635 「海軍整備計画前倒し?」
「陸軍では、どうお考えなのですか?」
私の質問に対して、龍也叔父様が少し顔を引き締めて言葉を口にする。
「海軍が法外な予算請求をするなら、相応の予算案を出さないといけないと政治的には考えている。だがこれが通ってしまうと、陸軍の計画は3年前倒しで達成できるだろうね」
「つまり海軍は、それほどお大尽な計画を提出予定なのですね」
「対ドイツ戦備、対ソ戦備という事で、戦艦や空母は控え目なようだけどね」
「本当にそうなら良いのですが、そうじゃないんでしょう?」
「本命が、建造に時間のかかる大型艦の整備なのは間違い無い。対ドイツ海軍用となると潜水艦に対抗する艦艇になり、総じて小型で一定の数を揃えても、全体予算に占める割合は小さいだろうね」
「実際の戦争では、先の世界大戦での英国のように100隻、200隻単位で対潜水艦用艦艇は必要になります。ですが、そんな数を平時に予算提出も出来ない、といった辺りを逆手に取ってくるのでしょうな」
黙って聞いていた貪狼司令が、黙っていられなくなった上に楽しげに付け加えた。
それに周りも苦笑で付き合うけど、お芳ちゃんだけは小さく挙手していた。
「海軍の皮算用はともかく、本当に建造は可能なのでしょうか? 現在戦艦4隻、大型空母3隻、大型の軽巡洋艦2隻のうち1隻が、軍艦を建造する施設を埋めています。少し計算してみたのですが、来年春からの新規計画は難しいのではないでしょうか」
そしてそこから、現在の建造状況に関する話が続いた。
大型の軽巡洋艦の残り1隻は、鳳グループに属する播磨造船の船台を1つ占領している。このせいで、私が欲しい1万トン級のタンカーか貨物船が合計4隻も作れなくなってしまっていた。
とかく軍艦は、頑丈で構造が複雑だったりと、建造に手間がかかるものが多い。大型艦となると尚更だ。
戦艦の建造は、どれだけ短くても3年は見ておかないといけない。
日本が建造している新しい戦艦も、施設の近代化、技術の向上などで建造速度が随分向上したというのに、建造期間はそれぞれ3年3ヶ月と3年9ヶ月を予定している。
ただし、単にドックや船台に空きを作るのなら、戦艦は2年から3年弱程度、大型の航空母艦は1年半程度でいけると以前聞いていた。進水させてしまえば、後は別の場所で建造が続けられるからだ。
海軍の皮算用は、この辺りの建造スケジュールから割り出したのだろう。
なお、播磨造船以外で建造中の他の7隻は、横須賀工廠の大型船台と神戸川崎で最初の戦艦2隻を建造中。この2隻は、来年夏ぐらいなら進水式が済んで空いている筈だ。
一方で、今年1月から建造開始した大型戦艦は、呉工廠に昔からある大きなドックと長崎三菱の大きな船台で建造中。
施設が空くまでに2年半から3年近く必要だろうから、ここは来年春からの計画では使えない。
横須賀工廠の新型船渠、長崎三菱の新型船渠、泉州川崎の新型船渠では、大型の航空母艦が建造中。大型空母は1年半ほどで進水式だから、この春に予算が通った追加の1隻以外は、来年夏には施設が使える。
他、呉の中型の船台で、大型の軽巡洋艦を建造中だ。
それ以外の大型船建造施設は、播磨造船が持つ瀬戸内海各地の大型建造ドックが6つある。けど全部、大型のタンカーか鉱石バラ積み船の建造でフル回転しっぱなしだ。
海軍が余程の政治力を発揮してゴリ押ししてこない限り、鳳の施設で海軍の大型艦を作る事はない。でないと、政府が定めた資源輸入計画が狂ってしまう。
そして播磨造船が作っている大型船は、戦艦や空母以上に日本に必要なものだから、海軍の無理はまず通らない。
(来年春はともかく、夏か初秋には4つ施設が空くのか。けど、それで足りる?)
そう思ったところで、どんな計画を目論んでいるのかまだ聞いていない事に思い至る。
そして問いただすと、貪狼司令が既に答えを持っていた。
「第三次計画が追加込みで12億円、航空隊が約1億1000万円。これに対して第四次となるであろう新規計画は、艦艇が18億円、航空隊が5億5000万円程度です」
「物価上昇を考えても随分と贅沢ね。詳細は?」
「計画概要では、艦艇約150隻の建造、航空隊約110隊の整備。戦艦2隻、大型空母3隻、巡洋艦8隻。駆逐艦、潜水艦はまだ未定ですが、それぞれ40隻程度となります」
「えーっと、ドイツに対する備えは駆逐艦だけ?」
「他に、駆逐艦より小さい護衛艦艇を数十隻。恐らく30隻程度ではないかと見られております。また、航空隊の一部は、潜水艦制圧を目的とした哨戒機のようです」
「なるほどね。で、戦艦が少ないのは、相手がドイツかソ連だから。空母が多めに見えるのは、海から陸を攻撃する為? それとも潜水艦用?」
「大型ですので、遠隔地での制空権獲得などが目的と想定されています。その為か、現在設計中の空母は重防御が施されるとの事」
「ああ、装甲空母ってやつね」
「左様です。イギリスが現在建造中のものと似ているかと。また、奥様が随分前から言われていた、射出装置が装備される予定です」
「あれ? それって今作っている空母にも装備しなかった?」
「今年春に予算通過した空母で、試験的に装備する予定になっております」
「そうなのね。けど、3隻かあ。戦艦も2隻作るのなら、施設足りるの? なんだか、作るにしても遅くなりそうな気がするんだけど。……言っとくけど、うちの造船所はこれ以上絶対に海軍には使わせないわよ。今でも足りてないから、新しい造船所を作るか悩んでいるのに」
「鳳グループとしても、以前から強く言ってはありますが、自分の事しか考えてない連中ですので、お国の為とかお題目を掲げてくるやもしれませんな」
「お国の為なら、戦艦や空母よりまずは資源を運ぶ船でしょ。無資源国の海軍を何年してるのよ。そんな事も理解できない奴は、イギリスに修行に出させればいいのよ」
「全くですな。ですが、恐らく鳳に無理強いはしてこないでしょう」
「……当の海軍も、要求が全部通るとは考えてないって事か」
「左様です」
「そりゃあそうだよね。元々、今年予算提出しても、確実に大蔵省に弾かれるんだから。それで貪狼司令、本当にどうやって予算を通すつもりなんでしょうか?」
お芳ちゃんの言葉の横で、龍也叔父様も軽く肩を竦めている。
「皇至道でも分からないか。私にも分からん。総研全体でもな。奥様は何かありますか?」
「願望なのかもしれないけど、来年春までに世界情勢が悪化すると考えているのかもね」
私としてはジョーク交じりの何気ない言葉だけど、周りが少し驚いていた。
そしてお芳ちゃんが代表した。
「つまり、お嬢みたいな人がどこか別にいて、海軍に何か吹き込んだ?」
「え? いないでしょう? いたら、海軍は今までもっと上手に立ち回っているでしょうよ。だから願望を抱く程度じゃない?」
「……まあ、そうだよね。でも、悪くなるんだよね」
「夢の通りならね。いっその事、ドイツが膨張外交止めないって噂を流して、それで諸外国が警戒感強めて、ドイツが侵略を手控えないかなあ、とか考えた事があるくらいにね」
「そのような想定は、総研の一部で極秘に研究した事がありましたが、余程衝撃的であったり信ぴょう性がない限り、効果は薄いと結論が出ましたな」
「そうだったわね。正直なところ、私の与太話にみんなが付き合ってくれているのが、結構不思議だと自分でも常々思っているくらいだもの」
「様々な事象がことごとく的中していれば、信じざるを得ません。加えて、当たり以外は外れる、違うと、最初から否定して話しておられますからな。外れると言われる占いには、とんと出会った事がございません」
唯物論者の貪狼司令にそう言われては、こちらとしては肩でも竦めるしかない。
それに私の周りは、唯物論者ばかりだ。間違っても、心の中でのごっこ遊びが大好きな中二病はいない。それなのに信じてもらえるのだから、先代の夢見の巫女だった高祖母の麟様の存在には感謝しかない。
一番最初に私の話を信じてくれた龍也叔父様も、優しく笑みを浮かべている。
妙なところで愚痴じみたことを言ってしまったけど、周りが私を肯定してくれている限り、前に進むしかなかった。
「海軍に巫女様がいるかどうかともかく、これからの時代に海軍の増強は確かに必要になるだろうから、少し援護射撃くらいしてあげましょう」
史実の建造期間:
戦艦大和は、建造期間約4年1ヶ月。進水式まで約2年9ヶ月。
空母大鳳は、建造期間約2年8ヶ月。進水式まで約1年9ヶ月。
戦艦アイオワは、建造期間約2年8ヶ月。進水式まで約2年2ヶ月。
空母エセックスは、建造期間約1年8ヶ月。進水式まで約1年3ヶ月。
流石アメリカと言いたいが、この2隻はアメリカとしても規格外の数字。
欧州諸国の新鋭戦艦は、半ば平時とはいえ4、5年かけて建造している。アメリカは別格としても、史実日本の建造速度も十分に早い。何せ大和は6万4000トンと規格外の船だ。
この世界の日本は、アメリカから機械など購入し、ドックを新造し、そこでのドック建造など新技術を大幅に取り入れているので、建造速度は相当早くなっている。
航空隊110隊:
この場合の「隊」は、大抵は中隊を指す。
1隊の数は10機前後なので、総数は1100機程度になる。




