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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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631 「クリスタルナハト(水晶の夜)」

 世の中は一喜一憂。

 国内では鉄道省の「鉄道幹線調査分科会」、要するに『弾丸列車』、もしくは私的には『新幹線』を作った方がいいんじゃね、という報告を上げていた。

 日本の鉄道輸送の4分の1を担う東海道本線の輸送力が、それだけ足りてないという証。好景気の証だ。

 ついでに言えば、線路幅を標準軌に替えなかった結果だ。


 一方海外からは、アメリカ中間選挙の結果に祝杯をあげたと思ったら、戦争に匹敵するかそれ以上の悲報が欧州から飛び込んできた。

 現地時間の11月9日夜から10日未明にかけて、ドイツの各地で反ユダヤ主義暴動、迫害が発生。これを私は、前世の知識で歴女知識で『水晶の夜』としておおよそは知っていた。


 『水晶の夜』ドイツ語で『クリスタルナハト』と、なんとも中二病をくすぐる名称なので興味を持ったのだけれど、事件自体は最悪。

 要するにユダヤ人差別で、ユダヤ人の居住する住宅地域などが次々と襲撃、放火された。強姦事件も多数あったと、確か記録されている。

 

 その事も知っていたから、セバスチャンらには早くから可能な限りドイツからのユダヤ人移民、脱出を進めさせていた。さらにこの先に起きる事も知っているから、歴史を知っている事への免罪符とばかりに力を入れた。


 けど人は、そんなに簡単に住んでいる場所を捨てる事は出来ない。それに経済的に逃げ出せない人も少なくない。

 ユダヤ人は裕福だと一般的には言われるけど、欧州社会での日常的な差別という不自由な条件下で苦労して生活をしている人だって大勢いる。


 そして一連のユダヤ人差別だけど、実質的に1ヶ月以上前から始まっていた。そして日本政府、鳳グループも関わっていた。


 事の発端は、ポーランドがドイツにいるポーランド系ユダヤ人の旅券と国籍を無効とする新しい旅券法を布告した事だった。これでドイツ国内のポーランド系ユダヤ人は、ポーランドに戻れなくなる。

 しかも一人や二人ではなく、ポーランドからドイツへの出稼ぎが多いので軽く万の単位になる。


 そしてこれに、ユダヤ人をドイツから追い出す政策を進めているドイツがブチギレ。ポーランドに、ユダヤ人をトラックに詰め込んで強制送還しようとする。けどポーランドは、これを国境線で断固拒否。

 何せこの時代のポーランドは、ユダヤ人差別の強い国だった。

 しかもポーランドには300万人のユダヤ人が住んでいて、欧州最大。ポーランドの総人口の8〜9パーセントにも及ぶ。

 その影響で差別や迫害も強かった。


 この先を知っていると、なんとも因果を感じてしまう状況だと感じてしまう。それはともかく、この時国境線で足止めされたポーランド系ユダヤ人は1万7000人。

 彼らが国境の無人地帯で家も食料もない状態で放浪だという情報を掴んだ日本政府は、この春から主にシベリア鉄道ルートからのユダヤ人移民を斡旋していた事もあり、人道上の見地から救援活動を開始。

 鳳グループも、資金や物資を寄付した。


 このせいで友好的だった日本とポーランドとの関係が少し悪化したけど、人道上の見地という事で両政府は対立にまでは至らずに済ませた。

 もっともポーランドとしては、厄介払いができたくらいにしか思っていない。


 一方、この頃のドイツは、ユダヤ人をドイツから移住の形で追い出す政策を進めていた。追放政策というやつだ。

 そして当時の主な受け入れ先は、アメリカや欧州諸国ではなく、ユダヤ人差別の少ない白人居住地の南米諸国だった。

 そしてその南米諸国がユダヤ人の移住を渋り出した中で、この春から日本が積極的に動き始めたので、日本政府によるユダヤ人の移住をドイツ政府は黙認という形で受け入れていた。


 だからこの国境に取り残されたポーランド系ユダヤ人の一件でも、ドイツ政府は「お好きにどうぞ」という感じだったそうだ。

 彼らとしては、誰かがユダヤ人を引き取ろうがその場で野垂れ死のうが構わないから。


 日本政府の動きに対して、ポーランド政府は引き取ってくれるならと監視付きでの国内通過は許可。

 またソビエト政府は、天敵のドイツとポーランドがクソ野郎だと宣伝できるので、「快く」シベリア鉄道での通行を許可し、ちょっとした援助までした。

 当然、ドイツとポーランドがクソ野郎だという宣伝は忘れなかった。加えて、自分達の「共産主義的」な「素晴らしい姿」を宣伝して、日本はモブキャラとばかりの扱いもした。


 その辺の事は外交宣伝合戦なので横に置くとして、行くあてのないそして命の危険のある数千名のポーランド系ユダヤ人は満州臨時政府の庇護にとりあえず入った。

 さらに満州は中華民国政府に一応の許可を得た上で、ほぼ無条件でユダヤ人向け移住ビザを発行していた。けど、満州に移住したがる人は少ないので、枠が余りまくった。


 にも関わらず全員じゃないのは、極東行きやその先の上海またはアメリカへの亡命を嫌ったから。そして強制は出来ないので、当座の食料を渡す程度をしただけで、実質的に見殺しにするより他なかった。

 そして10月の東欧は既にかなり寒く、多くの人が飢えや病気で命を落とす事になる。


 そしてこれが話の前座。

 この状況にブチ切れたポーランド系ユダヤ人の青年が、ドイツ大使館員の暗殺をしようとする。これが「水晶の夜」への直接の原因となった。

 そのテロの報復で、反ユダヤ主義暴動がドイツ各地で発生。しかも組織化された暴動が。

 これが『水晶の夜』だ。


 『水晶の夜』の由来は、ユダヤ人商店を襲った際に割れたガラスが月明かりに照らされて水晶のようにきらめいていたことに由来するという。

 けど、商店の破壊でガラスだけが割れるわけじゃない。


 当時の状況は、相当凄惨だったと後の報告や資料で知った。そして事件発生当時は、『水晶の夜』などという美化された事件名ではなかった。

 何しろ、大勢のユダヤ人が殺されている。



「それで、今回の事件が序の口なんだ」


「発端や直接の始まりとか、硬い表現で宜しく。もう、言葉を取り繕う気にもなれないわ」


「そうだね」


 お芳ちゃんがいつになく小さな声で言葉を返すけど、多少でも取り繕いたくなる気持ちも分かる。

 巨大な国家が相手だから、「知って」いてもほぼ見ているしかないからだ。


 けど、そうも言ってられない。報告を持ってきたセバスチャンに顔ごと視線を向ける。セバスチャンは、私の執務机の前で直立不動状態だ。普段の彼を知っていると、この姿に色々と考えさせられてしまう。


「今、ドイツ国内にユダヤ人ってどれくらいいるか分かる?」


「アドルフ・ヒトラーが政権を握るまでは、約56万5000人。現在は約半数にまで減っています」


「それでも28万人近くか。うち、じゃなくて日本が関われたのは?」


「合計で5万人を少し上回る程度。そのうち約70パーセントは、日本と満州以外に移住しました。ビザのいらない上海租界にも、かなり流れています」


「随分前から動いていたのに、助けられたのはその程度か」


「随分前からなので、同胞達は楽観していたのです。今回のような事態までは、考えていなかったでしょう」


「そうね。けどすぐに、もっともっと酷くなるわよ。確か、すぐにも殆ど働けなくなって、資産やお金も色々な理由で毟り取って、外出禁止して、特定の狭い区画に押し込めるようになる」


「まるでゲットーですな」


「そのゲットーを、ナチスは復活させるのよ。しかも、より悪い形で。収容所みたいなものよ。だから助けないと」


「はい。状況がより酷くなるのであれば、ドイツを出国する同胞の数も格段に増える事でしょう」


「うん。それとシベリア鉄道使うだろうから、ポーランドとソ連のユダヤ人にも移住を進められない? 多少後回しでもいいけど」


「反ユダヤ感情の強いポーランドはともかく、ソ連は難しいかもしれません」


「ソ連政府が許可しないでしょ」


 今日のツッコミ役はお芳ちゃん一人だけど、マイさんが子供の世話のローテでいなくて良かった。流石に、このドブの底を見るような事件に、あの人はあまり関わらせたくはない。


「それにスパイを紛れ込ませる可能性もありますので、日本政府、陸軍、満州政府も許可するかどうか」


「確かにそうか。じゃあ、まずはポーランド国境の人達の残り。次にドイツ、その後にポーランド国内の順番で政府には動いてもらうようにしましょう。うちも寄付と援助は弾むわよ。ドイツをディスれる絶好のチャンスだからね!」


「はい。同胞は、この事を決して忘れないでしょう」


「ハイハイ、そんな言葉は今までもあなたから散々聞いた、聞いた。もう耳タコで結構よ。私に言葉を並べる暇があるなら、動く動く。私の権限のうち使えるやつは全部許可するから、私の代わりに動いてちょうだい」


「お任せを。ドイツ人とポーランド人に二度と顔も見たくないと嫌われるくらいに、動いて見せましょう。それでは御前を失礼致します」


 最後にセバスチャンらしい仕草で恭しい一礼を決めて部屋を出て行った。

 これで少しでも助けられればと、その背を見送る。そして今の私には、見送るしかなかった。

 何せ母親になったから、他人の事より自分の子供達を最優先にしないといけない。


「少しでも助けられたらいいね」


「うん。何かに祈りたくなるわね」


「祈ればいいんじゃない。巫女なんだから」


「……それもそうか」


 お芳ちゃんも似たように思っていたのか、こういう時のお芳ちゃんとのちょっとした会話には本当に助けられる。



クリスタルナハト:

水晶の夜 (すいしょうのよる)。

1938年11月9日に起きた、ドイツで起きた反ユダヤ主義暴動、迫害。ホロコーストの始まりの一つと言える事件。



鉄道省の「鉄道幹線調査分科会」:

『弾丸列車』:

史実では1939年11月に必要と結論される。

『弾丸列車』は新聞が勝手に命名。鉄道省は単に「広軌幹線」と言っていた。

そしてこの計画が、戦後に新幹線となる。


なお、日中戦争による輸送量拡大が原因の一つだが、この世界では爆発的な好景気が原因となる。しかも1年前倒し。


また『弾丸列車』の、開通までの計画は「十五ヶ年計画」だった。そしてこの時に路線決定、用地買収、測量などが既に始められていたので、新幹線は短期間で敷設する事ができた。



追放政策:

第二次世界大戦前は、政府ぐるみでの虐殺まではしていない。一応。

強制収容所は第二次世界大戦勃発後。ユダヤ人人口の多いポーランド中心に作られる。

絶滅収容所が正式に作られたのは1941年12月から。



ゲットー:

ヨーロッパで、ユダヤ人が強制的に住まわされた居住地区。

ナチスドイツは、第二次世界大戦中に復活させた。一種の隔離区画で、事実上の強制収用所。

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― 新着の感想 ―
[一言] 定期的な更新ありがとうございます。日々の糧です。 都市1個の民間人巻き込んで、広西派、共産党とかの政敵抹殺とかむごいことをする。 これ手土産に降伏する気なのか? 民衆が許さんと思うが…
[一言] 祈らない巫女
[良い点] 改変歴史ものだけど、大勢が史実をある程度カバーしているので惹きつけられるものがあります。 [気になる点] ここからの展開は史実そのものが恐ろしく劇的なので、先が気になってしようがありません…
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