618 「大陸情勢1938初夏(2)」
「けど、もう時代は近代よ。もうちょっとマシというか、文明的に出来てもよくなくない?」
お爺様に言っても仕方ないけど、心配を紛らわせる為に文句の一つも出てしまう。
大陸で鳳の為に危険な活動をする人達の動きについて、詳細は私の元には伝えられないからだ。
「連中の近代化は、武器で止まってる。報告書読んでみろ。俺でも驚かされる。連中、鎌倉武士も真っ青だぞ」
「それは否定しないけどね。それと、鎌倉武士に失礼よ。大陸の兵隊の殆どは、武器を持っただけの夜盗かゴロツキ、もしくはそれ以下の獣そのものじゃない」
「それも歴史上ずっと同じだ。ただ今回はあんまりにも酷いから、共産党の前線部隊が軍規を発表してた事があったな。あれを初めて見た時は、同情すらしたよ。御成敗式目どころじゃないからな」
お爺様が同情するレベルというのもすごいけど、確かに将軍や指揮官には同情したくもなる。
とはいえ、モラル最低な兵隊達を率いている将軍も鬼畜とあっては、私の感覚としては五十歩百歩。同レベルでちょうどいいだろとしか思わない。全面的に同情されるべきは、野獣の群れに為す術もない大陸の一般民衆だ。
ただし、南京攻略した「狗肉将軍」こと張宗昌将軍だけど、その後しばらくしたら名前を聞かなくなった。
噂では、南京でやり過ぎたので、幽閉か暗殺されたという事だ。そして分かっている限りの真実は、暗殺されたのは確からしく、どうやら粛清などではなく因果応報の結果だという。
そして今の中華民国軍の前線部隊の総指揮は、鄭州方面の指揮官をしていた張自忠将軍がとっている。武漢から見て、北部の部隊と南京から迫る主力部隊が合流したからだとされている。
しかも張自忠将軍は有能らしく、彼が指揮をとるようになって中華民国軍の色々が向上したと伝わってきていた。
そしてそこはいいんだけど、「狗肉将軍」のやらかしは酷かった。うちの特派員も色々と報告や報道をしていたけど、とても表に出せない写真や動画も沢山あった。文章だけでも、ドン引きを十回くらいしてもおつりがくるレベルだった。
自軍の都市だった徐州と、平身低頭して寝返った軍閥の拠点都市、それに南京政府の首都だった南京などは例外として、それ以外はとりあえず略奪された。
無抵抗で略奪されるだけならまだマシで、口には出来ない事は当たり前のように報告されていた。
旨味がないから火をつける事だけは厳禁していたけど、逃げる蒋介石の国民革命軍の方が堅壁清野と呼ぶ焦土戦術で、村や町を略奪して焼き払いながら後退するので酷い有様になった。
そして蒋介石軍は、漢奸という彼ら視点での裏切り者を処刑するのも当たり前で、逃げた街に入った中華民国軍は必ず大量の虐殺死体を目にした。
そして従軍していた世界中の報道カメラマンや記者に見せて、蒋介石の悪行を世界中に発信した。
捏造写真など全く不要どころか、報道規制しないとダメなくらい悲惨な状況が盛りだくさんすぎて、心が病んだ記者も一人や二人ではないと聞いている。
「同情も、起きた事も、もういいわ。この先どうなりそう?」
「蒋介石は軍主力を無くして首都も追われたから、普通なら降伏して内戦終了、国家統一なんだがなあ」
「そういうのはいいから。蒋介石も中華ソビエトも徹底抗戦を発表している以上、戦争は続くんでしょう」
「戦争じゃなく内戦な。12月の南京攻略の後は、しばらくは軍は休養しつつ占領地や寝返った地域の治安向上と部隊の前進が続いた」
「意外に安定しているのよね?」
「ああ。やっぱり金の力だな。今まで使えなかった法幣が手に入って使えるようになったら、民衆はあらかた張作霖万歳を唱えているそうだ。ゲンキンなものだ。
張作霖を後援する列強も、借款って形で武器弾薬を支援するようにしているから、中華民国の国家財政も今の所だが、そこまで酷くない。
むしろ、財源がないから無茶苦茶な増税と紙幣乱造をした蒋介石は、揚子江流域の民心を失っていたようだ。一蓮托生の浙江財閥はともかく、サッスーンが見放すかもという有様だ」
「中央政府と地方政府の地力の差もあるでしょうね。それで、この先は?」
「この春までに、武漢の手前にあった共産党の縄張りの包囲殲滅を完了。それに前後して、中華民国軍各部隊は武漢に向けて進軍。四川軍閥も川を下って軍を派遣しているらしい」
「四川軍閥って、もっと奥地の蒋介石の逃げる予定の街を攻めるんじゃなかった?」
「四川側からも山越になるから、貴陽攻略は単独では無理だそうだ。だから正攻法で攻め上がる事になり、四川の連中も軍功あげないと立場がないから今回の戦に加わった、という寸法だな」
「フーン。けどこれで、三方から攻められるなら、蒋介石は武漢を守れないわよね」
「時間の問題だな。雨季の前にケリをつけたいから、多少強引でも6月までには決着がつくだろう」
「その先は?」
「さらに南の、長沙、南昌は平野と言える場所にあるから、まあ大軍で攻めれば落とせるだろう。だが、そこで打ち止めだな」
「打ち止めよねえ」
(つまり、貴陽は落ちない。蒋介石の最後の拠点は残るわけか)
「だが、広州政府が全面降伏すれば、名目上内戦は終わるだろうさ。その工作は、色々と動いている」
「けど、徹底抗戦の紅い人達は?」
「それが問題だな。福建省と江西省の奥地を根城にしている中華ソビエトは、ソ連様の命令で降伏できない。蒋介石も、これで負けを認めたら、亡命して生き永らえるのが精一杯になるだろう。後は、地味なゲリラ戦が続くんじゃないかってのが、総研、戦略研の分析だな」
「なるほどね。他に問題はある?」
「そうだなあ、中華民国軍の武器弾薬は、日本なんかからの輸入と援助で、とりあえず長沙を攻めるまでは持つだろう。その後は分からん。
それと武漢の漢口や長沙、貴陽の飛行場に、ソ連の志願兵か義勇兵がいるのが分かった。蒋介石の空軍はもう全滅状態だが、こいつらが次に立ちふさがってくるので、中華民国空軍では歯が立たんだろうという分析もある」
「えっと、じゃあ制空権を取れないから、武漢や長沙は攻め落とせないんじゃないの?」
「頭の上くらいは守れると聞いている。それに俺の後輩達が、海軍の連中と競うように軍事顧問団の名目で派兵を急いでいる。場合によっては、この6月辺りで日ソ双方の義勇兵の空中戦が見られるぞ」
「嬉しそうに言わないでよ。けどまあ、だいたい分かった。ありがとう」
「おう。これで満足したら、子供の世話に戻れ戻れ。まったく、ガキができても血の気の多いやつだ」
「そりゃあ、お爺様の血を引いてますからねー」
そう悪態を付いて、離れを後にした。




