615 「次の計画」
5月のちょうど節句の日、明治神宮で双子ちゃんの「お宮参り」を済ませた。
私にとっては、近所の鳳病院以外では久々の外出。
最近外に出たといえば、近所の病院以外は庭や屋敷の周りのジョギングくらい。久しぶりの外出は、気持ちが少し高揚する。
何より、子供達が無事1月順調に成長してくれている事が嬉しい。なんと言うか、心の奥底から湧き上がる感情ってのを実感する。前世では、ついぞ味わえなかった感情だ。
双子ちゃんは、生まれた時は2500グラムの未熟児一歩手前だったけど、1000グラム以上増えてほぼ標準体重にまで大きくなっていた。この一ヶ月の成長は、遅れを取り戻すかのような速さだ。
ただ「お宮参り」では少し問題があった。なんでも、父方の祖母が赤ちゃんを抱いてお参りする。それはハルトの母のジェニファーさんがいるので普通なら問題ないけど、ハルトは入婿だ。
この場合、父母の立場が逆転するんじゃないかという話になった。
ただ、私には母がいない。つまり子供達には、母方の祖母がいないことになる。
結局、父方の祖母のジェニファーさんの出番となるけど、次は物理的な問題。一人で二人抱くのは無理だ。そこでさらに、私の小さい頃の世話もしてくれた、時田の奥さんで鳳の女中のトップの麻里にお願いする事にした。
それに、お爺様も参加したのは当然として、意外にも私の祖母、つまり双子ちゃん達の曾祖母の瑞子さんも参列してくれた。
お公家の家の出だから、こういう事は大切らしい。
それに、久しぶりにこの人の笑顔を見た気がした。儀礼的な事以外で殆ど話すこともなかった人だけど、私との距離も少し縮まった気がする。赤子は偉大だ。
私達以外は、次の週がマイさん達、5月末にはベルタさん達が、私達の後追いのように同じ行事を行う。
ベルタさんはスウェーデンだしプロテスタントだから、スウェーデンの行事をするのかと思っていた。けど、妻の鑑というべきか紅龍先生の生国に合わせて、行事関連は全部日本風にしている。
多少例外はアンナちゃんだけど、ベルタさんが教えていないとスウェーデン語を忘れていたかもと、笑い話で話しているくらい日本に馴染んでいる。
そして全員の子供達は、順調そのもの。
鳳の一族で、過去に乳児、乳幼児が病没したり大病を患ったという事はないとはいえ、赤ちゃんの予防接種がまだない時代だし、大ごとがないのは嬉しい限りだ。
そういえば私も、転生してからこっちは風疹(三日はしか)、水痘、おたふく風邪にはちゃんとかかったけど、症状は軽かった。
一族の他の人も似た感じで、やはり鳳の血を引き継ぐと抵抗力は強く丈夫にも育つらしい。その証拠というべきか、病気になっても極端に心配する親族もいなかった。
この時代、紅龍先生の各種新薬があっても、まだ乳幼児死亡率はそれなりに高いので、お金持ちだから環境が良いという事を差し引いても妙なチート能力なんかより、DNAや免疫の方が素直に嬉しい。
そしてそんなに丈夫でも、結核や肺炎、胃腸炎には勝てないのだから薬は偉大だ。
一方で他のプライベートの方も、夫婦仲、一族間の関係も含めて順風満帆。だけど、育児の為に社会からは半ば切り離されていたので、転生からこっちの私の人生的には一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。
「社長会は仕方ないにしても、鳳パーティーも欠席かあ」
「「お宮参り」が終わったばかりだもの、仕方ないわ。ベルタさんと紅輝くんは、パーティーの日でもまだ生まれて3週間よ」
「そうですよねー。それに子供達のお披露目って、随分先でしたよね」
「鳳の懇親会だと、5歳になってからね。玲華が今年からだから、紅龍先生がみんなと一緒に連れて行ってくれるって」
マイさん、ベルタさんの3人で、子供達が寝ている間のちょっとした休憩中にそんな話をする。ローテーションで入れ替わりなので3人揃う時間は少ないから、状況報告のついでについつい話し込んでしまいがちだ。
「玲華ちゃん、今年で5歳なんだ。はやーい」
「ええ。鳳のパーティーは、蒼家の子供達とも会えるから、凄く楽しみにしていたの。アンナや紅明が、いつも話していたから」
「私が小さな頃は同じ年頃の子供が少なかったから、羨ましいわね」
マイさんがしみじみと口にしたけど、本当に最近は鳳一族の子供が増えた。
ただし、蒼家の子供達とは私と同世代じゃない。頭数も多いし、鳳の家は5歳くらい年が離れると一緒に遊ばせたりしない。だから、龍也叔父様の家と玄二叔父さんの家の下の子達だ。
1929年から32年生まれが4人いるので、昔の私達のように一緒に勉強や習い事をしている。
最近では、年も近いか同じなので、ベルタさんの子供達も一緒に習い事をしている事もある。そしてもう全員小学生だから鳳の学園通いになるので、紅龍先生の屋敷でも勉強していると話していた。
「パーティーが終わったら、みんな一緒に来るわよ」
「でも子供達には、赤ちゃん達には少ししか会わせてあげられないわね」
「せめて首が据わらないとね」
「それに紅龍先生は、幼いうちは病気をもらう可能性は減らす方が良いっておっしゃっているわ」
「お爺様は、「百日祝い」が終わったら顔見せだって言ってたから、その頃には首も据わっていると思います」
「それじゃあ、子供達は夏休みには一緒に遊べるわね」
「その前に、竜兄さんとジャンヌの式もあるから、トラとジェニーはそこでお披露目で良いんじゃあないかって言ったわよ」
「結婚式の主役は、リョウさんとジャンヌだけで良いと思います。それに夏休みの方が寄宿組もゆっくり会えるし、良いんじゃないですか」
「それもそうね。あ、そうだ。式といえば、シズさんも縁談があるって?」
「はい。私が結婚したら、今度は次の長子が生まれるまでって、いつまでたっても結婚しようとしないので縁談を組みました」
「アラアラ。式はいつ頃に?」
「秋口に予定しています。だから、私の周りの配置も少し変える事になりますね」
「それじゃあリズさんが、玲子ちゃんの女中頭に?」
「そうなりますね。お芳ちゃんは立ち位置が違うし、みっちゃん達はまだ経験不足なので」
「でもリズさんも、そろそろ適齢期なんじゃなくて?」
「そうなんですけど、シズ以上に結婚とかに興味が薄い子で、ちょっと困っています。話題を振ると、露骨に面倒臭そうにするんですよね」
「なんだか、少し分かるわ。何か運命的な出会いとか、一目惚れとかあれば良いんだけどね」
またもマイさんがしみじみと口にする。
マイさんの場合、チラ見する男子、言い寄る男子どもが余程うざかったと聞いた事がある。
「リズは、今の所武器が恋人みたいです。それに側近達の姉さん状態だし、周りにもお相手はいなさそうです」
「アメリカの子だから、お見合いってのも変だものね」
「玲子様の近くなんだし、私はお見合いでも良いと思うわ。私が言っても説得力はありませんが、恋愛結婚で良縁って案外難しいですから」
そういえば、マイさん達だけじゃなくてベルタさんと紅龍先生も恋愛婚だった。しかもお互い一目惚れ状態だから、マイさん達よりお熱い関係といえる。
何しろ今でもラブラブで、あの三白眼の目尻が下がるのだから、女は偉大だと感じずにはいられない。
私達もそうなれるだろうかと、埒も無い事を思ってしまいそうになるくらいだ。
そんな遠い目をしていると、マイさんがまた「そういえば」と手をポンと叩く。
「次の子供は、竜兄さんとジャンヌに合わせて、来年もサラとエドワードに合わせるのよね」
「私達は紅龍先生と相談ね」
「ベルタさんは、無理しないで下さいね。もう4人ですよ」
「フフフ、ありがとうございます。でも、まだまだ平気ですよ」
そう言って余裕の笑み。それに出産してまだ3週間だというのに、スタイルは元どおりだ。私とマイさんも、血のなせる技か体が元に戻るのは早かったけど、ベルタさんは年齢を感じさせないオーラがある。
そんなベルタさんに、小さくため息をつきつつもマイさんの方へ軽く向く。
「私はそのつもりです。体調次第ではあるけど、一気に産んで育てた方が後が楽そうだし、何より勉強会とか一緒に出来ますから」
「確かにそうね。私もみんなと同じ子供は欲しいと思っていたし、異存はないわよ」
「はい。ただ、生まれる季節は少しずらしたいかなって」
「そうね。けど年子にするなら、空き過ぎても問題よね」
「はい。それともう一つ、今なら裏技が使えますよ」
「裏技?」マイさん、ベルタさん共に、私の意味ありげな言葉と笑みに首を傾ける。
「頑張って次の子を急げば、同じ年度のうちに生まれてきてくれます」
「なるほどねー。ちょっと面白そうだけど、親のそんな感情で決めちゃダメよね」
「日本の年度に合わせると、そうなるんですね。今からだと、2月か3月生まれね」
「そうなりますね。けど私としては、次の子は来年初夏辺りを狙いたいですね」
「今の子達が離乳食も終わる時期くらいね。お乳もあげる時期も考えれば、母体にも良いと思います」
「それにサラ達の結婚の時期は外したいわよね。そうなると、秋頃でも十分ありかしら」
「そうですね」
その後も、そんな話ばかりしていた。
幸せ一杯と言ったところだ。
ただ私としては、体の主とのゲームに負けた場合と、日本が本格的に戦争に巻き込まれる前に、やるべき事は出来るだけ済ませておきたいという気持ちがあったのも確かだった。
そんな不安を掻き立てるように、大陸の内戦は次のステージに進みつつあった。
閑話休題的な扱いにしてもよかった話でしたね。
一族視点で見れば、それなりに重要なんですが。
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5月のちょうど節句の日:
史実だと、柔道家の嘉納治五郎が5月4日に船の上で肺炎で亡くなっている。
この世界は日本は1940年のオリンピック招致に負けているし、抗生物質もあるので違っているかもしれない。
赤ちゃんの予防接種:
日本での予防接種自体が法整備されたのが、戦後の1948年。
この世界は多少は前倒しになるだろうが、電子顕微鏡が普及してウィルスの解明、各種ワクチンの開発が進むまで、もう少し時間が必要だろう。




