617 「大陸情勢1938初夏(1)」
5月下旬、ヨーロッパではチェコスロヴァキアとドイツがきな臭くなり始めた。けれども、チェコの強気の態度で一旦は沈静化したと世界各国は見た。
けど、ナチスがメンツを潰されて黙っているわけがない。なにせ、マフィア以下のメンタルしかない、悪性の厨二病集団だ。
そして私は、前世の歴史でどうなったのかを知っていた。
とはいえ、私に出来る事は少ない。新聞を使って警鐘を鳴らす事、真実を伝えること、情報収集の強化くらい。あとは、チェコにいるユダヤ人の脱出の手助けくらいだろう。
ただ、やっぱりというか、欧州各国は宥和外交とか平和外交とか言って、世界大戦を恐れている。
チャーチルは頑張っているみたいだけど、周りは「いつものナチス嫌いが始まった」くらいにしか思っていない。
当然、遠くからの有色人種の声を聞く者はいない。
一方、1938年春、私が出産、子育てで大忙しの間も、大陸での大規模な内戦、通称『中原大戦』は動いていた。
日本ではこの内戦を、「支那内戦」と呼んでいる。
「掃共」、共産主義勢力の掃討作戦も、張作霖の中華民国、蒋介石の南京政府などが共産党と別個に戦うから、私の前世の歴史のように「国共内戦」などという呼び方はない。
逆に現状は「国共合作」であり、「中華民国」vs「国共合作」という図式になる。張作霖が私の前世の歴史での日本の立場に立っているけど、状況自体は蒋介石が中華民国を一応は統合する前の状態だ。
そして私の前世の歴史に照し合わせれば、大陸の歴史は10年ほど遅れた状態とも言える。
ラストで誰かが爆殺されたら、綺麗にオチがつきそうなくらいだ。
その『中原大戦』の様相は、初戦の戦略的奇襲と言える戦いに失敗した蒋介石らの敗北というか敗走というか潰走が続いていた。
法幣という、英米そして日本が後ろ盾になった通貨は有事になると力を発揮し、中華民国という主権を持つ張作霖の優位は大きい。
蒋介石が徐州の戦いで敗北すると、大陸の中部に位置する軍閥、蒋介石に従っていた地方政府、さらには南京政府軍の一部までもが中華民国に従った。
いや、寝返ったと言うべきだろう。
その様は、オセロが一斉にひっくり返されるみたいだ。
そして南京が陥落すると、大陸の沿岸平野部の多くが中華民国の支配するところになった。
蒋介石らは、揚子江中流域の武漢を中心とする湖北省を絶対防衛線にしているけど、兵力、兵器、戦費、何もかもが足りていないので劣勢は明らかだ。
150万で始めた中華民国軍の数は、最低でも200万に膨れ上がっている。これに対して蒋介石らの軍は、新たに各地で強引に動員している。ただし、多く見積もっても50万程度。それ以外に華南の広州臨時政府軍が100万とされているけど、ほとんど動きがない。
それ以外では、中華ソビエト、中国共産党の紅軍が精鋭を抱えているけど、その精鋭と呼びうる戦力は多く見ても20万程度。
しかもこの20万は、家族も含めた数だと分かっている。兵士としては10万もいれば多い方だろう。
それに紅軍はゲリラ戦が得意であって、正面からの戦いは不利だ。しかもソ連の援助は蒋介石に回り、装備も貧弱と伝わってきている。
ついでに言えば、私が色々と吹き込んだので、華中から華北へと浸透しようとしたアカの連中は、根こそぎ滅ぼされている。張作霖の軍隊が動かなくても、農村の隅々にまでアカの悪行を伝えてあるから、勝手に吊るし上げられている。
そして張作霖も黙ってはいない。
この大戦でも、既に1部隊のアカの兵団を包囲殲滅したという話を聞いている。
そして張作霖には、ごく断片的な歴女の知識でしかないけど、ゲリラ戦の潰し方と言うやつを日本陸軍経由で伝えてあった。
これを私は、織田信長が長島の一向宗との戦いの終盤で、大軍で囲んで火攻めで皆殺しにした、という逸話を龍也叔父様に伝えた。
「信長って合理的ですよね。囲んで火攻めにすれば、悪さもできないものね」と。
話したのは小さな頃の雑談だったと思うけど、龍也叔父様が「灯台下暗しとはこの事だ」とえらく感銘を受けていたのが印象的だった。
そしてその話をチート頭脳が解析して、近代的な戦術を組み上げ、そして兵技演習で研究した後に張作霖に教えた。
その戦法とは、まずは、隙間なく大軍で囲んでゲリラ側の外への浸透を許さない。そしてその囲みを、漏れが出ないように注意しつつ徐々に小さくしていく。そうして狭い場所に押し込み、仕込みは完了。
けど、そのままさらに囲みを狭めるのではない。だから窮鼠猫の状態にならないように、囲んだまま大砲を並べて囲んだ中を全部吹き飛ばしてしまうという、仕上げは結構荒っぽいものだった。
軍人としての龍也叔父様は、容赦がない。
ただし、多くの兵力と火力が必要とかで、中途半端に行うと失敗しやすく、成果は今ひとつだという事だった。
実際、成功事例もあるけど、失敗して大負けしたこともあった。それでも、張作霖の支配領域の共産主義者は、ほぼ根絶やしに出来たのだから、高い効果はあったと結論できる。
そして今回の『中原大戦』でも、南京から武漢に向かう一部地域に共産党が勢力を広げつつあったエリアがあったので、冬の終わりから春先にかけて、ちょうど武漢に向けて進軍しつつあった大軍を用い、徹底した掃討作戦が実施された。
そこは武漢に至る手前の、安徽省南西部の山間部。共産党が大好きな地形だ。そこを135万もの大軍で囲み、じわじわと包囲の輪を狭め、手持ちの大砲と爆撃機で吹き飛ばし、仕上げに途切れのない歩兵の波で押しつぶしたそうだ。
逃げ損ねた住民もろとも。
「なんだか、こう、救いのない戦争ね」
「大陸の戦争なんざ、三国志の時代から似たようなもんだろ。新たな玉座は、死体の山を材料に作るんだよ」
お爺様のあんまりなお言葉。
私も前世が歴女だったし、転生してからも色々と文献は読んだので、大陸の「凄さ」は多少は知っているつもりだった。
けど、実際に目の前にすると、考えさせられるものがある。
しかも私が目の前にしているのは、せいぜい写真や動画まで。実際に現地に行って見たわけじゃない。
そういうのは、鳳グループに関わる現地の人の担当だ。八神のおっちゃんは上海を始め揚子江地域に詳しそうだし、今もあの辺りで鳳の利権を守るべく仕事をしている筈だ。
ただワンさんが、万里の長城を超えて徐州の戦いに義勇軍や援軍として参戦していると聞いている。騎兵だから共産ゲリラの包囲殲滅戦には関わっていないと聞いているけど、その通りだと良いと身勝手に思ってしまう。
一方で、上海の兄弟達など大陸での鳳の情報網は、共産主義の情報を張作霖に渡している。その中にはスパイが潜入して得た情報などもある。
危険な場合も多い事だろう。
5月下旬:
1938年5月21日、横溝正史の小説『八つ墓村』、および西村望の小説『丑三つの村』のモチーフとなった事件の「津山事件」が起きている。
しかし犯人は子供の頃に結核になったのが遠因とされるので、もしかしたら事件自体が存在しないかもしれない。
5月下旬:
史実だと、既に日中戦争真っ只中。
5月17日に、戦車将校の西住小次郎が戦死している。
この世界だと、どこかの戦車師団で重戦車を乗り回しているのだろう。
(西住小次郎:ガルパン主人公のモデル。ご先祖様?)
中原大戦:
史実の中原大戦も存在する。1930年、北伐を終えた蒋介石と中華地域中部の軍閥との戦い。約1年半で決着。
この戦いで、蒋介石は中華民国を一応統一する。




