないんですか? 航空隊増設の数字と、実際の生産数の開きも大きいようですが」


「うん。ある程度は揃えないといけないが、航空機の技術は日進月歩だ。作りすぎて、いざ戦争となった時に旧式機ばかりでは話にならない。だから航空機は、実際に戦争になってからその時点の最新鋭を大量生産する。勿論、大量生産の準備は各社に進めてもらう。それは大前提だ。あ、そうだ」


「どうかされましたか?」


「新型機開発が少し妙な事になっているのは知っているかい?」


 子作り子育てで仕事があまり出来ていないから、最新兵器とか細々した事には触れていないので、首を傾けて答えとした。

 そうすると、龍也叔父様が小さく頷く。


「次世代の大型爆撃機開発を陸軍も始めたわけだけど、海軍も似たような計画を進めている。もっとも海軍は、大型機に雷撃させようと無茶な要求出しているけどね」


「それだと、陸海軍共通などという話ではないですよね」


「もしかしたら、共通もありうるかもね」


「陸海軍が同じ会社を指名したとか? けど陸軍は中島、海軍は三菱でしょう?」


「もう1社、大型機を開発できる会社があるだろ」


「……川西ですか? 大型飛行艇なら独占でしょうけど。……そういえば、何年か前から試作とか試設計とかは進めさせてはいますが、あれは遠くまで飛べる大きな旅客機を作ってくれって頼んだだけですよ」


「だが日本で、飛行艇であっても四発機を実際に設計、開発から生産までしている会社は、川西飛行機しかない」


「そうなんですか? 確か中島飛行機は、ダグラス社から中途半端な試作品を買って研究してて、三菱は海軍に四発機の開発を提案したと聞いていますが?」


「中島の開発が難航している。あれは、1年程度では無理だな。以前、試作で終わったとはいえ重爆の開発もしていたし、九七式輸送機やDC−3の生産はしているが、まだ荷が重いようだった」


「三菱は?」


「海軍の方が、けんもほろろに三菱の出した四発機案を却下した。三菱の開発陣は、相当頭にきたらしい。だが三菱は、天下国家の為に兵器開発と生産を行うという自負もある。海軍側の要求を受け入れ、双発で運動性の高い、そして多数揃える為に調達価格の安い機体を開発し始めた」


「勝手なのは海軍らしいですね。では、四発機案を陸軍が?」


「利権、縄張り、その他諸々で難しいだろうね」


 首を軽く横に振る。そうなると、消去法で川西飛行機が残ったという流れなのだろう。


トラウマ:

元はギリシャ語で「傷」。心理学者のフロイトが1917年に『精神的な傷』の意味で使用。虎と馬は無関係(笑)

この時代の日本で、どこまでこの言葉が浸透していたのかは不明。


それと日中戦争まで、シベリア出兵は日本陸軍にとって本当にトラウマだった。引き揚げたくても引き揚げられない泥沼が、シベリア出兵。

まあ、自業自得もあるけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] シベリア出兵は予算面から見ると八八艦隊の初期建造分より大きい予算を浪費してるから、国力面では大打撃なんですよねぇ 爆発的発展期だったんでその予算が国力増大に振り向けられてれば大分世の中変わっ…
[一言] 陸も海も自業自得が多すぎる
[一言] 二式大艇の前倒し? 二式大艇なら大程のことなら解決してくれるでしょう
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