630 「アメリカ中間選挙1938」
「いーっ、ヤッター!!」
「なに? そんなに良い事書いてた?」
私の歓声に、お芳ちゃんがあまり興味なさげな声をかけてくる。
けど、私の歓喜は全く変わらない。
「うんっ! 民主党大敗確定っ!」
「ああ、アメリカの中間選挙の速報か」
「そうよ! 共和党の勝利!」
「そりゃ、おめでとう」
「うん。早速、王様達に祝電打たないと!」
お芳ちゃんには私の喜びは伝わらなかったけど、そんなの些細な事。
プライベートでは、双子ちゃん達は7ヶ月を過ぎて、マイさん、ベルタさんの赤ちゃん達も半年以上。もう、離乳食は日に2回くらい食べるようになり、授乳の負担は激減してきた。一方で双子ちゃん達の成長は平均より早いらしく、はいはい、支え立ちまでもう少しといったところ。
そんな成長だけを見守っていれば楽なのだけど、そうもいかない因果な商売をしている。
しかも狂喜しているんだから、我ながら救いようがない。
11月8日、アメリカ合衆国で恒例の中間選挙が実施され、開票の速報時点で民主党の大敗が確定した。
時差で約半日のタイムラグが出るので、選挙締め切りの時点で日本では9日の朝になる。
そして開票に時間がかかる時代なので、即日に大勢が分かるという事もない。
「何があったの?」
私が大声をあげたせいか、子供部屋から世話番のマイさんがやってきてしまった。子供を抱き抱えたりはしていないから、寝ているか大人しくしているんだろう。
けど、早く部屋に戻してあげないといけない。
「アメリカ中間選挙の速報が入ったんです。民主党大敗!」
「そっか。今日だったわね。玲子ちゃんの大魔王が負けたとなると、不確定要素が増えそうね」
「そうですけど、アメリカのアカが減るのは良い事ですよ!」
「確かに。でも、詳細はまだなのよね」
「はい。速報です。接戦区とか分かるのは明日以降です」
「そう。じゃあ、何かあったら呼んでね」
そう言うと、マイさんはすぐに部屋から出ていった。
そして私は、マイさんとのやりとりのお陰もあって、興奮も少し冷めた。
「それで大敗って事は、開票開始すぐに結果がかなり分かったんだよね?」
「うん。予測通り、民主党は下院で少なくとも50議席は失いそう。上院も、共和党が大きく巻き返すのは確定だって!」
「ニューディール政策自体が民主党内でも不人気だったのに、ニューディールに反対した議員を冷遇したら、そりゃあねえ」
「正直、36年の大統領選挙は、よく勝てたと思うくらいだったしね」
「国民はニューディールとか良く分かんないっていう話だったし、あの時は単に景気が回復したからでしょ。それを37年度予算で下手を打ったら、負けるでしょ」
「そうよねえ。実体経済を見ないで緊縮財政とか、マジあり得ないのにね」
「民主党は、基本緊縮財政好きだからね。でもお嬢は、去年の秋から今年の春の下落で、また儲けたんでしょう」
「セバスチャンやエドワード達が株を売り買いして、最安値で買い増しただけよ。それに春は、私それどころじゃなかったんですけどー」
「秋から指示してれば同じでしょ」
「まあね。儲けさせてはもらいましたし、恩も売れました。で、何探してるの?」
「うん、ちょっと待って……あっ、あった」
「現状のレポート?」
「そう。見る?」
「一緒に見よう」
仕事部屋なので、お芳ちゃんが最近見た書類の山の中から取り出した紙面に、二人して覗き込む。
平日昼間なので、頭脳担当の側近達は大学だ。
「選挙前は、下院は民主党が275、共和党が150、残りがその他弱小政党ってとこか」
「上院は96議席中ざっと6割が民主党だね」
「選挙戦の地図ある?」
「うん、これ。下手したら、下院は北部が共和党一色になるかもね」
「そうなると南北戦争の再来ね」
二人でイチャイチャと資料を眺めつつ、コメントを入れていく。けど、この頃は歴史的な経緯ってやつの影響で、共和党は北部で強く民主党は南部で強い。21世紀と違い、都市部で民主党が強いという事はない。
けど、前々回は共和党が歴史的な惨敗、前回もかなり負けていたから、州ごとの色分けで見ても民主党が圧倒していた。
それが今回の、1938年の中間選挙で大きく変化する予測が、資料には描かれていた。
「お嬢の夢ではそうなってたの?」
「さあ? この夢は見ていないけど、夢の向こうのこの時期は、なんだかんだでルーズベルトと民主党が強すぎ」
「確か4選するんだったね。慣例無視って、民主党らしくないと思うけど」
「3期からは一応非常時だからってのはあるけど、ルーズベルトの強すぎる願望の成せる技ね」
「願望ねえ。アメリカの民主主義全体から見れば、長期的には汚名として残りそうだけど」
「まあ、その点はね。ルーズベルトの例があったから、すぐ後に2選に限定されるようになるから」
「反面教師か。アメリカらしいね」
「そういうところはねー」
「で、お嬢としては、ルーズベルトさんに4選して欲しくないんだっけ?」
話せることはもう粗方全部話してあるのに、再確認か面白がっているのか、たまにこうして聞き返して来る。
「日米が全面戦争しないなら、もうどっちでも良いかなあ。あ、けど、引き篭もりが大統領になると歴史が随分と捻じ曲がるから、違う大統領になるのも問題かも」
「それにルーズベルトさんは、取り巻きの影響もあってまだ親ソ連的だけど、他の大統領だとドイツとソ連が戦ったとしてソ連に援助するかな?」
「共和党政権だと、するとしても遅れそうよねえ。まあソ連は、共産主義の悪影響を考えれば弱るか最悪倒れる寸前くらいになっても良いんだけど」
「それでドイツが勝って欧州が全体主義のままってのも、洒落にならないと思うんだけど?」
「悩ましいわよねえ。いっそ、ナチスとソ連が相討ちで共倒れになってくれればなあ」
「そうなると、次の世界大戦が済んだら、日本がアメリカから敵視されやすくなるよ。で、この手の話は、もう散々してきたよね」
言う通りだった。雑談や愚痴のついでに、この手の話は何度もしてきた。そして私の夢、前世の記憶にはない状況だから予測が難しい。だから戦略研なんてものまで作った。
そして、最後はため息が出てしまう。
「ハァ。いつ話しても、虚しい妄想に等しいわね。ヤメヤメ。まずは現状確認ね」
「うん、そうしよう。でも、結果はまだだよ」
「けど、アメリカの政治地図が塗り替わるのは確定。共和党がどれだけ勝つかによって多少は違うけど、今の所予測だと誤差の範囲」
「ルーズベルト政権が政治の舵取りが難しくなる」
「レームダックに入る可能性も高いわね」
「それは世界情勢もあるから、今考えても無駄って今話さなかった?」
「ハイハイ、おっしゃる通りです。とにかく、アメリカ国内で積極財政とアカ退治、外交で日本に必要以上に難癖つけない。これが強まるだろうから、当面は万々歳」
「はい,良く出来ました」
その後も少しお芳ちゃんと予測や対策を考えたけど、結果が出たのはドイツで大きな事件が起きた後になった。
1938年アメリカ中間選挙は、結果として民主党の大敗。
半分の議席を選挙したわけだけど、下院は選挙前は6割超えていたのが、5割を割り込んでしまった。多分、前世にはない景色だ。
上院は今までが圧倒しすぎていたので、下院ほど酷くはない。けど、民主党の我が世の春は、これにて当面は幕。今後2年間の政権運営は、さらに厳しさを増すのは確定的となった。
問題があるとしても、2年後の選挙までお預け。私と体の主との勝負には関係がない。
そして勝ったら、その時の私が悩めば良い事だ。
1938年中間選挙:
作中ほど酷くないが、民主党は史実でも同様に敗北した。
この時の敗北で、第二次世界大戦がドイツ優勢になるまで、1940年秋の大統領選挙で民主党は敗北すると見られていた。
37年度予算:
1937年に緊縮予算転じ、景気は急降下して失業者が大幅に増加。
慌てて積極財政、ニューディール政策に戻ったが、37年から38年にかけては「ルーズベルト不況」と言われた。
去年の秋から今年の春の下落:
緊縮財政で、株価も乱高下。1937年に190ドル辺りまで上昇していたのに、1938年3月末日に再び100ドルを切る最安値を記録。景気回復したピーク時の半分近くまで下落した。
その後、夏までには150ドル程度に盛り返すが、黄金の1950年代が来るまでは、ダウ平均株価は150ドル辺りで上下する。
96議席中:
上院議員は各州から2名ずつ。この時代はハワイとアラスカは州に昇格していないので48州。
レームダック:
南北戦争後くらいから、アメリカで政治用語として使用されるようになっている。




